音戸と早瀬の搭載砲
午後になって再出撃するTF-M1には、新たに2隻の武装フェリーが参加した。
武装化改装を終えた排水量498tの音戸と早瀬の2隻である。
この2隻の主武装は、前部甲板に据えた92式10センチ加農砲で、フェリー汐の車両甲板に追加武装として乗せているものと同じ砲だ。
但し、搭載している場所が前部甲板だから、発射のする際に177tフェリーのようにランプウエイの歩板を下げる手間は必要無い。
最大射程18.2㎞。
後部甲板には90式野砲が搭載されている。
90式野砲は95式野砲と同じ口径75㎜の野砲なのだが、最大射程が95式の10.7㎞に対して13.4㎞とかなり長い。
年式の古い90式野砲の方が射程距離が長いのは不思議な気がするが、それには当然ながら理由がある。
90式野砲は駐退複座機を砲身に固定し、加えて砲口制退機を採用したため砲身の受ける反動が少なくなるという発射の際の利点を追求した、ある意味ゼイタクな造りの野砲であったからだ。
この点、駐退複座機を採用してバカ重くなってしまった「発射する分には優秀」な96式中迫撃砲と似ているかも知れない。(96式中迫撃砲は、現在海津丸の飛行甲板にて絶賛活躍中。)
ただ、その分放列車重量は大きく、95式の1.1tに対して1.4tもある。両砲の造りはほぼ同じなのだが、砲口制退機を持たない95式は、その分軽いのだ。
対砲兵戦闘を考えれば射程が長い方が有利なのは当然だが、野戦での機動性を考えれば、軽量な砲には進退や陣地変更が容易いという分が有る。密かに進出して敵を狙撃した後に、とっとと行方を眩ませるのには、300㎏の重量差は大きい。
音戸や早瀬の搭載砲とするのには、陸上で機動戦闘をするわけではないから、射程が長い90式が選ばれたというわけである。
また両舷には、先の杭州砲撃で有効性が確認出来た150㎜口径の96式中迫撃砲(最大射程3.9㎞)が各1門ずつ配備されている。
50口径M2重機関銃は常設配備という形は採らず、銃身(12.7㎏)・機関部(27㎏)・三脚(20㎏)・100発入り弾薬箱(15㎏)と分解して積み込まれ、適宜必要とされる場所へ移動する。
M2の銃座を常設にしなかったのは、TF-M1の杭州砲撃で活躍できる場面があまり無かったためで、使われもせずに潮風に鉄錆を浮かせるばかりになるのなら、油を引いて防水シートに包んでいる方が良かろうという考えからである。
運用の結果次第では、今後ウォータージャケット式の常設装備に変更される可能性は残しつつも、498t級フェリーのM2重機関銃は、軽機関銃や97式曲射歩兵砲(81㎜迫撃砲)と同じような扱いとなった。
もっともM2は組み上げた後でも三脚まで含めて3人(弾薬箱まで含めれば4人)で担げるから、移動や運用に難が有るとは考え難い。
レイノルズGUNSOは、TF-M1は御蔵島を出港後、また金山方面に進出するのではないかと考えていたのだが、読みは外れて向かった先は舟山港だった。
海津丸は舟山港でミラー中尉が指揮する機械化部隊を乗船させた。
この時に、ウィンゲート少尉は潮の船舶砲兵指揮官の任を解かれ、新たに音戸の船舶砲兵指揮官勤務を命じられている。ウィンゲート少尉の後任には、潮で少尉の部下を務めていた伍長が軍曹に昇進して指揮を執る事となった。
かつて、陣の浜の戦闘に従軍した特設戦車中隊の車長の一人だから、レイノルズの同輩だ。
レイノルズは汐の船舶電話を借りると、潮の新任軍曹を呼び出してもらい、お祝いを言うことにした。
「やあ! シューメイカ―。昇進おめでとう。」
『ありがとう、レイノルズ。でも、自分がこの船の武力のトップを務めなくちゃならないと思うと、気が引き締まると同時に、責任の重さで足が震えそうだよ。』
シューメイカ―は沈着な男で、機嫌を損ねたエンジン整備にはピカイチの腕を持っていた。成り行きから戦闘指揮官の一人となってしまったが、本人は整備士のままであれば良かったと感じているのかも知れない。
「大丈夫だ。お前なら務まるさ。何と言っても、俺がやれているくらいなんだから。」
『それが救いだね。』シューメイカ―軍曹は、レイノルズの激励のための謙遜を、言葉通りに受け取ったようだ。
『お前でも務まっているんだからね。そう考えたら、なんとかやって行けそうだよ。』
――ヤツめ……。エンジンの機嫌を直すのは得意でも、ヒトの機嫌は、損ねる方が上手なのかも知れんな。
夕方近くなってTF-M1は舟山港を後にしたが、針路は南だった。台州方面を目指すらしい。
音戸と早瀬はここで船団を離れ、別個の任務部隊TF-M2として杭州方面へと向かった。
夕闇が迫る中、TF-M2は快速を活かして、たちまち遠ざかって行った。




