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寧波城砲撃2

 偵察機が寧波港上空に達すると、眼下には数千の兵がうごめいているのが見て取れた。

 昨日まで『壁』を固めていた兵力には及ばないものの、もしかしたら港は無人なのではあるまいか、という予想は覆された格好だ。


 兵たちは航空機の接近を恐れるでもなく、珍しい物を見たというように空を指差して騒いでいるから、昨日までの守備兵とは別隊の増援部隊なのだろう。

 昨夜の寧波港の騒乱を知らないらしいのは不思議だが、朝までの短い時間で、どうやって寧波港までやって来たのだろうか。


 兵の武装は主に槍のようで、牛や馬にかせた砲は見当たらない。荷車は食糧を運んでいるとおぼしき人力牽引の車両が数台があるばかりだ。

 中には火縄銃や弓を装備した兵も居るのだろうが、パッとには目立たないから、いたとしても少数なのだろう。

 兵の多くは壊れた『壁』の修復に従事しているようで、緊張感は余り感じられない。


 「強行軍で歩き疲れた感が無いから、河か運河を舟で移動してきた新顔でしょうね。移動に何日かかかったとしても、水夫以外は舟の上で寝ていられたでしょうから疲労度が低いんでしょう。」偵察員が写真を撮りながら感想を言う。

 「それで間違いないだろう。近場の大都市ならば杭州だが、杭州からは運河が通じている。我が方の船から攻撃を受けるかも知れない杭州湾の海路を採るより、内水路の方が清国の舟は慣れているし安心なのだろうな。それにしても舟山島上陸に失敗して多数の舟を失っておきながら、まだこれだけの兵を輸送するだけの川舟を持っているとは、清国の動員力はあなどれん。」


 機長は偵察席にそう応じながら、騎兵の小部隊がやけに目立つな、と考えていた。

 数騎から数十騎という単位で、活発に移動している。

 騎兵の移動は城から港の間だけではなくて、平野のあちこちに旗が動いているのが確認出来るから、反乱軍や脱走兵を狩り立てているのかもわからない。

 敗残兵が少人数に分散して散らばってしまったのなら、治安は著しく低下しているだろう。


 混乱が収まり切れていない城外に比べると、寧波城の城壁内部は落ち着きを取り戻したらしく、焼けた建造物の撤去が行われているようだった。港に近い南東側では、無傷の建物を取り壊し空間を作る作業も行われている。

 防火帯を作って火災を防ぐのが目的のようにも見えるが、それならば新たに運ばれてきたように見える丸太や材木が積み上げてあるのがせない。


 一部では木材を組み合わせて、やぐらの土台様な物が組み上げられつつあるが、城壁の高さよりも低いから何の目的で作る櫓なのかが分からないのだ。

 この後、城壁より更に上に伸ばして監視塔にする心算なのかも知れないが、それならば直接城壁の上に塔を組む方が手間も掛からず作業も早く進むだろうに。


 「写真は撮ったか?」

 機長の質問に、偵察員は「撮りました。」と返事。「でも何でしょうね? あの変な材木は?」

 「分からんな。……よし、投下筒を試してみるか。降下するから、適当な処で一番・二番を射出してみろ。」

 「了解。」


 偵察機は寧波城上空で大きく弧を描くと、速度を殺した緩降下で作業場上に差し掛かる。

 降下爆撃というよりも水平爆撃に近い角度だ。

 偵察員が投下筒の紐を引くと、中身の砂利が音も無く下界にぶち撒けられた。


 固まって作業をしていた広場の清国兵たちは、接近する偵察機をボンヤリ眺めていたが、周囲に急に石礫いしつぶての雨が降ると狂乱状態に陥った。

 直撃や、跳弾ちょうだんとなった砂利を受けて倒れてしまった兵も、10名で済まないだろう。

 無傷な者も、慌てて物陰や屋根の有る場所に逃げ込もうとしている。

 「投下筒、存外有効だぞ。機数を揃えて運用すれば、イヤガラセ効果は抜群かも知れん。『壁』で作業中の新顔達にも残り4本を使ってみよう。」





 155㎜砲陣地に向かうエリオット博士を見送ったハミルトン少佐は、帰投した偵察機の機長から報告を受けた後、珍しい人物の訪問を受けていた。

 ブッディストの僧侶らしい。

 舟山島に付随する「普陀山ふださん」という小島に住んでいるということだ。

 小島と言っても普陀山の面積は12.5平方㎞はある。伊豆七島の神津島の2/3ほどの大きさだ。


 クリスチャンである少佐は知らなかったが、普陀山は峨眉山がびさんなどと並ぶ仏教の聖地だと、僧侶を案内した舟山島の住民が説明を加えた。

 「これは、ようこそ。……どういった御用件でしょうか?」

 食糧が必要なら、僧侶たちが必要とする分くらい、分け与えても良いだろうと少佐は考えていた。


 鹵獲した米や麦で、御蔵島に移送する分は既に輸送船に載せてしまったが、舟山島で消費する分の穀物は余裕を持って取り分けている。その中から荷車一台分程度の量を、普陀山という島の為に提供するのは、友好を考えても悪い話ではない。

 また押収した漢方薬原料の中で、人参や八角・さいの角・冬虫夏草とうちゅうかそうなど、日本で売り払えば金銀に替わる物品は、診療所の医官や対日貿易に関与した経験のある蓬莱兵が評価を行っている最中だが、陳皮ちんぴや乾燥させたイモリのように日本まで持ち込むとしたら輸送コストに見合わない品物でも、僧侶に渡せば有効活用してもらえるかも知れない。


 「舟を出す許可を頂きたいのです。」

 少佐の予想とは異なり、僧侶からの要求は食糧の配給などではなく、寧波に向けて出港するジャンクの許可申請だった。

 「昨夜、寧波で炎が上がっているのが見えました。港や城ではなく、戦いの及んでいない筈の場所でです。民は家や田畑を荒らされ、困窮しているに違いありません。」


 「寧波で反乱部隊と討伐隊が戦っている事は、この司令部でも確認しています。宗教者として民間人の為に尽くしたいという気持ちは充分理解出来ますが、危険です。安全をお約束出来ません。許可は出せません。」

 「危険は承知の上です。許可だけ頂けたら、ご迷惑はお掛けしません。舟も、この者が出してくれるそうです。」

 僧侶と一緒にやって来た男が、僧侶の言葉に頷く。彼は島の漁船の船頭か水夫頭のようだ。

 舟山島に元から有った大型ジャンクは、水上交通撃滅戦で破壊されてしまったはずだから、彼の持ち舟は撃滅戦では見逃された程度の小さな船か、その後の寧波側からの上陸作戦の時に鹵獲した舟を下げ渡されたものだろう。

 どちらにしても、波を受けても川舟のような転覆の危険は少ないのだろうが、漕ぎ手は少人数で対岸に渡るのがやっとというぐらいの排水量の、そう大きな舟ではないはずだ。


 「清国軍は、新たに兵を寧波港に集結させています。近付いても攻撃されるだけでしょう。」

 少佐の警告を、船頭は否定した。

 「普陀山の御坊様に剣を向ける者は居りません。順天府が落ち、応天府も破れ、寧波や舟山が清に従っても、清の兵や役人は御山に手を出しませなんだ。寧波の騒ぎを鎮める事が出来るのは、普陀山の御坊様をおおいて他にはおられませんでしょう。」


 少佐には、僧侶や船頭の安全のために、許可を出さないという選択肢もあった。

 しかし強権的にそのような措置を行えば、僧侶たちは宗教弾圧だと騒ぎ出すかも知れない。

 今のところ順調に経営が出来ている占領地の責任者として、宗教者やその信徒との間に無用な軋轢あつれきを生みたくはなかった。

 それにこの宗教使節団が成功すれば、今後寧波城の清国軍と交渉の道が拓ける可能性が無くもないだろう。


 「そこまで固く決意されているのなら、仕方がありません。許可を出しましょう。上陸するまでは、弾除けに装甲艇を護衛に付けます。」

 護衛を付けるという少佐の提案に、僧侶は感謝の意を示しつつも

「大砲を積んでいる鉄の船が護衛に付いていれば、相手も警戒するのは間違いありません。観世音菩薩かんぜおんぼさつの旗を掲げて進みますので、お気遣いなく。」

と丁寧に断った。


 「分かりました。ご無事をお祈り致します。ひえを二俵ほど御用意致しますので、お役立て下さい。港まで運ばせます。」

 「喜捨きしゃこころざしは有り難いのですが、舟は同行の僧で一杯ですから、お気持ちだけお受け取り致します。私どもも寺で用意した食べ物や薬を背負って参りますので。」

 ふむ。それも断るのか。――良かろう。


 「出発前に、一つ博識な御坊様に視てもらいたい絵があるのですが。宜しいですかな?」

 少佐は寧波城の偵察写真をモニターに出すと、丸太と櫓部分を拡大した。付近には石も積み上げてある。「これは何でしょうか?」


 「ややっ?! 不可思議な絵でございますな。」僧侶はパソコンのモニターに驚きを隠せなかったが「……石を飛ばす仕組みをこしらえている絵でございましょう。」と見抜いた。

 「確か元の時代までは城の攻防に盛んに使われた仕組みだとか。魏の曹操は霹靂へきれき車と称して官渡かんとの戦いでこれを用い、フビライが襄陽じょうようの城を落とした元初には襄陽砲じょうようほう回回砲ふいふいほうなどと呼ばれた投石器のようですな。」


 僧侶の説明はハミルトン少佐の見解と一致した。少佐も、これはカタパルトの一種ではないのか、と疑っていたのだ。カタパルトはアルキメデスが生きていた紀元前から攻城戦に使用されている。

 「ご協力、感謝します。港まで車で送らせましょう。」


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