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寧波城砲撃3

 ハミルトン少佐が陳情者の一群をジープまでエスコートするために天幕を出ると、ジョーンズ少佐が両手を合わせてうやうやしくこうべを垂れていた。


 僧侶はちょっと面喰めんくらった様子だったが、合掌がっしょうしてジョーンズ少佐にお辞儀を返す。

 僧侶たちはジョーンズ少佐が手配した2両のジープに分乗して、港に去った。


 「何時からここへ?」

 ハミルトン少佐の質問に、「君が陳情を受ける、ほぼ初めの頃からだな。」とジョーンズ少佐が答える。「ブッディストの司祭に対しては、手を合わせて頭を下げるのが礼儀なのだそうだぞ。」


 「彼らは本物の仏教僧ばかりだと、思っているのかね?」というハミルトン少佐の問い掛けに

「そりゃ分からんさ。彼らの教義は知らないから、的を射る質問は出来ないし、頭を剃ってしまっているから弁髪だったかどうかを確かめる方法も無いからな。」

とジョーンズ少佐は、さも当然だろうという調子で答える。「君は彼らを、もっと強く足止めするんじゃないかと思いながら聞いていたんだが。」


 ハミルトン少佐は、ジョーンズ少佐も自分と同じように彼らの素性を疑っているのを確信したが

「仮にブッディストの島に、逃げ遅れた清国役人の残党数人が身を隠していたとしても、事を大げさにしたくはないから捜索はしないし、危険を冒してまで彼らが自分から寧波へ帰ろうとするなら、留め立てする義理も無い。君だって、昨日は捕虜を逃がしてやったじゃないか。……まあ今回舟に乗るのが全員が全員、清国側の人間ではないのだろうけどね。本物の僧侶が含まれているのは間違いないところだ。」


 「それでもロング・トムの砲撃開始を、少し遅らせなきゃならんのは腹が立つところだな。」とジョーンズ少佐が鼻を鳴らす。「本物が混じっている可能性がある以上、彼らのボートを155㎜で吹き飛ばす訳にはいかんから。」

 「砲兵陣地に待機命令を出してくれるか? その間、私は御蔵島にチャイナ製カタパルトの射程を問い合わせてみる。」


 ハミルトン少佐の提案にジョーンズ少佐は同意を示すと「電算室の未来人に、だな?」と確認した。

 ハミルトン少佐は首肯しゅこうして

「10㎞以上の射程を持つカタパルトなど存在し得ないのは確実だと思うが、寧波城の人間が何を考えてカタパルトを用意しているのかが知りたい。」


 「分からんぞ、チャイナ・マジックの国だからな。」ジョーンズ少佐がニヤリと笑みを漏らす。「案外、梃子てこの原理に魔法の力をプラスして、ここまで石弾を飛ばしてくるかも知れん。」

 「そんなファンタジー兵器が有ったら、彼らは紅夷砲なんか使わずに戦争をしていただろうさ。」





 寧波へ向かう2隻のはしけには、7人ずつ計14名の僧侶が乗り込んだ。

 艀を操るのは各舟1名ずつの船頭で、交代の漕ぎ手も水夫が1名ずつだ。

 帆は無くを漕いで航行する小舟だが、寧波側の清国兵にアピールするために『観世音菩薩』の旗を立てている。


 2隻の艀を離れた位置から追走するのは、これもまた帆を立てていない1隻の小型木造船だ。

 その舟には3名の船舶工兵が乗り組んでいる。

 操舵士1名と小型無線機を背負った通信兵、双眼鏡を手にした艇長格の伍長の3名というシンプルな編成だ。念のために志願者の中でも、特に遠泳が達者な者が選抜されている。

 小型木造船の推進力は船外機である。門橋もんきょう用に開発されたものだ。


 門橋というのは渡河に使用される機材で、簡単に説明すると舟を繋いで木製や金属製の板を渡し船外機を取り付けた動力付きいかだといった代物だ。

 橋の無い河川でトラックや砲を対岸に移動させる時に使用する。

 99式重門橋ならチハ(97式中戦車)を積載することも可能だ。


 船舶工兵隊側は僧侶の一団が一本櫓の小舟で対岸まで渡るというので、潮流に小舟が流されないよう海峡の半ばまで小舟を曳航するために、小発か高速艇乙型でエスコートする事を申し入れたのだが、僧侶たちは特徴的な外見の御蔵島の船が一行に関わる事を拒否した。

 それならばと、この時代の木造船に船外機を取り付ける事で簡易的に動力船化したのが本艇で、「試作動力付き木造船1号(シモ1)」と仮称された。


 僧侶たちは彼らの艀をシモ1に曳航させる事は、小発や高速艇の時と同じように拒んだのだが、流石に離れて追従する事までは拒否出来なかった。

 かたくなに追走を拒めば、相手の疑惑が増すばかりで出港を取り消されるかも知れない、と判断したのだろう。

 シモ1の更に後方では、緊急事態に備えて高速艇甲型がサポートに付いているが、シモ1の兵と高速艇の兵とには、僧侶の一行が寧波の守備隊と戦闘に陥った時にでも救出のために無理はしない事が厳命されている。


 ちなみに、現在は偵察機は滑走路上に待機中だ。

 投下筒による『空襲』が、港付近で作業中だった清国兵にも有効だったため、僧侶たちの乗る舟が偵察機の存在によって警戒されるのを恐れたためである。

 不意に空から降り注ぐ小石の雨は、『壁』の新顔連中にパニックを引き起こす事に成功していた。


 「清国の満州族が信奉しているのは、文殊菩薩もんじゅぼさつじゃなかったんですかね?」

 僧侶の一行が掲げた観世音菩薩の旗を見ながら操舵士が疑問の声を上げる。「どちらも仏さんには違いがないんでしょうけど。」


 「普陀山の寺が焼き討ちに遭っていない処を見ると、その辺は大丈夫なんだろうな。」

 250mほど先を行く艀を見ながら艇長が答える。「艀に乗っている坊さんも、緊張しているようには見えんから。もっとも坊さんっていうのは、いつも落ち着き払っていなきゃあならない職業だから、不安は表に出していないだけかも分からんが。」


 「『心頭滅却すれば火もまた涼し』という訳ですか。」通信士も会話に参加する。

 「心頭滅却すれば、は信長が焼き討ちした禅寺での話だろう? 普陀山ってのは禅寺なのかい?」

 操舵士の問い掛けに、通信士は「さあ? よく知らんのです。」と応じる。


 ノンビリした会話の様に思えるかも知れないが、シモ1の船上はヒリヒリとした緊張感に包まれている。

 不意に寧波側が砲撃を仕掛けて来るかも知れないからだ。

 寧波城に建設中の投石器の射程に入る事は無いだろうが、敵が『壁』に小口径砲やロケット矢を持ち込んでいないとは限らない。

 照準のあやふやな二、三門の小口径砲なら恐れるに足りないが、長射程大型火縄銃や多連装ロケット矢は木造でオープントップのシモ1には脅威である。

 一応の防衛策として、鉄の薄板製の楯とオイルスキンのシートは積み込んであるが、有効かどうかはいまだ知見が無いのが実情だ。


 今の処、寧波側から攻撃はない。

 櫓を漕ぐ力というより潮流の読みに船頭の技量の差が出ているのか、2隻の艀の進み具合には違いが出ている。1隻目は渚近くにまで達しているが、もう1隻は80mほど離れた位置でぐずぐずしている。

 離岸流に嵌ってしまったのかも知れない。一旦、右側方に移動して、渚側からの沖へ押し戻す流れを避けるつもりのようだ。


 先行した艀は『壁』に向かって旗を打ち振ってアピールしている。

 『壁』から弓や鉄砲で攻撃されたら避けようの無い距離だから、敵意の無い事を示しているのだ。

 舳先へさきの底板が海底を捉えたのか、二人が舷側から渚に飛び降りた。

 船頭と水夫だろう。船縁ふなべりを押して舟を浜に乗り上げさせ、僧侶が降船しやすいように固定しようとしている。


 『壁』から5人の清国兵が顔を出し、艀を降りようとする僧侶たちを見守っている。

 装備は槍だが攻撃するつもりは無いらしく、武器を手にしていない方の手を僧侶に向けて振っている。

 この分だと、上陸時の流血沙汰は避けられそうだ。


 しかし『壁』では、手を振っていた槍兵が押しやられると、剣を手にした兵が3名、『壁』を越えて渚に滑り降りてきた。剣兵の鎧は槍兵のそれよりも高価そうで、将校格の人物なのかもしれない。

 下船し終えた5人の僧侶が合掌して何か言おうとしているようだが、将校は剣を抜いた。


 「いかん! あいつら、坊さんを切るつもりだぞ!」

 艇長は操舵士に、全速でもう一隻の艀に向かうように指示した。

 シモ1にはM1カービンが各1丁積んであるだけだし、今から距離を詰めても殺害を止めるのには間に合わない。

 沖で離岸流脱出に手間取っている方の艀なら、『壁』の清国兵が弓や鉄砲を持ち出してくる前に、舟山島まで曳航する事が出来るかも知れないからだ。


 清軍将校は合掌していた僧を剣で突くと、逃げ出そうとした他の僧にも切りかかった。

 剣を手にした後の2人も襲撃に参加している。

 旗を手にしていた僧が、旗竿の長さを利して何とか剣の攻撃を防ごうとし、船頭が操船用の竿を手にして加勢する。

 水夫は艀を浜から押し出して、まだ降りていなかった僧2人を沖へ逃がそうとしている。


 もう一隻の艀も浜辺の惨事に気付き、舟山へ逃げ戻ろうとし始めた。

 シモ1のエンジンは、トルクは有っても速度は遅い。艀との距離は200m程度なのだが、遅々として狭まっていない様に思える。

 通信士が声を荒げて、舟山島へ事態を報告している。


 接岸した方の艀は、水夫の働きによってどうやら離岸は叶ったが、当の水夫は背中から刺されて波打ち際を赤く染めている。

 旗竿で応戦していた僧や竿を振るっていた船頭も含めて、上陸した者は全て倒れていた。

 艀に残された2人の僧は、沖に漕ぎ出そうと必死に櫓を操っているが、船足は遅い。

 僧侶と言っても島住まいの生活なので櫓や櫂の扱いに慣れていないはずは無いのだが、焦る気持ちが無駄な動きとなって、櫓が水を押せていないのだ。

 剣を鞘に収めた将校が、『壁』から渚を見て固まったままの兵に何かを叫んでいる。


 シモ1が被害に遭っていない方の艀に接近して、投げたロープを舳先に縛らせた時、『壁』には7名の弓兵が姿を見せた。

 波打ち際に仁王立ちになった清国軍将校は、逃げようとしている2人の僧を弓で射るように命じたらしい。

 岸からそれほど離れていない場所に浮いている艀に向かって、矢が放たれた。

 矢は艀には命中したが、僧には当たらなかった。櫓を漕ぐ僧の動きが、前にも増して激しくなる。


 けれども弓兵の3射目で、櫓を漕いでいた僧は背中に矢を受けて落水し、4斉射目には代わって櫓を握った僧も倒れた。


 「くそっ! 次はこっちに撃って来るぞ。」

 清国将校は、剣先をシモ1に向けて指示を出しているようだ。

 岸からは既に150mほど離れて、有効射程からは離脱しているが、遠矢なら届くことは届く。威力は無くなってしまうが強弓の最大射程は300mもあるのだ。

 遠距離を飛んだ矢には本来ならば殺傷力は無いのだが、やじりに毒を塗ってあればカスリ傷でも命取りになる。


 艀の乗員にはオイルスキンの防水シートを渡して、広げて下に潜り込むよう身振りで指示しているし、シモ1の乗員は鉄板の楯を寧波側に立てて防御姿勢を採っているが、しばらくの間は敵弓兵から一方的に撃たれ放題になるだろう。

 ノロノロと進むシモ1から出来るのは、せいぜいM1カービンで応射する程度だ。


 と、沖からエンジン音を轟かせて高速艇甲型が突進して来た。

 サポートに付いていた艇が、舟山島への報告を傍受して応援に駆け付けて来てくれたのだ。

 艀の救助を敢行し始めてから、随分と時間が経過した様に感じていたが、ほんの15分間ほどの出来事だった。


 高速艇甲型は固有武装が無い艇である。

 しかし任務によっては軽機関銃を積み込む。

 援護に駆け付けた艇は、96式軽機関銃を載せていた。

 軽機は距離300から射撃を開始し、最初の1弾倉分30発を『壁』の上に立って弓を引き絞りつつある清国兵に連射した。

 着弾の土煙と共に弓兵が転がり落ちて、『壁』から海を眺めていた敵兵は騒然となった。


 波打ち際で弓兵を指揮していた将校は、慌てて『壁』を登ろうとしたが、甲型の艇長が持ち込んだBARに喰われた。BARはト式機関短銃よりも射程が長いから、この艇長は水上交通遮断作戦時の途中から、サブマシンガンに替えて自艇の装備として研究していたのだ。


 機関銃手が素早く弾倉を交換して、もう一連射を『壁』から顔を出している清国兵に加えると、ほうきで掃いたように全ての顔が消え失せた。


 「よし。もう大丈夫だ。――無問題!」

 シモ1の艇長が艀の僧侶に声をかける。

 「やれやれです。後は艀を舟山島まで曳いていくだけですね。」

 操舵士がホッとした声で言う。「一時は、弓矢で打たれるのを覚悟しましたが。」


 「本当に。……ただ、ちょっとした問題が一つだけ。」

 通信士がタメ息を吐く。

 「何だ? 言ってみろ。」

 艇長の問い掛けに通信士は

 「司令部はカンカンみたいですよ。無茶はするなと厳命したはずだ、って。」


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