台州始末1
海岸近くの臨時指揮所は既に畳まれ、臨時指揮所に充てられていた大型天幕は滑走路脇に移築されていた。
ゴンドウ曹長は、ミラー中尉指揮下のオーストラリア軍曹長に空港の建設・警備任務を引き継ぐと、新たに揚陸された排土板付チハを見遣った。
グリスの効いたピカピカの新車両が来るのかと思っていたら、使い込まれた風情がアリアリと漂う戦車である。
ただし手入れは入念に行われているようで、アイドリング時のエンジン音は静粛だし、稼働時にもドーザーブレードや履帯の軋みは感じられない。
もしかすると倉庫から引っ張り出したばかりの新品よりも、状態が上かも知れぬと感じさせられる代物だ。
――コイツが一日早く到着していてくれていれば、昨日はもっと楽が出来たのにな!
突貫工事で台州飛行場を仕上げたゴンドウ曹長は
「えらく具合の良い車両だね。」
と、ほんの少々やっかみの混じった感想を述べた。
滑走路建設は既に終えてしまっているから、新着の排土板付チハは、海岸に大発を用いなくとも小型貨物船が着岸可能な埠頭を築くのに投入される予定だ。
「舟山では、オヤジさんがウルサかったんで、そりゃもう手入れは毎日シャカリキにやってましたよ。工事現場で不具合を起こそうものなら大変でしたからね。」
オーストラリア軍曹長は皮肉とは受け取らなかったようで、ちょっと自慢気にチハの車体を叩く。
――オヤジさん、か。オージーにも、そう呼ばれているんだな!
ゴンドウ曹長は転移時の上官だったジョーンズ少佐を思い出して、少し愉快になった。
陣の浜迎撃戦の時の、少佐の現場指揮の様子を思い出したからだ。まるで噂に聞くジョージ・パットン大佐のようではないか。
「故障車を出したら、尻を蹴飛ばされたのかい?」
「いえ、少佐殿はそんな野蛮な事はされませんでしたけどね。『機械なんて物は、放っとけば故障するのがアタリマエだ。』が口癖でしたから。……ああ、オヤジさんとはファースト・サージャントの方が長いんだから、そんな事は当の昔に御存じなんでしょうけど。だから異音でも出ようものなら、横に着きっきりで、原因が分かるまで修理に口を挿んでくるんでね。解決が着くまでは飯も食えない。」
オーストラリア軍曹長はクスクス笑うと「蹴られてオシマイなら、兵も自分も、そっちの方がちょっとは手が抜けますよ。」
ゴンドウ曹長は、同意する代わりに曖昧な微笑みを返して――おや? オヤジさん、なんだか少し丸くなっていないか?――と首を捻った。
ミラー中尉は海岸でソダが牽引している92式歩兵砲を切り離すと、代わりに大発から火縄銃の山を受領した。
銃は予め、リヤカーと呼ばれる日本式の軽便二輪荷車に載せてある。
リヤカーという荷車は、パイプフレームの簡素な造りであるのにも関わらず優秀で、軽量な車体ながら最大1tの積載能力を誇っていた。
しかも馬匹や専用トラクタが用意出来ない状況においても、自転車や自動二輪車に牽引させて、軽便貨物車として使用出来る点も優れている。
人力で貨物を牽引する場合でも、リヤカー自身が軽量なために木製荷車に比べて遥かに扱いが容易なのだ。
現指揮下にある98式装甲運搬車は6両だから、火薬や銃弾まで含めると何回か往復しなくてはならないだろうと考えていた中尉だが、リヤカーをソダの後部に結わえ付けると、一度に全部を運べそうだ。
火薬や銃弾はソダの荷台に載せればよい。
「リヤカーを持って来たのは正解でしたね。」ミラー中尉から受領書を受け取って、引き渡しを終えた軍曹が敬礼する。「道路状況がこの程度なら、トラックでもよかったみたいですが、何しろ上陸してみなければ分からなかったものですから。」
「まあ、急だったからな。色々あるさ。」ミラー中尉も同意する。「到着したのが昨日の――いや、今日の夜中だったからね。……本当に城が一日で陥落するとは思わなかったよ。」
TF-M2は夜の内に杭州沖に達すると、霧笛で威嚇した後に後部甲板の75㎜砲で照明弾を撃ち上げ、前部甲板の105㎜砲で榴弾を発射した。
そのまま快足を活かして同夜の内に金山を襲撃し、夜が明けた現在には上海沖を遊弋している。
航路はTF-M1が航行済みのルートだから、それをなぞるだけでよい。いわばTF-M2にとっての試験航海、あるいは習熟航海であった。
音戸ならびに早瀬の2隻は、船足を落とす事無く巡航速度のまま、上海の街に巨大な炸裂弾を撃ち込んだ。
――さて清国軍の首脳は、さほど間を置かずに実施された3つの襲撃を、同一戦隊が行ったものだということが理解出来ているのかな?
噴き上がった爆煙を見ながら、ウィンゲート少尉は部下に次弾装填を命じた。
「臨海・天台・寧海は、新たに滑走路を造らずとも、ここからカバー出来るでしょう。寧海だったら、象山・泰化を含めて舟山から偵察機を飛ばしてもいい。」
滑走路脇の天幕で、轟中尉と加山少佐は地図を挟んでミーティング中だ。笠原少尉以下の飛行隊の面子は、整備兵も含めて別テントで睡眠を取っている。
南明軍の海岸ルート北伐軍団は、台州城で一旦、休養と再編を行う事となった。
編入する敵降伏兵の数も多いし、何より監国(魯王)が率いる温州軍本隊の到着を待たねばならない。
加山少佐は「明国の事は、明国で決められるのが宜しいでしょう。」と入城を辞退したから、台州城内では温州軍と福州軍とが相互監視状態で接収にあたっている。
御蔵軍の利益代表としては、鄭隆隊の親衛隊長や文官がそれを引き受けてくれているから特に心配はしていない。彼らは療養中の雛竜先生の顔に泥を塗るようなマネはしないだろう。
むしろ少佐は、彼らに対して「控え目なくらいが丁度よろしいでしょう。」と伝えてある。
南明軍の台州攻略部隊内では、所属に関わらず既に御蔵軍のポテンシャルを皆が熟知している。
目先の小利を得るために、御蔵軍を出し抜いて敵対する愚を犯す指揮官が居るとは考え辛い。
加山としては、城内で行われる政治的な取り決めに関与するよりも、台州~寧波間に存在する敵城塞に対しての降伏工作へ布石を打つ事の方に、より重きを置いていた。
大津丸と海津丸は、台州城が落ち着いた時点で順次御蔵島に帰還する。
それ以降の作戦は、南明軍が引き継いで海岸ルートの北伐が継続される事になるのだから、打てる手は打っておく必要があったのだ。
「それでは台州飛行場への残置兵力は、航空機2機。機長兼飛行場司令は轟中尉、それで宜しいか?」
「了解。承りましょう。」
「副指令は笠原少尉?」
「そうですな。それと搭乗員として、航空隊の伍長職2名。こっちはベテランでなくとも大丈夫。後席の重しから始めさせます。それと……ここは御蔵空港よりも広いから、若の訓練にはウッテツケなんですがね。もう少し、色を付けてもらえませんか?」
「……増員の件は、江藤大尉に話しておこう。」
「恩に着ます。」
「整備兵は定数通りで、通信隊は一個分隊。警備隊は員数的には一個小隊相当なんだが機関銃分隊4分隊でどうだ?」
「充分過ぎます。台州城には南明軍が五万から詰めているわけですし。……別に台州城とドンパチするワケではないんでしょう?」




