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寧波城砲撃5

 「カタパルトが、だいぶ組み上がっていますね。」偵察席の伍長が電信機のキーを叩きながら声を上げる。「朝一組の偵察では、櫓の様なモノとしか分からなかったわけですから、結構組み立て作業が進みましたね。」


 「ああ。ここまで出来上がれば投石器だと分かるな。積み上げていた石は、飛ばすための石弾じゃなくで釣り合い錘用だったってこった。」

 機長は寧波城を大きく東側から回り込むように偵察機を操って、上空に達する。


 城には今現在も、甬江ようこうや陸路を通じて、物資や兵が続々と搬入・配備されているのが見て取れる。

 補充の兵や物資は、城を経由して港の『壁』に配備されるのだ。

 この分だと、清国軍は昨日消耗した数万の守備兵を、遠からず回復するのは間違い無い。

 寧波港防衛の意思は固いと見て良いだろう。

 金属製の重い大型砲を移動させている様子はうかがえないので、とりあえずは員数を掻き集めて防衛部隊の士気を高め、浙江省一帯の治安の回復を優先するという考えなのが推察される。


 甬江を河口から20㎞ほど遡った先が、川と運河に囲われた『寧波の街』なのである。

 寧波市街からは、更にいくつかの河や運河を通じて越の時代の首都である紹興しょうこう(旧称 会稽)や江南の経済中心地の一つである杭州といった大都市に連絡している。


 いわゆる寧波市街とは違って、海に近いこの寧波城は貿易港である寧波港の防衛用・貿易行政の拠点だから、支那本来の都市全体を城壁で囲った巨大な『城市』とは違い、規模では日本の城に匹敵する規模を持っていても、この国では砦や貿易行政庁舎の様な扱いなのだろう。


 また江南の地は、古代からの大陸における稲作の中心地帯だから、食糧生産力は高い。

 それだけに大兵力での完全攻囲戦でもしない限り、近隣地域からの物資供給は行われ、食糧補給路を断つ「兵糧攻め」戦法での寧波城攻略は困難だ。

 その上、物資や糧秣を輸送する輜重部隊が攻撃を受ける事を見越して、過大なくらいに集積も進められつつある。

 偵察機を飛ばして輸送を妨害するにしても、夜間や悪天候時には偵察機を貼り付けておくことも出来ないから、兵力の増強や物資集積を止めることは出来ないだろう。


 「投下筒を積んでたら、川舟に満載の敵に一泡吹かせてやれるとこだったのに。」

 前進司令部に打電を終えた伍長が忌々し気に不満を口にする。

 機長は「そうボヤくな。今回の出撃は弾着観測が目的だ。」と後席に告げる。

 長時間に渡る飛行になるかもしれないから、今回のフライトには空気抵抗が増す投下筒は機体に固縛していない。

 「俺たちが石ころなんて落とさんでも、155㎜がヤツらの度肝を抜くさ。」






 「装薬量5割り増しの強装薬状態で撃てば、飛距離はもっと伸びますが。」

 発射準備を完了した155㎜カノン砲の脇から退避しながらエリオット技師が提案する。「最長不倒を目指すなら、試してみませんか?」


 ジョーンズ少佐は掩体壕に技師を迎え入れ「確かに魅力的な提案だね、博士。」と応じたが「ただ、試射の段階で砲兵陣地ごと吹っ飛んでしまうのは、如何にも勿体無いと思うのだよ。痛い目には遭いたくないからね。ここは正規の装薬量で行こうじゃないか。」と提案を却下した。


 「観測機、位置に着きました。」

 塹壕の中で野戦電話の送受話器を握っている通信兵が知らせて寄こす。「何時でもOKです。」


 「それでは紳士諸君! 記念すべき第一発だ。」ジョーンズ少佐が砲兵陣地全体に響く大声で通知する。「鼓膜を傷めないように気を付け給え。10秒前!」






 遠弾だった。

 巨大な土煙と火柱が噴き上がったのは、畑か田圃。多分、田圃だろう。


 偵察機は着弾点まで急いで飛行する。城からは4㎞のえん

 『方位そのまま。引け、5,000。』後席の伍長が打鍵する。

 「思ったより伸びませんね。カタログスペックに、チョイ増し程度ですか。」


 「強装薬射撃は、しなかったんだろう。」と機長は答える。

 無駄に砲身を傷めるような真似をするのは、避けるのが賢明だ。






 通信を受信した前進司令部では、電話で砲兵陣地に結果を連絡する。

 ハミルトン少佐は通信兵の後ろに腕組みして立ち、口は出さずに成り行きを注視している。

 ――マイナス5,000mの指示が来たという事は、着弾点は24㎞程度の距離というわけだ。若干スペックより長めだが、ほぼ想定通りだから、今の陣地から攻撃できるのは『城』までが限度で、強装薬射撃で射程を伸ばしても寧波中心市街の攻撃までは無理という事か。


 ハミルトン少佐が考えていたのは、寧波城を制圧した後の事で、金塘島きんとうとうまで砲兵陣地を進めるのが有利かどうかという問題だった。

 金塘島というのは舟山島と寧波の間の海峡に浮かぶ島の一つで、それなりの面積を持つ島としては寧波に最も近い距離にある。

 面積は76平方㎞で、司令部の在る御蔵島や日本の小豆島の半分弱の大きさだ。

 この島まで155㎜カノン砲を前進させれば、強装薬射撃で寧波市街に砲弾が届く。


 (ちなみに小豆島の面積は153平方㎞。舟山島は476平方㎞。比較のために幾つかの島の面積を例示すると種子島が446平方㎞、淡路島が593平方㎞、壱岐島が133平方㎞。)


 小さいとは言えない面積のこの島が、現時点で清国軍と御蔵軍との間での戦力の空白地帯となっているのには、それなりの理由がある。


 御蔵軍は『水上交通撃滅戦』と『舟山群島制圧作戦』を通じて舟山群島全域を支配下に組み込んだのだが、両作戦の目的はあくまでも御蔵島の安全の確保であって、大陸に領土的野心を持っているわけではなかった。

 むしろ自主独立と交易の自由が保証されるのであれば、戦争などにかまけている余裕など無いのだ。攻め寄せて来る清国水軍(舟山賊)を駆逐できれば目的は達成である。


 そのために戦域の拡大は、御蔵島から同心円を広げる様に拡大して行った。

 結果的には、舟山賊を駆逐し終えた時には、杭州湾の清国艦隊を殲滅し、最大の根拠地である舟山本島を占領する事となってしまっている。

 エネルギーやマンパワーの収支を考えれば、不要なとは言えないまでも痛い『持ち出し』なのだ。


 従って、舟山島占領が成り島嶼部から清国勢力を駆逐した現時点では、これ以上の戦域の拡大を望んでいないというのが本音である。

 現時点ですら兵や技術者、労働者を御蔵島から引き抜く事で、御蔵島での生産力には負荷が掛かっている。御蔵島『国家』のマンパワーを考えれば、これ以上御蔵島『本土』から兵を抽出するのは避けるべきなのである。

 そのため金塘島を占領しロングトムを配備するとすれば、舟山島の駐屯部隊から占領部隊を抽出せざるを得ず、今度は舟山島の防衛と経営を圧迫する事になる。

 これが今まで金塘島に御蔵軍が駐屯しなかった理由だ。


 一方で清国軍側が金塘島に兵を揚げない理由は簡単で、輸送中に船ごと沈められてしまうからというのが主な要因だと言える。

 それに加えて、仮に隙を見て金塘島逆上陸を敢行し、数千の陸兵を送り込む事が出来たとしても、金塘島から舟山島に移動する方法が無なければ、上陸部隊は遊兵ゆうへいと化してしまい戦局に何の貢献も出来ない。

 むしろ、寧波から連日補給を送らなければ上陸部隊は立ち枯れてしまうから、足手まといになる可能性の方が高い。

 御蔵側と清国側の水上戦力の強弱を比較すれば、清国側は話にならないほど弱体なので、輸送船は次々に沈められ、上陸部隊は早晩飢餓状態に陥るだろう。

 清国側にとって、金塘島占領はハナから捨てるべき手なのである。


 このように、御蔵側・清国側のそれぞれの理由から、金塘島は力の空白地になっていたのだ。


 ――ジョーンズには言わなかったのだが、普陀山のブッデイスト達が無事に寧波に上陸していれば、講和とまでは行かないにしても、停戦協議の糸口は掴めていたかも知れん。


 しかし、その可能性が無くなってしまった今、ロングトムを金塘島に配置し、直接寧波市街に重砲弾を撃ち込む事によって、寧波城への増援を諦めさせる方法を採るかどうか――ハミルトン少佐は結論を出せないでいた。


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