ライフ33 御蔵新聞編集長失格! な件
「はああ?! 6時のニュースで流した無血開城は、予定稿だったって事ですかぁ?」
朝の放送を終えて戻って来た古賀さんが、棘のある『確認』を入れてくる。
寝不足のせいとか、寝起きにパンツを見られたせいもあるのか、挑発的なトーンだ。
「うん。実際に白旗が上がったのが、マル・ゴ・ゴ・サンって事だから、5時ごろに貰った電文の時点では、守備隊はまだ降伏していないね。古賀さんが言う通りだ。」
熱りかえった女性を相手にする時には、こちら側も興奮してしまったらロクな事にならないというのは身に沁みて分かっているので、やんわりと受ける。
「けれども捕虜への尋問で、城兵が降伏する意思を固めたっていうのは確認済みなんだから、白旗が上がるのは時間の問題だったと思うよ。――そのへん、早良さんや加山少佐殿が読み間違うとは思えないし。」
「そうなんだよねぇ。」と同意してくれたのは岸峰さん。「私も後追いの電文見た時には、片山クンに突っかかっちゃんだけど、白旗うんぬんは最終確認に過ぎないんだよ。敵は抗戦意思そのものを無くしていたんだしさぁ。」
時系列を整理すると、こう成る。
まず奥村少佐殿から、大津丸発の電文を受け取ったのが5時前。
僕は5時15分にセットしたスマホのアラーム予定を取り消してから、速報分の原稿書きを始める。
5時15分に岸峰さんのスマホの目覚まし機能と、古賀さんのデカい目覚まし時計が同時に”朝デスヨ!!”を告げる。
岸峰さんが欠伸と共に伸びをし、古賀さんが「お尻丸出し」の己が姿に気付いて騒ぎだす。「片山さん! 観ましたね!!」
僕は「見たよ。」と返してから、「速報を一本、朝の放送に入れる。原稿は書いたから、チェックして。」と二人に赤鉛筆で書いたメモと大津丸発の電文を渡す。
「うん。この電文だけで確認出来るのは、ここまでだね。」と岸峰さんがOKを出す。
座敷童も「いいと思います。お昼までに詳しい事が分かるといいですね。」と、プロ意識からズロースの件は棚上げにしてくれるようだ。(けれども僕にも言わせれてもらえれば、勝手に出していたのは彼女の方であって、僕が浴衣の裾をまくったりしたワケではないのは、認めて欲しいところなんだが。)
5時30分に、キャロラインさんとオハラさんとが顔を出す。
原稿を前にあーだこーだと言っていた僕たち三人は、慌てて服装を整える。僕は何時もの作業衣袴で、岸峰さんと古賀さんは婦人部隊スーツだ。
その間キャロラインさんとオハラさんは、速報分も含めたニュース原稿をチェック。
「OK、ボス。イングリッシュは任せて下さい。」とキャロラインさんから太鼓判を貰う。
5時45分にアナウンサー役の婦人部隊員がやって来て、古賀さんとキャロラインさんが彼女と打ち合わせをしながら放送室に向かう。
――5時53分。台州城に白旗が上がったのが、この時。――
6時にオハラさんが、電算室のラジオをつける。朝のニュースが流れ始める。
ほぼ同時に通信室勤務の少年兵が、電文を持って駆け込んでくる。
『マルテイ、捕虜1ヲ捕ラウ。敵1000脱出ノ兆候アリ。』
『敵降伏兵数、凡ソ20,000ト見込ム。600ハ臨海ニ向ケ逃走。』
マルテイとは早良中尉殿と趙大人の偵察騎兵隊の事だろう。
二つの電文を突き合わせて読めば、台州城守備隊は二万人くらいが降伏し、千人程度が脱出を試みたが成功したのは60%くらいだったという解釈が出来る。――400人が戦死したって事なのだろうか。あるいは清国軍に内紛が起きたのか。
そして『0553 敵、白旗ヲ掲グ。台州城無血開城セリ。』の確報。
「ちょっとお? 落城は今しがたじゃん!」と柳眉を逆立てる岸峰さん。
僕も目が点状態で「う・うん。」としか言えない。「勇み足にならなくて良かったぁ……。」
「ヨカッタじゃないっ! 後ろに小さく『か?』とか付けてる、スポーツ新聞かっ!」
畳みかけてくる岸峰さん。「娯楽放送じゃないんだから、正確な情報を発信しなきゃ、話にならないでしょうが! 希望的観測を垂れ流しておいて、結果オーライで済む事じゃないんだからね!」
彼女の言うのは尤もで、大本営発表にならないようにしようって取り決めたのは、御蔵新聞を壁新聞(投影だけど)として始めた時からの方針なんだ。
今回は見込み通りの結果で運が良かったのだけれど、『見込み・予定・兆候・憶測』であるのか、『確定した結果』であるのかは、きっちりと区別して聴取者に伝えなければならなかった。
それを怠ったのは、電文をもらって事実確認を疎かにしたまま記事を書いた僕の落ち度で、誰を責める事も出来ない。
仮に僕が奥村少佐殿に呼び出された時に「確定ですか? 見込みですか?」と確認をしていれば、少佐殿も「降伏時刻が無いから、見込みだろう。正式な第一報なら、時刻が明記してある。」と教えてくれたに違いない。
「お昼の放送で、お詫びを入れないといけないなぁ。お詫び分は、ちょっと時間を貰って僕自身の口で話すよ。責任の取り方としては、編集長を辞任して一ライターに降格って事で勘弁してもらえるかなぁ?」
僕の発言を聞いた岸峰さんは、少し戸惑った様子で
「ちょ……待ってよ。何、勝手に決めてるのよ。第一、キミが辞めたとして、お昼以降の放送はどうするの?」と口を尖らせる。
「いや、だからさ、電算室長の仕事は続けるし、これまで通りに新聞記事も書く。けど、新聞の長たる仕事は、客観的にチェックを入れることが出来る人物が必要だよ? 今までナアナアで済し崩しに走ってきたけど、潮時なのかも知れない。岸峰さん、暫定的措置だけど、引き受けてくれない?」
岸峰さんは「そうかぁ……。」と腕を組むと、「でも私も同罪なんだよねェ。放送前に電文も原稿もチェックしたんだし。それに私は……その……キミより更に短絡的だし、キミに出来なかった仕事が務まるとは思えない。」とタメイキ。
放送を終えた古賀さんとキャロラインさんが戻って来たのは、こんな時だったのだ。
僕を責める古賀さんに、室長不憫なりと見たのかオハラさんが
「ボスはケアレスミス恥じて、編集長辞める、言ってマス。」
と執成してくれる。「代理編集長、Miss古賀が引き受けマスカ?」
古賀さんはエッ? と絶句したが「無責任。仕事上のミスは、仕事で取り戻すべきでしょ。」と僕を睨んだ。「辞任なんて認めませんよ。」
古賀さんの筋論に対して、僕は「投げ出すように見えるのかも知れないけどね。」と断りを入れてから「ライターとして記事を起こすのは続けるし、これまで通りに電算室長は務めるつもりだよ。でも何らかのカタチで、今回のミスの責任の所在は示さなくちゃならない。……今後の御蔵ニュースの信頼に関わる事だから。」と、こちらも筋を通す。
たぶん理に重きを置く彼女になら、こんなアプローチの方が響くはずだ。
古賀さんは「仰ることは理解出来ます。」と一定の理解を示した上で「しかし時間の制約があります。お昼には、台州の続報というか詳報を流さなくてはなりません。今、ゴタゴタしている暇など有りませんよ? リスナーは待ってるんです。」と指摘してから、「主任、引き受けられなすか?」と岸峰さんに振った。
「いやあ、私も同罪だよ。だって放送前に一緒にチェックしたんだもん。」と岸峰さんが頭を掻く。「古賀さんも、でしょ?」
そう指摘されると、古賀さんは潔く頷いた。
「私にも責任があります。いや、片山さんよりも重い責任が有る。お二方は未来から来た『民間人』で、私は末席とはいえ軍務に就いているのだから、軍事に関しての事実確認は、私が重きを負うべきでした。」
「そんなに背負い込まないでよ。」
僕は電文を受け取った時に、古賀さんや岸峰さんは寝ていたことを指摘する。「あの時点で、チェック出来る可能性があったのは僕一人なんだから。」




