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杭州砲撃4

 温州城の城壁を眺めつつ、滑走路建設を監督していたオキモト少尉は、伝令のジープが港から城内に走り入って行くのを目撃した。

 助手席で金髪をたなびかせているのはスミス准尉だろう。

 彼女がオキモトの方を向いて何かを叫んでいたが、北門島から持って来た排土板付チハがオキモトの横で唸りを上げて地面を整地していたから、内容は聞き取れなかった。


 今までに彼のところまで伝わって来た情報だと、鄭隆を首班とする交渉団の一行は、王宮近くの邸宅に宿をとったというものだった。

 魯王の重臣は、王宮内に腰を落ち着けて大将軍(唐王)や福松(鄭成功)を待つ事を薦めたようだが、鄭隆自身が無位無官の身であるのを理由に魯王との謁見も含めて固辞し、専ら交渉は書面の遣り取りで行われているらしい。

 形式的には「在野の学者」の陳情を、重臣が監国の耳に伝えるというスタイルを採ったのだ。


 仮に鄭隆が魯王と言葉を交わすことがあるとすれば、『偶然に』王宮から散歩に出た魯王と、そこに居合わせた鄭隆とが『何かの拍子で』会話するという段取りが組まれそうだ。

 けれども鄭隆は、自らは単なる連絡役に過ぎず、唐王や鄭成功に先んじて魯王と密なコンタクトをとったと看做されるのを警戒しているようだから、偶然のお目通りは機会を与えられても断るに違いない。

 このあたり、南明朝内の政治情勢の絡みの複雑さを感じさせる。


 交渉団の一行には鄭芝龍軍先鋒の幹部も加わっているので、弘光帝に信任厚い車騎将軍(鄭芝龍)に対するアリバイ作りとしては申し分ない。

 鄭芝龍水軍先鋒は大津丸に乗船した一部を除いては、まだ温州の港に到着してはいないが、港には洞頭列島に駐屯していた鄭隆の手勢と小倉隊の船とが徐々に集結しつつあった。


 オキモト少尉は後をゴンドウ曹長に託すと、傍らに停めていたジープをって城門をくぐった。

 ――鄭成功の騎兵隊が、早くも温州まで接近してきたという航空偵察の報告だろうか?


 中央の大路を進むと、王宮近くの豪勢な邸宅前にジープと97式軽装甲車が停まっているのが分かった。

 少尉はそれを目印に自分のジープを停車させると、門の前で立哨している38式小銃装備の蓬莱兵に答礼を送って邸宅の中に駆け入った。


 チャイニーズスタイルのロビーには、早良中尉や呂宋からの義勇軍の小倉藤左ヱ門らの姿がある。

 早良中尉がオキモトに向かって軽く手を上げる。


 「中尉殿、何か変事でも? スミス准尉から呼ばれましたが。」

 オキモトの質問に「舟山のTF-M1が杭州砲撃を成功させたようですよ。」との答えが返ってくる。「舟山飛行場から出た偵察機が、戦果を確認しています。」


 「我が隊は、ようやく船をまとめ始めたばかりだというのに、御蔵の軍のいくさは、なんとも手際が良い。」と感心しきりなのは藤左ヱ門だ。「この機に乗じて台州をけば、熟柿じゅくしが落ちるように城が下りましょうが。」


 早良中尉は「いえ、杭州が砲撃を受けたという情報は、まだ寧波の清軍にも届いていないでしょう。杭州から早馬か早舟を走らせたとしても、今日中に情報が届くかどうか。台州にまで情報が届いていないのは確実です。」と藤左ヱ門の焦りを抑える。「明朝にでもビラを撒いて、驚かせてやりましょう。疑いはするかも知れませんが、数日中には何らかの手段で連絡を受け取るでしょうから、台州にも動揺は広がるでしょうけれどね。」


 「そうでござった。」藤左ヱ門が額を叩いて納得する。「御蔵の方々は、千里先の事柄もたなごころを指すように承知しておられるが、明国にしても清国にしても、戦の帰趨きすう物見ものみが戻って来ねば、何一つ知るよしも無い。慌てる必要は無いのでござったな。」


 中尉は頷くと、オキモト少尉に向き直って

「君は馬に乗れるそうですね? スミス准尉から伺いましたが。」

と妙な事を質問してくる。

 ――何だろう? 鄭成功の騎兵隊と陸路で連絡を取れ、という指示だろうか?


 「一応は、こなします。」

 注意深く答えたオキモトに、早良中尉は「君に将校斥候をお願いしたいのです。台州方面にジープで向かえるのかどうか、調べて来て貰えませんか。」とアッサリと難問を振ってきた。

 「趙大人と温州騎兵の一個分隊が同行してくれます。威力偵察なんかではなく、純粋に道が通れるのかどうかの検分です。河川が多いようですから、無理だったら無理で構いません。水路は小発と高速艇が既に調査中ですから、陸路だけ。馬が得意な人物で、ジープにも詳しくないと務まりませんのでね。御蔵の車両工場では、ジープを水陸両用車に改造する試みが進行中ですが、間に合いそうもありませんから。」


 理由まで説明された以上、オキモト少尉にNo! と主張する選択肢は無かった。






 レイノルズGUNSOは、杭州砲撃任務を見事に成功させた寄せ集め砲兵部隊の部下たちを

「Good job!」

「Nice shoot!」

ねぎらったが、舟山港へ帰路を採るものと思っていたTF-M1は、杭州湾の北岸沿いを東に向かっている事に気が付いた。


 船橋へ駆け上がったGUNSOは、アメリカ人船長に「上海ですか?」と質したが、答えは「ノー。」だった。

 「上海までは、ちょっと遠いからね。金山ちんしゃんを『やる』事になった。距離は半分くらいだから、夕方には焼けるだろう。到着まではユックリしていてくれて構わないよ。」


 夕闇の迫る金山沖に姿を現したTF-M1は、再び霧笛の咆哮を響かせると金山の城市に巨弾を降らせた。

 炎上する金山を尻目に、TF-M1は夜の闇の奥に姿を消した。


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