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寧波城砲撃6

 「方位良し。距離そのまま。効力射。」

 通信兵が司令部からの通話内容を伝達する。


 「城をとらえたぞ! 次は2門同時だ。」

 ジョーンズ少佐が大声で命令を下す。「カタパルトを粉々にしてやれ!」





 同時に発射された2発の巨弾は、一発目は的を外れて城外でパニック状態の増援部隊の一群を消し飛ばしたに過ぎなかったが、もう一発は城壁内に飛び込んだ。

 基準砲のデータ取得射撃時と同じく、今回も投石器そのものを捉える事は出来なかったが、城内を直撃した155㎜砲弾は寧波城中央の宮殿をクレーターと瓦礫がれきとに劇的に変化させた。


 結果を打鍵中の伍長が「投石器は外しましたが、今度の当たり所は悪くなかったですね。」と感想を述べる。

 「そのようだな。司令官が中に居たのかどうかは分からんが、政庁社殿の中に居た面々は、ちょっと厳しい状態だろう。」黒煙を上げる寧波城を眺めて、機長も同意する。「上を飛ぶから、写真を撮影してくれ。」






 「諸君、ご苦労! カタパルトは外したが、敵前進司令部を粉砕した。今日のパーティーはお開きだ。頑張ったロングトムをいたわってやってくれ!」

 ジョーンズ少佐が砲撃終了を告げる。

 操作兵たちは早速155㎜カノン砲の点検に取り掛かる。


 「私は空港横のテントに戻るが、博士はどうするかね?」

 少佐の質問にエリオット技師は

「点検に加わります。問題は出ないと思いますが、駐退機ちゅうたいき砲架ほうか、それに尾栓の状態を調べたいので。」と告げた。


 「なるほど。それならば私も点検に加わろう。偵察機が戻って来るまでには、もう少し時間が必要だろうからね。」

 少佐はニヤッと笑みを漏らすと「整備兵諸氏は、早く口喧くちやかましいオヤジが、どこか遠くに去ってくれることを、神に祈っているかも知れんがね。」と付け加えた。





 155㎜カノン砲の性能評価を終えて、ハミルトン少佐は御蔵島に結果を打電すると、併せて高坂中佐宛に金塘島占領の可否について打診した。

 前進司令部の一存で決定して良い事案だとは思えなかったからだ。


 中佐からの返信は程無く届いた。

 『貴殿の意見具申を了とす。

但し、金塘島占領の代案としては、杭州砲撃による清国軍の分散作戦も採用し得る計画として存在する。

比較して舟山島前進司令部が負担の少ない方法を採用されたし。』

 詳細は石田主計准尉に託してあるという。


 「石田准尉をここへ。」

 ハミルトン少佐は近くにいた司令部要員に、彼女を連れて来るよう命令を下した。

 「多分、補給所の日本式調味料生産現場にいるはずだ。」





 「麦と大豆は問題無しだね。問題は米だが……まあ、外米でも麹は何とかなるだろ。」

 新町地区で料理屋を営んでいた老人が、補給所の煉瓦造りの倉庫の中で、鹵獲した穀類を検分しながら感想を述べる。「味噌と醤油の実の種は、こっちにも分けて持って来たからね。」

 老人の料理屋は、速成モノでない自家製味噌が人気だったのだ。

 「しかし……壺やかめがねぇ……。景徳鎮けいとくちんだろ? これは。勿体無いというか、何と言うか。」


 「豪勢な味噌・醤油が出来ますか。」

 蔵人くらびと経験のある中年の上等兵が、老人に応じる。

 「清酒は難しいかも分かりません。焼酎か……支那式で黍や稗を使った白酒ぱいちゅうを考えた方が良いかも知れません。パイチュウなら自分より蓬莱兵の中に詳しい者がおるでしょう。味噌や醤油も和風のものだけじゃなく、彼らに教われば支那風の辛味噌なんかも作れるのではないですか。」


 「焼酎やパイチュウは、どのようにして作るのですか?」という石田准尉の質問に、元蔵人は「アルコール発酵をさせるという意味では同じですよ。」と答える。

 「で、出来たアルコール発酵原液をランビキっていう蒸留器に掛けるんです。阿蘭陀おらんだの蘭と、足す引くの引くという漢字で『蘭引』です。江戸時代には使われていた道具です。」


 味噌や醤油は食品として重要だが、アルコールには嗜好品としてだけではなく、消毒薬や燃料としての用途がある。

 殊に燃料としては、現在T型フォード式のアルコール燃料エンジンを製作中だから、エンジンが完成すれば必要量はより増えるだろう。

 アルコール燃料エンジンの製作が不発に終わっても、燃料用アルコールはガソリンエンジン車でもガソリンの嵩増かさましに利用できるらしい。

 油田開発の目途が立たない今、燃料用アルコールは代替燃料として生産の重要性は増しているのだ。


 「そのランビキという装置は、手に入るんでしょうか?」

 准尉は疑問を口に出してから

「いや、蒸留釜と凝集装置さえあれば良いのだから、古風なランビキを探す必要はありませんね。愚問でした。」と一人で納得する。

 御蔵島には蒸留器に類する機械装置は既に在るし、舟山島で燃料用アルコールを生産しようと思えば、現在御蔵島で試作中の蒸気エンジンを、一つ二つ改造してそれに充てれば良い。

 蒸気エンジンというモノは、言ってみれば蒸気を噴き出させるためのかまなのだ。


 石田准尉は、片山君は『清酒を造る時には、麹のオリーゼ株にフラバス株がコンタミするのが怖い。フラバス株はアフラトキシンを作るから。』と言っていたのを思い出した。

 けれど飲用でなく燃料用なら問題無いだろう。それに焼酎用の黒麹カビで麹を仕込むという手もある。


 「それじゃあ、さっき見てきた蔵を味噌蔵・醤油蔵・酒蔵に充てるとしようか。皆を呼んでこよう。」

 料理屋の主が准尉を促す。

「材料を仕込むための蒸し器や煮炊きの道具は、このお屋敷から借り受けるとして。味噌蔵や醤油蔵なんてものは、何回も繰り返し仕込む内に、蔵の内部に麹カビや酵母が住み着いて、良い品物が出来るようになるものなんだ。手間暇を惜しんじゃ上手くいかないのさ。」


 醤油の街で育った石田准尉には、老人の言う意味がよく分かった。

 「ご尽力、感謝いたします。」


 「なぁに、後は新町から遊山に来た爺婆じじばばどもが気長にやるから、アンタは軍務に戻りなさい。豪勢な御屋敷に宿を取ってもらって、贅沢な気分だよ。尤も、ガス・水道のある新町の方が快適は快適なんだがね。……そっちの蔵人の兄さんは、どうするんだい?」


 老人から声を掛けられた上等兵は

「自分は歩兵部隊勤務の任を解かれて、主計部付き舟山島酒造班勤務を命じられましたから、これからも宜しくお願いします。班には酒造経験者だけでなく、濁酒どぶろく造りの名人も居りますから、この材料でも飲める酒はともかく、アルコール製造は何とかなると思っております。濁酒は酒精濃度が低いのが難点ではあるのですが。」


 「濁酒かい? 密造酒をこさえてたんなら、いろいろ応用は効きそうな人材だな。」

 「アメリカ人にもバーボンを造った経験のある船乗りが居ましたし、蓬莱兵にも支那の酒をかもした事のある者が居りまして。」

 「そりゃあインターナショナルな面子めんつが集まったね。どんな酒が出来るか楽しみだ。」

 老人はそう感想を言うと、飲んじまっちゃエンジンが動かせないか、と笑った。


 ――アメリカの禁酒法は1920年に始まり1933年まで続いていたから、バーボンを造った事のある人物の経験というのは密造ウィスキー製造の経験なのかも知れない。

 口には出さなかったが、石田准尉はそんな事を考えた。

 アメリカでは禁酒法を施行する事によって、アルコール燃料エンジン製造が壊滅し、オイル・メジャーが国家のエネルギー戦略を掌握する事になったのだ。


 「石田准尉殿は、おられますか!」倉庫の外から大声で准尉を探す声が響いてくる。

 「准尉さん、呼んでるよ。」

 再び老人に促されて、石田准尉は「それでは宜しくお願いします。」と二人に頭を下げて外に出た。






 「ご苦労、准尉。ルテナン高坂から命令書を預かっていると思うのだが。」

 ハミルトン少佐の要請に、石田准尉は胸ポケットから封書を取り出した。「こちらです少佐殿。二枚あります。」


 「ふむ。二枚か。」

 「はい。『舟山島正面の情勢は流動的だから、急変に際して前線指揮官の裁量を制限しない形を採りたい。ハミルトン少佐かジョーンズ少佐からの要求が有った場合のみ、この命令書を渡すように。』と託されました。『これを渡す時には、責任は私が取るから、思うようにやってくれて構わないと伝えて欲しい。』とのことです。」


 ――ルテナン・カーネル(中佐殿)は、昨日の昼前に清国軍寧波守備隊が潰走した時には、既に今日の事態を想定していたという事か!

 ハミルトン少佐は、高坂中佐の自分やジョーンズに対する信頼の厚さを感じるとともに、中佐の先を読む能力の高さに舌を巻いた。


 命令書の一通目は

『舟山島派遣部隊の一部をもって金塘島を占領し、155㎜重砲陣地を構築した後、寧波城及び寧波市街を砲撃をもって制圧すべし。』

という内容で、ハミルトンの思惑と合致する。


 この金塘島占領作戦は一見手堅く見えるが、問題点が無いわけではない。

 ハミルトンもそれを理解している。だから、直ぐにそれを採用するのを躊躇ためらったわけだが。


 金塘島占領には、まず舟山島守備隊の一部を割いて、特大発と大発で兵や野砲・山砲を金塘島に上陸させなければならない。

 上陸が叶えば、野砲・山砲陣地を構築し、機関銃座を配置して防御態勢をつくる。

 同時に発電機や通信機を揚陸し、前進基地機能を持たせる。

 次いで建設機械を揚陸し、偵察機用の滑走路や155㎜カノン砲陣地を構築。

 その後に、ロングトムを現在の陣地から海を渡って移動させ、重砲陣地に配備する。


 たいそう時間と資材、それにマンパワーを費やすわけだ。

 金塘島に重砲を配備し終えるまでは、舟山島のダム建設や港湾整備、空港拡張や基地機能の充実など、舟山島経営に必要な工事・作業は事実上ストップするだろう。


 その上ロングトムが今の陣地で睨みを効かせている間は、装甲艇や高速艇は寧波港まで出張ってプレッシャーを掛ける必要が減り休養や整備に充てられるが、ロングトムを移送するならば、撤収して再配備を終えるまでは小型艇の乗組員には負担を掛け続ける必要が出て来る。


 迷った末にハミルトン少佐は、もう一通の命令書を開いた。

 『北門島から廻航せる海津丸と、御蔵港から派遣せし特設砲艇 しおおよびうしおをもって一個戦隊と成し、杭州湾奥へ進出し、杭州港を砲撃すべし。』


 「75㎜を積んでいる舟艇母船なら杭州港湾部砲撃には役に立つだろうが、特設砲艇は内航用フェリーの改造だろう? 主武装は37㎜速射砲と20㎜機関砲、それに12.7㎜の重機関銃だ。携帯火器として擲弾筒や迫撃砲は持ち込めるとしても、迫力不足は否めまい。その三艘で、清国軍に寧波の増援を諦めさせるほどのプレッシャーを掛ける事が出来るだろうか?」

 潮と汐は海津丸の護衛かエスコート役しか果たせないだろう、とハミルトン少佐は考えた。


 ――砲撃を行うのは舟艇母船が一手に引き受けるか? 確かに寧波港攻撃では、舟艇母船一隻と武装大発の15榴で最初に『壁』を叩いたわけだが。

 ――それとも海津丸に武装大発を搭載させるか?

 ――しかし寧波を巡る戦いで、我々が常に先手を得る事が出来たのは、目となる舟山空港の偵察機が有ってのことだ。

 ――海津丸から偵察機を飛ばして、任務終了後は舟山飛行場に帰投させるという手も考えられるが……。


 頭をフル回転させている少佐に、石田准尉が中佐の案を告げる。

 「潮と汐はフェリー改装ですから、船体中央に5台ほどの自動車を積むスペースが有ります。その駐車スペースに、舟山島で配置に就いている砲を、どれでも好きな物を選んで積み込めば良いのです。射撃時には前部もしくは後部の扉を、必要に応じて下げれば射撃可能です。外洋の波の高い海域では運用が難しいですが、杭州湾奥ならば扉を下げる際に一時停止すれば砲が波を被る事も無いでしょう。『殴り込んで、辻斬り的に砲撃を行ったら、サッと引き上げる。先の大戦でドイツのエムデンが行ったように。』中佐殿は、そう言っておられました。」


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