パラ17 飛行機乗りにリクルートされる件
「技術の進歩とは、空恐ろしいものだな。」
江藤氏は腕組みをして暫しの間、虚空に目をやった。
未来とは言っても、僕がいた時代は、僅か80年後の事だ。しかも、ジェット旅客機は1960年代には一般化しているから、ここが1940年前後であるとすれば、江藤氏は20年後にはジェット旅客機に乗る事が出来るはずだ。
但し、ジェット旅客機が就航するまで、彼が戦死などしていなければ。
「江藤さん。ドイツでは1939年に、プロトタイプのジェット機の初飛行が行われます。飛行機として十分な能力を持つのは、先の話になりますけれど。それに、ジェット旅客機が普及するのは1960年代だから、あと20年もしたら乗れますよ。」
「自分が50代に成っている頃か。それまで生きていたいものだな。この目で、超音速機を見てみたいな。」
彼は生き生きとした子供の様な目で、来るべきジェットの時代を思い浮かべている。
そして「貴公は、その旅客機に搭乗した経験は有るのか?」と、羨望の眼差しで、見つめてくる。
「ええ。何度か乗っています。」
「怖い、とは思わなかったのだな?」
「そうですね。機内は完全気密状態ですから、列車や船に乗っているのと変わりありません。」
不意に、江藤氏の表情が冷静なものに替わった。そして値踏みをするように、僕の全身を見回すと
「貴公、飛行隊に来る気はないか?」
と訊ねてきた。
慌てて石田さんが「大尉、その件は。」と話に割って入ってくる。
どうやら江藤氏は大尉の階級であり、今いきなり、僕を飛行機乗りにリクルートしているらしいのだ。
僕は、乗客として飛行機に乗った事はあるけれど、当然ながら操縦経験など無いし、航空機操縦シミュレーションのソフトすら、やった事が無い。
江藤大尉の突然の提案に、僕が固まってしまっていると、横合いから岸峰さんが
「スゴイじゃない。パイロットは男子の憧れでしょう?」
と口を挿んできた。
「いいなぁ。私は飛行機操縦シミュレーター、大好きなのに。」
江藤大尉は岸峰さんを見やると、怪訝そうな顔つきで
「操縦シミュレーター?」
と、口に出す。
岸峰さんは、大尉の方に、ぐっと身を乗り出すと
「飛行機の模擬操縦機械です。出来が良いと評判で、シミュレーターマニアの青年が、実際のジェット機を乗っ取って、自分で飛ばしてみようとした事件を起こした事もあるくらいです。私も大好きで色んな機体を試してみました。『赤トンボ』を飛ばした事もありますよ!」
95式1型練習機 通称「赤トンボ」は、陸軍の初歩練習機だ。
飛行速度は240㎞/hと、新幹線よりユックリと飛ぶ複葉機で、訓練機として有名だから、彼女が遊んだソフトの機体バリエーションに採用されていたのだろう。
ただ何と言うか……。ゲームはあくまでゲームだ。
墜落しても激突しても、実際に死ぬ事は無い。
いくら精密に出来ているゲームの上での操縦が得意だとしても、それは所謂「畳の上の水練」というヤツで、実際に飛行機を操って空を飛ぶのとは、リスクが雲泥の差だ。
しかし江藤大尉は、そうは受け取らなかったようで、
「95式の経験が有るのか! それは有望だな。御蔵に95式は無いが、連絡任務用に99式練習機は有るぞ。航空隊に来るのなら、自分がみっちり鍛えてやる。」
と、胸を張って請け合った。
「大尉殿、困ります!」
堪りかねた様子で、石田さんが異議を唱えた。
強面の将校を叱り付けるとは大胆な、と思ったけれど、江藤大尉は小さな声でボヤくように「そんな事を言ったって、人材確保は今後の大事だぞ……。」と、何やら旗色が悪い感じだ。
さっきは岸峰さんを驚かせた事に、慌てて謝罪していたし、もしかしたら江藤大尉、美少女に対しては強く出られないタイプの人なのかもしれない。
「人材は、各部門とも、喉から手が出るほど必要としています!」
石田さんが、凛として言い放つ。
僕たち未来人は、そんなに逸材として期待されているのだろうか?
ちょっと待って下さい。僕も岸峰さんも、ただの平凡な高校生ですよ?―――そう口走ろうとしていた矢先だった。
「何処も彼処も、猫の手も借りたい状況なのに!」
……ありゃりゃ。猫の手……。
「石田くん。その言い草は、彼らに失礼だろう。」
大尉が彼女を窘めると、石田さんもシマッタ! という表情になって
「片山さん、岸峰さん。失礼致しました。ご両者が猫の手だ、と言う心算は無いのです。……ただ、御蔵島には……。」
石田さんは謝罪の途中で、言葉を止めてしまった。
話辛い内容の様だけれど、中途半端な所で話しが途切れたら、猛烈に気にかかってしまう。
岸峰さんも、僕と同感だったらしく
「御蔵島が、どういう状況なの?」
と、石田さんを追い込みにかかる。
「石田くんを、そう責めんでくれ。自分が話そう。」
とりなしに入ったのは、江藤大尉だ。
「しかし、大尉殿。その件は……。」と石田さん。余程不味い事態なのだろうか。
「何時までも、隠しておける事でもあるまい。正直に話をした方が、理解も得られると言う物だ。」
大尉は、岸峰さんと僕の目をしっかり見ながら
「御蔵島には、現在、ほとんど兵がおらんのだ。」
と言った。
「これだけ大きな軍港なのに、ですか?」
僕の質問に、大尉は一つ頷くと
「無い袖は振れん。そういう事だ。」
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登場機材
95式1型練習機「赤トンボ」
初歩練習機 複葉機
乗員 2名
速度 240㎞/h
航続力 3.5時間
武装 無し
99式高等練習機
練習機 単葉機
98式直接共同偵察機を練習機に改造したもの
前席・後席のいずれからも機体を操縦出来る
練習生は前席 教官は後席に搭乗する
乗員 2名
速度 349㎞/h
航続力 1,060㎞ (98式直共は1,100㎞)
武装 7.7㎜×1 後席の7.7㎜旋回機銃は取り外されている




