パラ15 御蔵島・エクスペリメントの可能性について思いを馳せる件
僕が、石田さんとスミス准尉の目的が同じだと推測した事に、岸峰さんは安心した様な表情を見せた。
「よかった。片山君が美人を相手に、目が眩んでいなくて。」
「目が眩むもなにも、初対面の人に一目惚れ出来るような浮ついた状況でもないし。……だいたい、こんな大事件が起こっているのに、会う人会う人、理性的過ぎて変でしょう? 普通、島が未知の場所に移動して、未来人なんて者が出現したら、島が移動した原因は未来人の仕業だと考えると思うんだよ。もっとパニックになって、僕たちが責められても不思議は無い。そう、思わないか?」
岸峰さんは顎の下に手をやって、少し考え込むようにしていたが、
「片山君は、御蔵島の人たちが、この現象を起こしたと考えているわけ?」
「御蔵島の人たちが関与しているのかどうかは分からないけれど、最低でも原因に心当たりがあるんじゃないか、とは疑っている。……検問所で早良中尉が『未来人に失礼の無いように』って言ったら、衛兵の人が『驚くような事ばかり起こっているから、未来の人から詳しい説明を受けたい』って言っていただろ? 聞いた時には、未来人だから不可解な現象にも詳しいだろう、と言う意味かと思ったんだけど、中尉は単に、僕たちが未来から来たと言う事実を述べたのに過ぎないのに、衛兵さんは島で何かの実験か研究かが行われていて、それに僕たちが一枚噛んでいると受け取ったのに違いないよ。」
僕は立ち上がると、窓の傍まで歩いて外を眺めた。
海は穏やかで、大型船の向こうには、複数の島が見える。
御蔵島が、瀬戸内海からどこに移動したのかは分からないけれど、現状でも絶海の孤島になっている訳ではない。
「衛兵さんは『御蔵島がシナに移動した様だと言う噂がある。』とも、言っていたよね?」
岸峰さんは、僕の問いかけに「私も、それは覚えている。」と応じて立ち上がると、横に並んで外を見つめた。
隣に立つ彼女から、柔らかい香りが漂ってくる。
シャンプーも香料入りの柔軟剤も無い世界だから、彼女のこんな匂いを嗅ぐ事が出来るのは、これが最後なのかもしれない。
「島が移動するなんて、転移魔法とか召喚魔法みたいなものが、使われたのかな?」
彼女は自分でそう言っておきながら、「それはナイよね。」と苦笑した。
「どうなのかなぁ……。一応、僕たちの居た世界と近似したパラレルワールドだから、魔法は存在していなさそうに思うけど、でも、僕たちの世界にも安倍晴明みたいな大魔術師は存在したことになっているだろ。『今昔物語』や『宇治拾遺物語』は説話集だとしても、『大鏡』は歴史書扱いだからね。」
「じゃあ、片山君は魔法説を支持するわけ? 役小角みたいな仙術使いがやった事とか?」
岸峰さんは、呆れたような口調で揶揄するけれど、目付きは存外真剣だ。
もしかしたら、彼女は僕の正気を疑っているのかもしれない。
だから、彼女に魔法ではない別の可能性についても、指摘しておく事にした。そっちの話も眉唾と言う意味では、魔法に引けを取らない怪しさだけれど。
「この世界の事は知らないからさ、魔法使いの仕業って可能性も全くゼロとは言い切れないだろ? でも、ほら、魔法使いの仕業って筋とは別に、人為的な超常現象で有名な都市伝説が有るじゃないか。時代的には少し先の事かもしれないけれど、第二次世界大戦期の実験で、SFの映画にもなっているヤツ。」
僕の指摘は、彼女の意表を突いたようで、彼女は指で蟀谷を押さえながら、記憶を辿り始めた。
「何だろう? 『タイム・アフター・タイム』はタイムマシンものだし、『ファイナル・カウントダウン』はタイムスリップものよね? でも、都市伝説には関係無いよね……。都市伝説に関わるモノっていえば……ああ! そうか。『フィラデルフィア・エクスペリメント』!」
一般的には『フィラデルフィア計画』の名前で知られている、艦船をレーダーから感知出来なくする技術計画は、正式名称を『レインボー計画』と言う。
原理自体は、テスラコイルの発明で有名な科学者二コラ・テスラによって、1931年に提唱されたものだ。
実際にアメリカ海軍において実験が行われたのは、1943年の事だとされている。
具体的には、フィラデルフィア近郊の海上において行われた、駆逐艦エルドリッジを用いての大規模実証実験だ。
実験開始直後、駆逐艦エルドリッジは見事にレーダーから消失したが、本来ならばレーダーから見えなくなるだけの効果のはずなのに、艦船自身がその場から消滅してしまうという結果になった。
消滅したエルドリッジがどうなったかというと、2,500㎞離れたノーフォークに「瞬間移動」したと言うのだ。
これが巷で噂されている『フィラデルフィア・エクスペリメント』事件だ。
「なぁるほど! それならば、御蔵島が瀬戸内海から中国沿岸まで瞬間移動した説明が付く……のかな?」
岸峰さんが、僕の正気具合を少し安堵したのか、小動物が餌をねだるような眼差しで訊ねてくるけれど、そんな事、真面目に訊かれたって、僕に説明出来る訳がない。
「あくまで、現時点での根拠の無い一解釈だよ。」
それでも人間は、解釈が付き説明が有ると少しだけ落ち着いた気分に成れる。
治療の難しい病気であったとしても、診断が付いて病名が確定すれば、正体不明な時よりも、ちょっとだけ前向きになれるのと似たようなものだろう。
果たして、彼女は石田さんの話を蒸し返してきた。
「石田さんに、私たちの監視を命令したのは、高坂中佐なのかなぁ?」
彼女は『監視』という単語を、強調して発声した。
仕方が無いにせよ、監視下という状況にストレスを感じるのか、あるいは、美人の石田さんに対してちょっと含むモノが有るのか。
僕は責任者として中佐の手配は当然の事と感じたから
「多分、間違い無いだろう。中佐は僕たちが司令部に到着した時点で、キミと僕の名前を把握していたからね。水島さんか、水島さんに事情を確認した軍曹が、電話か無線で司令部に第一報を入れていたのに違いないよ。もしかしたら、早良中尉がやって来た時には、既に僕たちか時空漂流者である事と、名前程度は連絡が行っていたのかも。」
と、中佐の行為を弁護する形の返答となった。取りあえず、石田さんについて言及するのは避ける方が無難そうだ。
「そうね。侵入したのが変な遭難者である事は、優先順位の高い情報だもの。身柄を押さえるのには注意を払ったでしょうね。……でも、そうすると、日本語を話せないウィンゲート少尉も一緒に来ていたのは何故?」
「考えられるのは、二つある。一つは、オーストラリア部隊に対して日米が情報隠蔽を行っていない事を示すため。」
「納得できる考えね。で、もう一つは?」
「こっちの方が正解じゃないかと思うのだけれど、ウィンゲート少尉もオキモト少尉と同じで、日本語がペラペラなんだと考えているんだ。」
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登場人物
片山修一 大戸平高校2年 生物部 詰襟学生服の少年
岸峰純子 大戸平高校2年 生物部 ポニーテールの正統派美少女
石田フミ 帝国陸軍婦人部隊 キリリとした少女
エミリー・スミス アメリカ陸軍婦人部隊 金髪の准尉
高坂中佐 独立混成船舶工兵連隊 主計中佐
早良中尉 独立混成船舶工兵連隊 技術中尉
オキモト少尉 アメリカ陸軍所属 日系二世 混成連隊に出向中
ウィンゲート少尉 オーストラリア陸軍所属 エンジニア
尾形伍長 独立混成船舶工兵連隊
水島二等兵 独立混成船舶工兵連隊
和田軍曹 独立混成船舶工兵連隊 理科実験準備室の警備を命じられた下士官




