寧波城砲撃4
舟山港に帰還したシモ1の艇長は、サポートに当たった高速艇甲型の艇長と共に前進司令部に出頭した。
これから命令違反の処罰が言い渡される。
シモ1の艇長が驚いたのは、甲型の艇長を務めていたのが大柄なアメリカ人だった事だ。
貨物船の航海士が本職で、志願して船舶兵勤務に就いているという事だ。甲型の狭い船橋は、大柄な彼には辛いだろうに。
シモ1の艇長は、英語が使える通信士を介して
「巻き込んでしまって申し訳ない。非武装の坊さんが、ただ殺されてしまうのを見ていられなくて、突っ込んでしまったのだ。」
と謝罪した。
アメリカ人航海士は「ノー・プロブレム。」と笑うと「ミー・トゥ。」と握手を求めてきた。
艇長の「君の処の機銃手は、すごい腕を持っているな!」という賛辞に対しては
「軽機関銃の弾が当たったのは、せいぜい一人。多くても二人というところかな? 何しろボートは酷く揺れていたから。あとの弓兵は驚いて落ちたか、危険を感じて自分から飛び降りたのだろうね。」
と論評した。
司令部の天幕ではハミルトン少佐が待っていて
「ご苦労……と言いたい処だが、命令違反には厳罰だ。そうしないと統制が取れなくなってしまうから。」
と、特に厳しさを感じない口調で語り掛けてきた。「君たち二人には、今日の夕食抜きを命じる。」
「それだけで良いのですか?」
降格や営倉入りも覚悟していた艇長は、思わず訊き返した。
艇長の発言を通訳から聞いた少佐は「それだけでは不満か?」と訊き返してきた。「君たちみたいに優秀な人材を、営倉で休息させておく余裕は無いんだ。こき使ってやる。」
少佐はニヤッと笑うと、続けて「戻って来た僧侶たちの気分が落ち着いたら、寺まで送って欲しい。……もう一度、寧波に渡りたいとは言い出さんだろうから。仮にそんなジョークを言い出したら、責任を持って無理矢理でも普陀山へ連れて行ってくれ。以上だ。」と命令を下した。
敬礼して退出しようとした艇長を「そうそう。一つ確認しておきたい事が有る。」とハミルトン少佐が呼び止めた。
「僧侶を切った清国兵は、『壁』の守備兵と同じ兵種だったのだろうか? 騎兵という事はなかったかね?」
艇長は無抵抗の坊さんが刺される光景を思い出しながら
「『壁』の向こうは見えませんでしたから、騎兵であるかどうかは判断出来ません。ただ、海辺まで降りてきた兵は、将校格なのか高そうな鎧を着ている様には見えました。弓兵の装備は、槍を持った守備兵と大差無い様に思われます。」
と返答する。
「そうか。有難う。」ハミルトン少佐は何かを考えているようだったが「引き留めて悪かったね。」と答礼を寄こした。
天幕を出たシモ1と甲型の艇長を待っていたのは前進司令部付き主計准尉だった。まだ若い聡明そうな女性だ。
無粋なカーキの軍服を身に付けているが、婦人部隊のスーツを小粋に着こなせば、彼女の美貌と相俟って映えること間違い無しだ。
主計課の石田です、と名乗った准尉は「ご苦労様です。」と敬礼を寄こすと
「補給所で、これらを受領して下さい。」
と命令書を手渡してくる。補給所は旧清国官僚の邸宅を接収して開設してあり、敷地には豪邸の他に、倉庫や蔵も並んでいた。
リストには『稗:20㎏ 漢方薬原料低評価分:適当量 Cレーション:各自1食分』とあった。
「僧侶を普陀山に護送する時に、先方にお渡しするお土産です。」
「穀物と漢方薬原料は分かりますが、Cレーションはどうなのだろう? 彼らは精進料理しか食べないと思いますが?」
艇長の疑問に主計准尉は「レーションは、あなた方の分ですよ。」と澄まして答える。
「表向きは飯抜きですからね。ハミルトン少佐殿の御指示です。けれどジョーンズ少佐殿が『あの一番不味いヤツを出してやれ。』って電話していましたから、待っているのは『ひき肉と野菜缶詰』でしょう。遠慮せずに召し上がって下さい。……皆が助かります。」
アメリカ人航海士が「シット!」と吹き出し、シモ1の艇長も声を上げて笑った。
「前進司令部のハミルトンだ。ジョーンズ少佐を頼む。」
ハミルトン少佐は155㎜砲陣地に野戦電話を掛けて、ジョーンズ少佐の呼び出しを依頼した。
ほどなく『ジョーンズだ。ブッデイスト達が戻って来たか。』と先方が電話に出た。
「僧侶7人と漕ぎ手2人は無事戻って来たよ。シモ1の艇長に確認したのだが、僧侶を殺したのは将校なのは間違い無さそうだが、騎兵――督戦隊か監察隊――なのかどうかは、分からんな。」
『ふむ。……で、相手守備隊は、下っ端と上との間で乖離は起きそうか?』
「何とも言えない。一般兵は僧侶に手を振って迎えたそうだが、僧侶を殺害した将校連中には既に甲型が報復をしてしまったから。……将校が生きていれば、一般兵との間に反目が生まれたかも知れないがね。」
『まあ、良しとしよう。こちらは普陀山の宗教者を保護した訳だし、普陀山の宗教施設がが中立を保つとしても、心理的には坊さん達は我々の方にシンパシーを持っただろうから。今後もあの島からのスパイ活動や破壊工作を警戒せずに済むのは大きいさ。結果的に君の計略を台無しにしてしまった高速艇の艇長も、悪気が有ってやった訳じゃない。見ていられなくて撃ったんだろう。許してやるさ。』
「そうだな。彼らの気持ちも分からなくもない。君の考え通りに無罪放免にしたよ。……それとチャイナ式カタパルトなんだが、有効射程は70m程度、最大でも100m行くか行かないかだそうだ。飛ばすだけなら300m飛ばせるシロモノも存在するらしいんだが、どこに着弾するかは『神のみぞ知る』だとさ。」
『100m以下か。火縄銃と変わらんじゃないか。方向転換も困難なのに、そんな物を配置して意味が有るのか?』
「雨天でも打てるというのが、利点らしいな。着火方式の火砲は、天気が悪ければ使えないから。ただ奥村少佐は何か隠された意図があるのではないかと疑っている。」
『ふむ。彼は慎重だからな。』
「それで未来人とのディスカッションの末に、ある仮定に至ったんだ。」
『勿体ぶらずに早く話せ。』
「カタパルトの狙いは、偵察機だ。」
『偵察機だと? チンクの奴ら飛行機を、狙いも不確かな石玉で落とそうとしてるってのか?』
「推測だよ。カタパルトが撃ち出すのは主に石の丸玉なんだが、震天雷って手榴弾や、石灰やヒ素を混合した毒ガス弾を飛ばす事もあったらしい。未来人が注目したのは撒星石と称して、小石をまとめて飛ばすやり方だ。」
『……なるほど。カタパルトの受け皿に、小石を沢山載せて発射するんだな。偵察機が低空で侵入してきたら、弾幕を張るのか。』
「昨日、督戦隊の騎兵を機銃掃射で叩いた事があっただろう?」
『ああ。守備隊大暴動の引き金になった件だな。港から城へ向かう道路上で叩いたんだった。』
「だから城の指揮官は、カタパルトが完成したら兵をあの路上に並べる心算じゃないかって、彼は想像している。」
『偵察機が低空で機銃掃射に向かったら、その撒星石とやらを発射するわけか。しかしそれだと、路上の味方の兵にも被害が出てしまうだろうに。』
「降伏して自軍に編入した元敵兵は、積極的に磨り潰すのがチャイナの伝統的な手法らしいな。分け与える補給品が少なくて済むし、なにより死んだ降伏兵は二度と反乱を起こさないから。」
『寝返った兵に厳しいのは、何もチャイナに限った話ではないけどな。しかし……ふむ……寝返り兵数十人と引き換えに偵察機を潰せれば、コストパフォーマンス的には充分ペイすると計算したわけだな。あちらのコマンダーは。』
「未来から来た少年の空想だよ。……けれど私は有り得る話だ、と思ったね。」
『同感だな。手は打ったんだろう?』
「ああ。搭乗員には事情を話して、カタパルトが完成したら、その近くを飛ぶ時には高度を300以上に保つように指示した。特に港から城に向かって飛ぶ時にはね。」
『空からも石、地上からも石か。まるで火薬が使われ始める前の戦争だな。』
電話の先でジョーンズ少佐はタメ息を吐くと
『OK OK。こちらは準備万端だ。何時でも行ける。一発目は最長不倒距離を目指すが、二発目からは観測機の指示通りに撃つ。座標が決まれば二門同時に斉射だ。カタパルトが完成する前に、資材置き場を消し飛ばすさ。』




