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杭州攻撃部隊TF-M1

 攻撃船団は払暁ふつぎょうを期して舟山島を出港した。


 未明出発の明け方攻撃にしなかったのは、安全第一策を採って有視界航行をするためだけではない。

 杭州付近に到着する予定時刻を、満潮近辺に合わせたかったからだ。


 杭州湾奥は潮の干満による水位の差が大きく、大潮だと5mもの差が生じる。

 干潮時には広い干潟が姿を見せる地形なのである。


 排水量が200tに満たない内航フェリーの改装砲艇である潮と汐は、喫水も浅く、それほど座礁や着底に神経質になる必要は無いのだが、舟艇母船の海津丸は9,500tあり、無警戒に湾奥に突入するのは躊躇われた。

 目的地が近くなり海岸線に接近する時には、デリックを使って海津丸から高速艇を降ろし、測深機を使う手間をかけるのは避けられまいが、干潮時に比べれば座礁のリスクは小さくなるだろう。


 なお、この攻撃部隊は「御蔵島第一任務部隊 TF-M1」と命名されている。

 「御蔵島第X艦隊」のような名前にならずに、米国式っぽく「タスクフォース・エムワン」という仮名称に落ち着いたのは、舟山島で戦隊の編成に携わったのがオーストラリア人のハミルトン少佐だったという事だけではなく、そもそも転移が起きた時に御蔵島には海軍軍人が居なかった事による。


 日本軍に於ける海軍と陸軍との確執かくしつは有名だが、アメリカ軍では皆無だったのかと言うと、そんな事はない。

 「だいたいアイツラと来たら!」というのは各国共通、グローバル・スタンダードなのである。

 雲の上での予算と権限との分捕り合戦から始まり、それが段々と下々にまで波及していくからだ。

 御蔵港(および付随する陸上施設)では、複数の国が利用するというその特殊性から、軋轢は極力目立たない様に各国とも配慮はしていたのだが、人間のやる事だ、全てを消し去れるものではない。

 『なんとなくモヤッとしたもの』は残っていた。


 だから転移が起きてしまった後には、大津丸や秋津丸のような特殊船(舟艇母船)は、飛行機の発進が可能な全通甲板を持っているから「航空母艦:CV(軽空母:CVL)」でも良いのではないか、あるいは、この時代のスペインやイギリスの木造戦列艦よりも遥かに強力な装甲と武装とを有しているのだから「戦艦:BB」か「重巡洋艦:CA」と称しても、誰も文句を言ってこないのではないか、という議論も有ったのだが、艦首に菊の御紋を持たない陸軍徴用船なので「舟艇母船=航空機搭載武装輸送船」のままなのである。

 この時代にはまだ強襲揚陸艦という言葉は無い。


 そういう理由から、輸送船が「旗艦」ならぬ「旗船」であり、駆逐艦や砲艦ではなく改装砲艇が参加する船団(もしくは船隊)を、艦隊と呼ぶのはちょっと……という空気感から『任務部隊』というネーミングが採用されたわけだ。要は、気分の問題、というヤツである。


 第一任務部隊は砲艇「潮」を露払いに先頭に立て、その後ろに舟艇母船「海津丸」、最後尾に「汐」が並ぶという単縦陣で金塘島沖を通過した。


 汐の船内では、レイノルズの部下と105㎜砲操作班の日本兵とが合同で、汐の元からの甲板員からランプウエイの歩板の上げ下げの操作や、デリックを使ったカッターの上げ下ろし等の教育を受けている。

 甲板員の説明を、通訳が逐一翻訳する必要があるから煩雑な感じもするが、戦闘が開始されればレイノルズの小口径砲要員と105㎜砲の操作班とは相互支援しながら戦うわけだから、多少言語に不自由が有っても一緒に受けておく方が後々役に立つだろう。


 船橋や機関室でも、船長や操舵士、機関長や機関士など二人体制での習熟中だが、こちらは汐が舟山島に廻航してくるまでに若干なりとも練習時間があったから、甲板のように泥縄式という感じはしない。

 けれども船長や機関長は、日米両方ともに軍属ですらない民間人であったため、娑婆しゃばっ気が抜け切れていない雰囲気がある。

 「左舷陸上に敵影!」と双眼鏡を使っていた見張りが声を上げた時にも、甲板員教育を受けていた船舶砲兵に呼集をかけるかどうか躊躇ちゅうちょしたくらいだ。


 二人の船長が慌てて双眼鏡で覗いた先には、200ほどの騎兵が海岸に進出しようとしている最中で、第一任務部隊には特に脅威とはならない。

 想像するに、敵は第一任務部隊の着上陸を恐れて、水際で迎撃するために手持ちの快速部隊を取りあえず派遣してみたという具合なのだろう。


 船長が「総員、戦闘配置。」を告げるより早く、海津丸から「攻撃セヨ。」の命令が、無線・発光・手旗の三種同時に伝わってきた。

 レイノルズたちが甲板の砲や機銃に取り付き、キャビンから迫撃砲を持ち出し、105㎜砲の操作班が弾運びに駆けあがって来た時には、潮の37㎜砲と50口径、海津丸の75㎜野砲は轟然と敵騎兵部隊に攻撃を加えていた。

 敵の編成と規模からすれば、第一任務部隊には手始めの攻撃演習に過ぎなかったのだが、騎兵部隊は呆気無く壊滅した。


 一発も発射することのなく戦闘配置を解かれた37㎜砲の横に立つレイノルズGUNSOに、105㎜砲の操作班長が自嘲気味に

「さーじゃん。うい あー とう りとる。(軍曹殿。私たちは、ちょっとばかし遅かったみたいですね。)」

と告げる。

 GUNSOは「No problem! Next!」と彼の肩を叩くしか無かった。


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