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ライフ20 さてこの間の北門島側の動きは、な件

 「清国軍は寧波防衛を諦めてないみたいだよ。舟山島からの報告によれば、昨夜は大荒れだった寧波港にも秩序が回復してるし、新規に軍団が配備されて大型投石器の設置が進んでいるんだって。」

 病院から帰って来た岸峰さんに、今朝からの状況を説明する。


 僕は今、朝からの舟山島関連情報を夕方の御蔵新聞向けに編集中だ。

 内容は、偵察機の清国軍動静報告や94式偵察機の新兵装『投下筒』に寧波城の投石器、それに普陀山僧侶の寧波上陸失敗など目まぐるしい。

 記事を書いているだけの僕ですら大事おおごとだなぁと感じるぐらいだから、両軍の前線の将兵にとっては息つく暇も無い事態の推移だろう。


 「へーぇ。昨夜は数千、下手したら数万規模の反乱……暴動だったんだよね。それを鎮圧して、新たに軍団を配備するとか、あっちの指揮系統の有能さも侮れないね。」

 そう。岸峰さんの指摘通り、元明国人の降将が指揮をしているのか清国生え抜きの将軍が軍を掌握しているのかは分からないけど、寧波の反乱に対処してみせた手腕は鮮やかで、敵将の力量を感じさせる。


 こちらとしては数か月間、少なくとも数週間は寧波に混乱が続く事を期待していたのにも関わらず。

 あわよくば――これは僕の希望的観測だったのだが――反乱が広範囲に伝播して長江南岸に駐屯している清国軍が事態を掌握できなくなり、長江以南を放棄する可能性とかまで考えていたのだ。


 「騒ぎを起こした兵は、どうなったのでございましょうな?」

 ツベルクリン陰性で、BCG接種を受けてきた雪ちゃんが誰にともなく疑問を述べる。

 雪ちゃんは予防接種当日だから、今日の午後の訓練は参加禁止だ。一応、安静にしておかないといけないから彼女のベッドに寝かせている。

 けれど元気盛りの年頃だから、昼日中ひるひなかから黙って眠っていることなど無理みたい。


 作画ソフトでトレビュシェ型投石器のイラスト作成中の古賀さんが

「捕まったときの討伐隊の指揮官が優しい人で、運が良ければ教化隊に再編成されて一番危険な任務に充てられてるでしょうね。運が悪ければ、逃げてる途中に殺されてるか、捕まった後に見せしめの処刑。……でも、まだ現在逃亡中の人も多いはずだよ。」

と言って聞かせる。

 この電脳座敷童は、テンキーパッドでの数値打ち込みが抜群に早いばかりでなく、いつの間にかマウスを使った作画も自在にこなせるように進化しちゃっているのだ。

 けれども僕と同じで絵心には見放されているから、鉛筆描きの原画はオハラさんが、僕が記憶を頼りにラクガキした下手くそな絵を元にそれらしく仕上げた。(今のオハラさんは、トレビュシェに続き襄陽砲の原画を描画中だ。)


 「教化隊って?」と岸峰さん。

 「懲罰部隊とか囚人部隊の事さ。日本軍での呼称だよ。」と僕。「執行猶予部隊なんていう呼び方をする国もあったみたいだけど。」


 「ふぅん。……清国軍の舟山島逆上陸作戦で、最終局面の時に、ちっちゃな舟で戦死確実みたいな輸送手段なのに送り込まれて来た兵団が有ったでしょう? ……あの人たちなんかも、そうなのかな。」

 岸峰さんの疑問に古賀さんは「広義の意味では教化隊みたいなものかも知れませんけど。」と回答する。「でも満州族の清国兵より、この地では元明国兵って人の比率の方が高いでしょうから、扱いは囚人部隊というよりも正規軍でしょう。敵の拠点を落とすのに、他に方法が無いと見て、形振なりふり構わず力攻めを挑んで来たというのが正解なんじゃないでしょうか。三国志の城攻めでも、攻城兵器の都合が付かない場合には、『蟻傅ぎふ』とか称して総掛かりの人海戦に持ち込む例はよく有りますし。」


 「ああ、孫子そんしさんが言う処の、下手ッピは力攻めってヤツか。」

 ――岸峰さんが言いたいのは『下策は城を囲む』のことなんじゃないだろうか。


 「ワタクシ考えます。逃げた兵隊、Nan-Minn目指すのではあるまいかと。」

 オハラさんが鉛筆の手を止めて指摘する。「Shinの範囲抜ければ、セイフティ高まる、ます。」


 「なるほどね。南明朝の勢力圏まで行ければ、討伐隊も簡単に手出し出来なくなるね。」

 岸峰さんはオハラさんの意見に賛同してから、僕に「どのくらいの距離?」と訊ねてくる。

 僕は「ちょっと待って。」と地図帳を開いて

「うーん……。結構、遠いかも。地図上では寧波から台州が200㎞くらいで、台州から温州までが150㎞くらいかな。それも直線でだよ、道のりではなく。歩きの道のりを考えたら400㎞くらいまで伸びるのかも。」


 「片山さん、太閤秀吉の『備中大返し』ってどんなペースだったんですか?」

 古賀さんが極端な比較例の質問をぶっ込んでくる。

 まあ、歴史好きとか戦国シミュレーション好きだったら、割と知ってて当然のQアンドAではある。

 「一応、諸説アリと断ってはおくけど、備中高松城から山崎の決戦場まで、距離にして200㎞、期間は10日間だね。だけど姫路で休養と再編成をやってるし、近畿の織田方に参戦要請を行っている時間も含んでいるから平均20㎞/日なわけで、最速区間は高松城から姫路城までの70㎞を一日でって事になるのかな。……けれどもこれは、全軍団の内の最速部分の速度だし、なにより秀吉だから出来たハナシであってね。」


 更に言葉を続けようとする僕を、岸峰さんは右手で制して

「武器や装備を捨てて、身一つで死に物狂いで逃げるんだから、その一日70㎞に近い速さで移動してるんじゃない? 温州の兵が前進すれば、数千単位で逃亡兵を収容できるかも!」


 「温州の軍団は、福州軍と合流して共同戦線を構築するまでは、単独では動けないでしょうね。今、勝手に前進したら福州軍は面白くないでしょうから。」電脳座敷童が冷静な意見を述べる。

「先ほど奥村少佐殿と片山さんが話をしていた『兵は動かせないから情報で揺さぶりを掛ける』という策は、その事だったのでしょう?」


 なんてマルチタスクな脳ミソをしてるんだ、この座敷童は!

 滅茶苦茶な速度でキーを叩きながら、僕と少佐殿の会話を余すところ無く把握してるとはね。

 もっとも少佐殿の声は野太いから、耳栓でもしない限り筒抜けだろうけど。


 岸峰さんが僕に向かって

「なんだぁ! 聞いて無いぞぉ!」と大きな声を出す。「ちょっとぉ、そんな大事なハナシを何で黙ってるかな?」

 「別に秘密にしてたワケじゃないよ。順を追って話をしてるじゃないか。第一、僕もさっき聞いたばかりだよ。君が知らなかったのは、その間、病院に行ってたからじゃないか。」


 「そう言われれば、その通りだね。失敬。先走っちゃたよ。」

 岸峰さんは自分の理不尽さをすぐに改める事が出来る。こういった点がB型女性の愛らしい所だ。(いや、まだ彼女がB型なのを確認したわけじゃないけど。軍隊の場合、血液型は輸血する時に大事だから、転移後直ぐに検査はしている。結果は既に出ているんだが、彼女は教えてくれないのだ。立花さんには白状してるクセに。)


 「僕らが思い付く事くらい、中佐殿や奥村少佐殿が考えていないはず無いじゃないか。それに『あっち』には、雛竜先生や早良さん、加山少佐殿に源さんも居るんだよ? 趙さんやスミス准尉殿だって、超クレバーな頭脳の持ち主だし。」

 「ガミガミ言わないでよ。浅はかでしたよ。謝ってるじゃない。……で!『揺さぶり』って、具体的には何を考えているワケ?」


 「アジビラ作戦第三幕。今度は台州にビラを撒くんだ。現地での飛行経験がある轟中尉殿や笠原少尉殿、それに池永さんは大活躍の大忙し。統括する江藤大尉殿も、今日は朝から『扉』を通って行ったり来たりなんだって。御蔵空港の航空隊員や整備兵も、大勢あっちに向かったみたいだね。大津丸が一時南下しちゃったから、航空燃料なんかも『扉』経由で補給しなきゃならないし。」


 アジビラ作戦の第一段は、温州城への渡りを付けるためのビラ投下だった。

 温州城では使節団受け入れ同意を示す白旗が既に翻っている。


 第二弾は陸路を進む福州軍先鋒部隊との連絡。

 こちらも成功だ。福州軍先鋒は白旗を掲げて進軍中。


 福州軍にビラを撒いた後には、彼らが進軍する途上にある城塞にも、同様にビラが投下された。

 福州軍先鋒と温州内の温州軍が収めている支城とは、互いに白旗で不戦の意図を伝えあっているから、福州軍の進軍速度は上がっている。殊に騎兵の進撃速度は劇的で、数日中には温州城に到達出来るらしい。

 北門島に交易品として紙の備蓄が豊富だった事と、謄写版印刷機を持ち込んだ事が功を奏した。


 雛竜先生の所の文官諸氏は、昨日のハードワークで疲労困憊してるから、交代で睡眠を取っている。

 だから現在の北門島城での印刷作業は、電算室にパソコン演習に来る婦人部隊の面々が出張して仕切っているそうだ。

 今日は古賀さんとオハラさん以外、誰も来なくて不思議だなぁと思っていたら、アッチに動員されていたという次第。(ちなみにキャロラインさんは、エリオット技師向けの半導体資料の英訳文を、一階のタイプライターで作成中だ。パソコンで入力するより、使い慣れたタイプライターの方が早いらしい。)


 「第三弾、具体的にはどんな文面で撒くの?」

 岸峰さんの質問に「明国皇帝陛下の傘下に加わりたくば白旗を掲げよ、みたいな文面らしいね。台州の城塞や沿道に撒くみたい。」と奥村少佐殿からの伝聞を答える。

「ちょっと心配なのは、赤壁の戦いの時の黄蓋こうがいみたいに、偽装投降してくる敵将がいるんじゃないかってトコなんだけど、温州が動けない状況で台州を揺さぶるのには、やってみるしかないという考え方だね。熟慮して機を失するより、次善の拙速策を選択するんだ。」


 「沿道に撒いても、拾っても読めない人が多いんじゃない?」

 岸峰さんの疑問ももっともなんだけど

「読めない人は、読める人の所に持って行くだろ? なにせ空から文字が書いてある紙が降ってくるんだ。幕末の『えらいこっちゃ』騒動みたいな騒ぎが起きるだろうね。台州一帯が動揺すれば、作戦は半ば成功なんじゃないかな。寧波からの逃亡兵も、騒ぎに紛れて動き易くなるだろうし。」


 「そう言われると……一見地味だけど、効果的なのかもね。」

 彼女は納得しておいてから「でもどうやって『扉』ごしに航空燃料を補給するの? あの幅じゃタンクローリーは通れないでしょう?」と首を捻った。「燃料缶をバケツリレーみたいに運ぶのかなぁ。」


 「そこまで非効率的ではないけど、割とそれに近い方法。ローリーを『扉』のこっち側に横付けしてホースを伸ばす。北門島側でジェリ缶に受けて、テケの被牽引車に積み込む。あっちに持って行くのは空のジェリ缶だけですむだろ。」

 「なぁる。……でも、それって引火したら恐いんじゃない?」


 その見解には僕も賛成で「だからクドイくらいに念を押したよ。絶対に火事は起こさないで欲しいって。」あの部屋が在るだけでも、まだ元の世界との繋がりが残っているような気がするんだ。「そしたら少佐殿は『室長。実は自分もガソリンは燃えやすい事くらいは知っておってだな。』って。」

 岸峰さんは「そりゃあ少佐殿も気を悪くするでしょ。」と吹き出すと「でも案外、少佐殿特有のジョークかもね。あそこが私たちにとって特別な場所だっていう事は、よく御存じだから。」と優しく続けた。


 「さあさあ、室長と主任は食堂が混む前に、昼食を摂ってきた方が良い時間なんじゃありませんか?」

 古賀さんが僕たちを急き立てる。「午後の教練の時間が迫ってますよ。小倉さんの監視は私がしますから。痴話喧嘩でイチャイチャしてないで、行った行った。」


 古賀さんが痴話喧嘩なんて形容したのが気に掛かるけど「それもそうだね。」と僕は立ち上がって、鞄に生田さんに渡す資料を詰める。

「昨日から石田さんを見てない気がするけど、彼女も北門島に出張?」


 すると古賀さんは

「石田さんは今ちょっと、醤油蔵の件で動いてますよ。新町地区の土蔵で造ろうって手配をしてましたけど、舟山島で大豆や麦が大量に手に入りましたから、あっちでも造るみたいです。昨日、連絡機で飛んでます。」

 岸峰さんが、ちょっとビックリした口調で「醤油造りで連絡機?」と質問する。


 「ついでに他の用件も済ませるみたいです。石田さん以外の人はフェリーで後追いですけどね。」

 座敷童が澄まして答える。「石田さん謹製の、美味しい醤油とお味噌が出来たら嬉しいと思いません?」


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