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ライフ22 健康優良児の岸峰さんがゴハンも喉を通らないくらい疲れていた件

 「院長先生はスプラウトの有用性を分かってくれてね『だったら、怪我人の養生食に取り入れてみようか。』って。一応、前向きな意見と捉えて良いんじゃないかな。」

 岸峰さんがうつぶせのまま、モゴモゴと言葉を紡ぐ。

 脚を触られてくすぐったいせいで、枕から顔が上げられないからだ。


 僕が彼女の脚をマッサージしているのは、古賀さんから

「普段使わない方法で筋肉を酷使した場合には、ちゃんと手入れをしておかないと明日に響きますよ。」

と警告されたからだ。


 按摩あんまとかマッサージとかには、末梢から心臓へ向けてだったか、心臓から末梢方向に向けてだったかのいじる向きのキマリが有ったはずだけど、僕はそれを知識として持っていない。

 座敷童に訊いても「さあ? 筋肉がほぐれれば、どっちでも良いんじゃないですか?」といういい加減な返事が戻って来ただけだ。

 だから揉み方はテキトーにならざるを得ない。


 今日は竿を使った操船訓練に加えて、櫂を使った訓練も行った。

 櫂は言ってみればオールと同じなのだけど、形状もサイズも様々な使用方法の広い道具で、船縁に固定(装着?)して使ったり、固定せずにフリーの手持ちで使ったり出来る。


 装着する場合には船縁にある縄綱の輪っかに櫂を通す。

 漕ぎ方は、輪っかが舟の両脇の場合には公園のボートを二本オールで漕ぐのと同様なやり方でOK。

 これだけだったら三年かからずに習得できると思うのだけど、輪っかが艇尾ともにある場合には、一本の櫂を差し込んで、櫓を漕ぐように水中で∞を描く。


 慣れると∞の向きと力加減で、前進後退方法転換が思いのままなのだそうだ。イメージし難ければ、佐渡名物なんかのタライ舟を思い出してもらえばいいかも知れない。

 僕みたいな初心者が扱うと、同一地点で回るだけで全然前に進まない。


 櫓という道具は前進専用に特化した推進器だから、その分、習得も早いのだ。

 しかも櫓臍ろべそという支点があり、力点の場所が支点から離れているので漕ぐ力も少なくてすむ。

 (平家物語で義経が四国屋島方面に進撃する時、舟に「逆櫓さかろ」というバック機能を付けるかどうかで論争になる場面がありましたね。――教官殿の受け売りだけど。)


 タライ舟方式の操船に比べれば、櫂一本をフリーの手持ちで扱うのは割と取っ付き易く、貸しボートでブラックバスやヘラブナを狙う時に、一本オールで静かにポイントに進入する時の要領と同じだ。

 舟の横にオールを真っ直ぐに立てて、真後ろに水を掻く。パドルでカヤックを操るのと一緒。

 慣れないと舟が右に寄ったり左に向いたりするけれど、なんとなくだが前進だけはする。

 一本オールの櫂使いは、隠密裏に敵地進入を行う時などに最も音を立てない方法として有用なのだそうだ。(船外機なんかは、轟音たてまくりだからね。)


 他に手櫂と呼ばれる大き目の杓文字しゃもじみたいな櫂もあるけど、これは習得の必要性は無さそうだ。

 腕ごと水中に差し込んで、手櫂を∞マークに動かして操船するやり方で、流れのある場所で舟をステイさせたりする時に威力を発揮するのだとか。(漁向け?)


 そんなこんなで、今日は何時も以上に全身の筋肉がクッタクタなんだ。

 訓練上がりに、銃器や車両の整備こそ無かったものの、服や靴の塩抜きや洗濯も多かったし。

 控室でシャワーを浴びた後で、塩ビの資料を受け取った生田さんも「ああ、アリガトウ……。」って生返事だったしねぇ……。


 電算室に戻ってからも、岸峰さんは「疲れ過ぎてて、ゴハン食べられそうもないヨ。」なんて言い出すから、雪ちゃんが

「姉さま。揉み療治りょうじして進ぜましょう。」

とマッサージ役を買って出たのだけれど、雪ちゃんに肩や腰を揉んでもらった岸峰さんはベッドをタップしてギブアップしたのだった。


 「はて? 我が父は『雪の揉み療治は全く効かぬ。もそっと力を入れよ。』と、何時も申しておりましたが。」

 まあ筋肉の塊みたいな藤左ヱ門さんなら、そうかも知れないけど、岸峰さんは柔らかいから。


 古賀さんが「恥ずかしがらずに、室長がやってあげれば良いんですよ。」と主張する。「いつも主任に迷惑ばっかり掛けているんだから。」

 いや、そんなに岸峰さんに迷惑ばっかりかけてはいないと思うけど……。


 「ご飯は戸棚の乾パンで済ませるとして、お風呂にだけは行ってきた方が良いんじゃない?」

と岸峰さんに提案してみる。「熱い湯舟で身体を伸ばせば、コリも解れるような気がするよ。僕も大風呂に行ってみようかなぁ。」


 「却下。」と、そのアイデアを即座に否定したのは座敷童デアル。

 「冷水シャワーばっかしで済ませている室長は知らないでしょうけど、夕方の大風呂は芋洗い状態なんですよ。全身を擦り上げたら、ザッと湯に浸かる。手足を伸ばしてユッタリするなんて、とてもとても。」

 ――デ、アルカ。

 「小倉さんは私が食堂に連れて行きますから、室長は主任のケアを宜しく。」


 そういった経緯いきさつから、古賀さん、雪ちゃん、オハラさんの三人が夕食に出て行ったため、僕は二人きりの電算室で岸峰さんの脚を揉んでいるという訳だ。

 さすがに寝る時の恰好では恥ずかしいから、彼女はジャージの上下を身に付けている。


 僕は彼女の足元から左脇へと場所を移動し、今度は肩甲骨から肩と首筋へのマッサージ? をやってみる。「痛くない?」

 「ダイジョブ。」また岸峰さんは、くぐもった声で応える。「ん。良い気持ちだよ。」


 「英玉さん、どうだった? 元気だった?」

 「綺麗なヒトだね。銀幕女優って感じだった。写真、喜んでたよ。中国語だったから意味は分からなかったけど。雪ちゃんの顔を見たのも嬉しかったみたい。」

 ――そうかぁ。日本語が出ないくらい興奮したのか。

 「北門島で捕虜になった人は?」

 「そっちには会ってない。でも、英玉さんに面会した時に立ち会ってくれた看護師さんの話では、回復しているらしいよ。」


 僕はふと思い付いて

「今夜は戸棚に入れてあるシチュー缶を開けようか。あれなら食べれるんじゃない?」

と訊いてみる。「なんなら牛缶も開けてもいい。後で温めてくるよ。」

 彼女は「勿体無くない? あれは緊急な時に備えて取っておく事にしたでしょう?」と反論する。


 「別に勿体無くはないさ。健康優良児の君が、メシ食えないって言うんだから。第一種緊急事態だろう。」

 「やっぱり止そうよ。私、怪我でも病気でもないんだから。」

 「じゃあ、乾パンにコンペイトウとビタミン顆粒を混ぜて、お湯で柔らかくしてみようか。乾パン御粥だ。」

 「そうだね。シリアルみたいで美味しいかも。それだったら食べられそう。」


 岸峰さんは顔をこっちに向けて、そろそろ交代しよっか? と提案してきたけれど

「ダメだね。こんな役得、今のところは手放すツモリなんか無いから。」

と却下すると、彼女は耳まで赤くして、また枕に顔を埋めた。


 でもそんな風にちょっと良い雰囲気になって来た時

「片山ァ! 少し詳しく話を聞かせろ。」

と電算室のドアを勢いよく開けたのは江藤大尉殿だった。

 大尉殿は岸峰さんと僕を見て「おおっとスマン! 出直す。」と慌てて出て行こうとする。


 「大丈夫ですよ!」と上体を起こし、岸峰さんが大尉殿を呼び止める。「按摩してもらってただけです。お急ぎの用件なんでしょう?」

 「ああ、いや、それほど緊急の用件ってわけでもなくて、だな……。」

 「いえ、おうかがいします。北門島と舟山島との両方面で忙しい大尉殿が、時間を割いてご訪問下さったのだから。……片山クン、もうイイよ。」

 岸峰さんは寝台から降りると「お茶でも淹れましょうか?」と急須を手にして部屋を出て行く。給湯室に向かうつもりだろう。


 大尉殿は「いや、お構いなく。」と彼女の背中に呼びかけたが、僕に向かって「何だか岸峰君が不機嫌そうだな……。マズかったか?」と――男同士の話だぞの顔をして――訊ねてくる。

 「問題ありませんよ。今日は、竿と櫂を使う操船練習をしたので、彼女、疲れちゃったんです。明日、筋肉痛で動けなくなると困るんで、マッサージの真似事を試みていただけですから。ご飯も食べたくないって言うのが、ちょっと気掛かりですけど。」

 「なるほど。伝馬船の操船か。シロウトには、こたえる訓練だな。自分も櫓は扱えても竿は苦手だ。」

 「ええっ? 飛行機乗りのベテラン大尉殿が、ですか?」

 「飛行機乗り、だからだよ。エンジンを回せば飛行機は飛ぶだろ? 竿は使わん。」

 それもそうだ。「お訊きしたい件というのは何でしょう?」


 大尉殿は「それ、それ。」と椅子に腰を下ろすと「投下筒について書いた記事を読んだよ。ソーダ水の模擬爆弾の事をもう少し教えて欲しい。」


 お読みいただきありがとうございます。


 さて騒ぎになっております無断転載問題なのですが、この作品も転載に遭っておりました。(笑)

 本当にポイントや内容に関係なく、なろう掲載作品を軒並み持って行くとは驚きであります。


 転載するのなら中身くらい読んどけよ、と首謀者を小一時間ほど問い詰めたい気もしますが、機械任せの荒事のようですね。


 取り急ぎ、ご報告まで。

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