パラ16 航空機の性能を比較する件
ウィンゲート少尉が日本語を喋れないのを、岸峰さんは全く疑っていなかったようで
「彼が、日本語を分からない振りをする事に、何かメリットがあるのか、私には理解出来ないな。」
と、反論してきた。
「だって、電卓を手にして、玩具を貰った子供みたいに喜んでいたじゃない。技術屋丸出しで、駆け引きする人には見えなかったよ?」
僕は、少尉を根っからの技術好きと見るのには同感だが、だからと言って、彼が僕たちに一芝居打つ事に、躊躇いを持つような人物であるとまでは思わない。
悪意を持って欺瞞したのではなく、僕たちをテストする理由が有る状況だったから。
「僕たちが、何か敵対行為をする可能性があると感じたら、早良中尉やオキモト少尉たちは、僕とキミとウィンゲート少尉の三人だけを残して、少しの間、座を外す心算だったんだろう。傍に居るのが、日本語が分からないウィンゲート少尉だけだったら、僕とキミは日本語で秘密の会話をするかも知れないじゃないか。」
「……そういう事かぁ……。じゃあ、そう成らなかったのは……。」
「疑う必要無し、と早良中尉が判断したのだろうね。未来人だとは言っても、スパイや破壊工作員なんかじゃなく、見た目通りの高校生に過ぎないって。」
「うわぁ! 早良さんって軍人っぽく無くって、教育実習の先生みたいな感じだったのに。」
「軍人っぽく無いのは地なんだろうけど、切れ者なのは間違い無いと思うよ。ここに居るのは同盟している国同士の部隊だから、実弾が飛ぶ事は無いけれど、情報戦の場としてはフロントラインだろうからね。どの国も選りすぐりの人材を投入していても不思議はない。ま、勝手な想像だけど。」
岸峰さんは、しばらく頭を抱えていたが、少し不貞腐れた表情になって椅子に座った。
「石田さんが、委員長みたいな感じなのも、優秀なるが故なんだ……。」
僕も窓から離れて椅子に腰掛け、
「陸軍予科士官学校の生徒さんなんじゃないかなぁ。こっちの世界では、女子にも受験資格が有るんだろう。16歳から一般受験が出来たはずだよ。陸軍幼年学校の生徒だとは思えないから。」
「それだったら、今頃は学校に通ってないといけないでしょう?」
「予科士官学校では、2年間くらい履修するみたいなんだけど、飛び級制度が有るのかも知れないね。予科学校卒業後は『隊付勤務』って言うオン・ザ・ジョブ・トレーニングを経験してから、陸軍士官学校に進むんだったと思う。」
岸峰さんは、両手で頬杖をついて、不愉快な猫みたいな視線を送ってくる。
「そういうのも、ゲームからの知識なわけ?」
「ゲームだけでなしに、本とかDVDとか色々。シミュレーション・ゲームやってると、歴史背景とか関連情報とか、知りたい事がどんどん増えちゃうんだよ。知識によって、ゲームが有利に進められる場合も多いし。」
彼女は顎を支えていた手をテーブルの上に投げ出すと、そのまま額を卓上に押し当てた。
「あたしは、片山君に比べると、本当に何も勉強してこなかったんだなぁ。」
そんな事はない。同じ年月生きているんだから、脳に蓄えられている知識の総量は似たようなものでしかない。
「興味の対象になった分野が違っているだけだよ。誰しも、知っている事は知っているし、知らない事は知らない。岸峰さんにとってはアタリマエの事で、僕が知らない事も同じだけ有るはずさ。」
その時、ドアが激しくノックされた。
緊急事態?
岸峰さんが、上体を起こして、緊張した表情になる。
僕は「はい!」と返事をして、急いでドアに駆け寄った。
外に立っていたのは、口髭を生やした精悍な顔つきの男性で、飛行服姿をしている。
男性を制止しようとしていたのか、彼の後ろで、石田さんが困ったような顔をしている。
「飛行隊の江藤だ。貴公らが、未来人か?」
飛行服の男性は、性急に言葉を発しながら、来客室に乗り込んできた。
しかし、怯えたように目を丸くしている岸峰さんを認めると、しまった! という表情になって
「無作法を働いて、失敬した。未来からの来訪者が居ると聞いたら、矢も楯もたまらなくなってしまってな! 80年後の航空機の話を、聞かせて貰えないだろうか?」
と、深々と頭を下げて謝罪する。
ああ! この人も技術マニアな人みたいだ。
僕は江藤氏に椅子を勧め、「詳しくはありませんが、知ってる範囲でなら。」と応じてから、入り口の所に突っ立ったままの石田さんにも入室を促した。
二人がテーブルに着いた処で、ジェット機について、どう説明したものかと考えながら、カバンからレポート用紙を取り出す。
シャープペンシルで、うろ覚えのF-15戦闘機の絵を描きながら
「僕たちの時代には、プロペラ機も飛んではいますが、戦闘機や旅客機はジェットエンジンを搭載したものが多くなっています。」
と話を切り出した。
「ジェットエンジンというのは、ケロシンと圧縮空気を混合して連続燃焼させ、一定方向に燃焼ガスを噴き出させるエンジンです。」
江藤氏は、テーブル越しに身を乗り出して僕の手元を覗き込み、『ぼくのかんがえた さいきょう せんとうき』みたいになってしまったF-15の下手くそな絵を見て、唸った。
「プロペラ無しの単葉機か! 速度はどのくらい出る?」
「えっと……速度は、確か最高速度で2,500から2,700㎞/hくらいだったと思います。」
僕の答えを聞いた江藤氏は、エキサイトしてしまったようで「それでは音速を超えてしまうではないかっ!」と大声を上げた。
「はあ。そう成りますね。」僕は江藤氏に、そう返事してから、まだ怯えた表情を続けている岸峰さんに「岸峰さん、もうそういうのイイから。江藤殿は技術的な話をするために、ここへ見えられている訳だし。」と、注意をしておいた。
ウィンゲート少尉に一杯食わされたからと言って、江藤氏相手に可憐な美少女を演じるのは、「江戸の敵を長崎で討つ」ようなものだろう。大体、江藤氏が僕たちに危害を加える可能性が有るのなら、石田さんが身体を張ってでも阻止した筈だし。
バレたか、とでも言う様に、ペロリと舌先を見せて笑った岸峰さんから、江藤氏に視線を戻して話を続ける。
「それと、飛行速度は落ちますけれど、最大で11tの爆弾を搭載出来たと思いますね。」
「……一機の搭載量が、11tなのか? 97式重爆が1tの搭載量だと言うのに……。」
「民間旅客機のボーイング747でも、900㎞/hの速度が出ますよ。500人ぐらいの客を乗せて、東京からアメリカまで、無着陸で飛んでいますし。」
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参考機材(御蔵空港所属航空機)
94式偵察機乙型
複葉機
乗員 2名
速度 300㎞/h
航続力 1,200㎞
武装 7.7㎜機銃×3
軽爆弾×8
98式直接共同偵察機
単葉機
乗員 2名
速度 349㎞/h
航続力 1,100㎞
武装 7.7㎜機銃×2
爆弾250㎏




