ライフ34 新編集長は誰にの件
それまで黙って成り行きを見ていたキャロラインさんだったが
「それでもボス、編集責任者はボスか主任でなければなりません。」
とウィンク。
「滋養亭の新田さん、ここに顔を出す度に、編集者が未来人である事の重要性、力説されますネ。客観視の能力や経験値の蓄積ならば、明らかに玄人であるであろう他の年長者を差し置いてです。……ああ、でも別にボスの能力を下に見ているわけではないですよ? 日本には――そう、『亀の甲より年の功』なる慣用句があるのにも関わらず、と云う意味でです。」
オハラさんも、ちょっと大げさに両手を広げて「I think so,too.」とキャロラインさんに同意を示す。「辞任、納得しない人イマス。ボスのステータスによるギャランティー(保証)を信じている人。」
二人の指摘は理解出来るし、また僕を勇気づけようとしてくれているのも分かるのだけれど「ありがとう。」としか言えなかった。
――茂子姐さんが信じているのは、僕の能力や人柄ではなく、『マレビト』『異邦人』としての立ち位置に過ぎない。
「そんなワケだから、岸峰さん、頼む。」
岸峰さんは苦虫を噛み潰したような顔で「……仕方が無いねェ。」と頷いた。「貸しにしとこう。」
オハラさんとキャロラインさんに電算室を頼むと、岸峰さん、古賀さんと連れ立って階段を下りる。
会議室の扉を開けて、奥村少佐殿を探す。
少佐殿は僕たちを見ると「んんっ?! 続きの催促か?」と笑った。あれから仮眠も取っていない様子で眼球が更に充血している。(着衣は整えているけど。)
「はあ、それも有るんですが、ちょっと御相談したいことが……。」
僕のボソボソした話しぶりに、少佐殿も何事かを感じ取ったようで、黙って耳を傾けてくれる。
「……なるほど、そう云う経緯か。それだと、自分にも責任が有ると言わざるを得んな。」少佐殿が腕を組む。「話の持って行き方が、少々軽率だったか。」
「ああ……いえ、少佐殿には何の責任も有りません。状況から充分に推測出来る内容でしたから。『見込み』や『情勢』という説明を付けずに、確報として扱ってしまった僕の失敗です。御蔵島社会の今後に大きな影響を与えるニュースなのですから、発行人としては注意して裏取りするべきでした。『無血占領』と『戦勝』との間には、味方の犠牲者や鹵獲品の多寡を考えると、大きな差が出る可能性が有るのですし。」
会議室が戦勝で沸き立っているのにも関わらず、僕たちが陰気にしているのを不思議に思ったのか、高坂中佐殿が「不都合でも?」と静かに近付いて来られる。
僕が口を開こうとするのを手で制して、姿勢を正した奥村少佐殿が「ミスを仕出かしてしまいました。台州城降伏を電算室に伝達するにあたって、見通しであることを明言せずに伝えてしまったのであります。」と丸っきり自分の責任であるかのように説明。「片山君は、放送当時では見込み稿であったにも関わらず、確報としてニュースを流してしまった責任を取り、編集責任者を辞職すると申しております。しかし、この事態を招く要因を作ったのは自分であり、御蔵新聞に責任は無いと考えるものであります。」
中佐殿は「ああナルホド。」と微笑んだ。「6時の時点では、『電算室では』確報ではありませんでしたね。通信室に確報が届いたのが6時前だったからニュースを聞いた時には、えらく早いな、片山君は電算室に傍受システムでも構築しているのかな? などと勘繰りましたよ。」
「とんでもありません。」僕は慌てて否定する。「無線部の連中だったら、アマチュア無線機をチョチョイと弄って、その位の事ならやってのけるかも分かりませんが。第一、僕はモールス信号はまだ覚え切れていませんし。」
「ん~ん。でも、あのパソコンに受信装置を繋げば、自動翻訳のシステムを作れるのではないですかね? 舟山島から戻って来たエリオット博士が、そんな事を言っていましたが。」
それから中佐殿は真顔に戻ると「私は今まで通りに片山君が引き受けてくれているのが有り難いんだが、決心も固そうだし、何も言う事はありません。……代行は岸峰君が?」と彼女に発言を促した。
岸峰さんは「はい。その心算です。」と頷いた。「融通が利きそうに見えるのに、厄介な友人で……まことに申し訳ありません。」
彼女の謝罪に、僕を除く全員が苦笑した。
「それでは、当座はその体制で進めましょう。但し、台州が落ち着いたら編集責任者は公募で決める、と云う事にしましょう。――自薦・他薦を問わずにね。」と中佐殿がまとめる。
「御蔵新聞は軍広報であると同時に、今の処、この社会で唯一のジャーナリズムでもあります。対立的立場を採ってもらっては困るが、一定の距離もまた必要でしょう。だから将校や、軍属でも高等官が編集責任者に就任するのは宜しくない。……だから仮に選挙で片山君が選出された時には、四の五の言わずに就任お願いしますよ?」
「意見具申。」僕が口を開くより先に発言したのは奥村少佐殿だった。
「片山君と岸峰君は、台州作戦終了後には長崎遠征に参加してもらわなければなりません。どの道、二人が抜ける間は別の者が編集責任者に就かねばならぬのです。」
「ああ、そうでした。『石炭ドロボウ作戦』ですね。」中佐殿が額を叩く。
本当に忘れていたのかどうか、ちょっとだけ芝居がかった仕草に見える。
「それではその間……警部補殿と滋養亭さんの、お二方に代理をお願いしてみるとしますか。」




