寧波城砲撃1
複葉機である94式偵察機の爆弾架は下翼に取り付けられている。
爆装で発進する時には、その爆弾架に最大8個の軽爆弾を装着することが出来るのだが、今朝出撃する機体には、偵察席の左右に3本ずつ、計6本の金属筒が結わえ付けられていた。
金属筒の直径8㎝程度で長さは50㎝ほど。筒の内容物からは、上に紐が飛び出ている。
「おっ! 出来てるな。」
今朝一番に発進する機の機長が、金属筒を見て嬉しそうに声を上げる。
「何だか、先の欧州大戦の時の攻撃機みたいですね。」
そう感想を発したのは偵察員だ。彼が座る後席から、この金属筒を操作するのだ。
先の欧州大戦というのは第一次世界大戦の事だ。
その戦争で航空機は、只の空が飛べる機械から、偵察・戦闘・地上攻撃をこなす兵器へと格段の進歩を遂げたのだが、開戦当初は非武装で上空から敵の様子を窺うだけの任務だった。
だから敵味方の航空機が出会っても、大空では挨拶を交わしてサヨウナラという牧歌的な交戦状態だったのだが、戦争が進む内に、敵機の偵察行動を阻むために搭乗員が拳銃や猟銃を持ち込み、更には地上に向かって石や煉瓦を投げつけたりして戦闘参加するようになって以降、機関銃や爆弾を積み込むようになってゆく。
攻撃機が爆弾を装備するようになっても、初期の頃はマトモな照準装置や投下装置などは存在せず、機体脇の投下筒の中に紐で結んだ爆弾を吊るしておいて、敵陣上空に差し掛かった処で
「爆弾投下! 紐を切れ!」
なんて事をやっていたのだ。
「詰めてあるのは碁石くらいの砂利ですがね。」
整備兵が二人に答える。「上に出ている紐を引っ張ったら、袋の底の結び目が解けて筒に詰めてある砂利が落ちます。爆撃精度なんてクソ喰らえの仕掛けですが、キ―4(94式偵察機)の飛行速度から来る慣性の法則による運動エネルギーに加えて、高い処から落とすことによる位置エネルギーが運動エネルギーに替わる分の打撃力も増しますから、砂利でもそれなりの効果があるでしょう。当たり所が悪かったら、砂利一粒でも空気銃で撃たれるよりも酷い目に遭うのは間違い無いです。」
舟山仮設空港に進出した航空部隊分遣隊は、毎日のように寧波へ偵察飛行を行う。
目的地は目と鼻の先の場所だから、金属筒6本を取り付けた程度なら空気抵抗が増す事による燃費の増大が気にならない距離だ。
しかも偵察席の機銃は敵が航空戦力を持たないから降ろしてしまっているし、敵水上戦力も潰してしまった現在では、余程の事が無い限り爆装で出撃する可能性も無い。機体は軽いのだ。
そのため機首機銃で掃射するまでもないくらいの敵の動きなら、目視なり写真撮影するなりで前進司令部に報告するだけだったのだが、どうせ出撃するのなら『運動エネルギー兵器』で敵部隊の動きを攪乱・牽制して遅延効果を図ってみようと思い付いたのだった。
投下筒には75㎜砲弾の空薬莢の底を切り落とした物を使用し、中に詰めるのは篩にかけた砂利だから、改造コストは只である。
航空隊の思い付きにハミルトン少佐は「発進や着陸に支障が出ないのなら、ぜひ試してみて下さい。」と許可を出し、御蔵島の江藤大尉からも
『オモシロ ソウ ナ コトヲ オモイツキ ヤガッテ』
と返電があった。
「じゃあ出かけてくる。」
操縦席についた機長が整備兵に告げる。「適当な目標が見つからなくても、実験の為にも砂利弾はどこかに落としてくるが。」
整備兵は笑って
「どうぞ、ご存分に。何せ無料ダマですから。次弾は暇を見て見繕っておきますので。」
前進司令部の天幕で、エリオットはソイ・ミルクという青臭い飲料を飲んでいた。
水に浸した大豆を磨り潰して濾した物で、牛乳と同じくらいタンパク質とカロリーとが含まれている体に良い飲み物なのだそうだ。
昨夜の焼き肉が胃にもたれて、今朝配食されている脂っ濃そうなリゾット風スープライスには手を付ける気にならない。
「155㎜砲陣地とは有線電話が繋がったけれど、君は陣地の方でロング・トムの試射を監督するのだろう?」
ハミルトン少佐が豆乳の青臭さに顔を顰めながらエリオットに質問する。
「はあ。結果よりも過程が気になりますので。」
「港で御蔵に送る戦利品の仕分けを監督しているジョーンズ少佐が、ダムの工事現場を回ってから砲兵陣地に向かうから、それまで砲撃は待って欲しいと連絡を入れてきてる。どの道、航空隊の偵察を待たなきゃ初弾発射は出来ないから、ゴー・サインのタイミングはこちらから電話するよ。」
「承知しました。私も自分が砲を扱える訳ではないので、砲兵の仕事ぶりを見学させてもらうだけですが。」
ハミルトン少佐はエリオットの答えに苦笑を漏らすと
「初めて触る砲だし、操作兵もマニュアルと首っ引きだからね。構造を熟知している博士の助言は役に立つはずだ。……いや、初めてでもないのか。操作班は船舶砲兵と段列の整備兵、それに米軍工場作業員の混成チームだから、本職の砲兵や段列の兵には初見でも、ロング・トムを触った事のある人物も含まれているんだね。」
「ええ。だから私はシロウトらしく、隅で大人しくしている心算です。」
舟山港には、ロング・トムを載せて来た台船を碇で固定し、岸との間に鉄材を渡して板を並べたトラック用通路を作ったから、台船を浮桟橋にした貨物船への荷物の積み込みはスムーズに進んでいた。
トラックの荷台から、貨物船のクレーンで直接荷物を吊り上げられる。
鹵獲した穀類や家畜は既に御蔵島へ向かう船上に山となっており、今は別の船に大小の大砲や、鎧・装備品・刀剣類が積み込まれている処だ。
「『通常型火縄銃の内、程度の良い物は弾薬用の鉛や黒色火薬と共に舟山島で保管されたし。』ですか。舟山島で火縄銃部隊を編成でもするのでしょうか?」
ジョーンズ少佐から見せられた御蔵島司令部発の命令書に、首を捻る百道中尉である。
「南明軍に提供するらしい、です。」通訳が少佐の言葉を翻訳する。「現在、温州方面に居る南明軍には、火縄銃の扱いに長けた部隊がいるそうです。その部隊の戦力拡充に協力するのだとか。」
「長銃身の特殊品や壊れた銃を除いても、1,000丁以上ありそうですがね。どうするのですか? 小型貨物船で温州まで運ぶのですか?」
中尉の質問を英訳してもらったジョーンズ少佐は、通訳にこう伝えた。
「こちらから出向く必要は無さそうだよ。南明側の支度が整ったら、あちらから舟山島にやってくるらしい。大津丸がエスコートするみたいだね。……支度が整うのに、どのくらい日数が掛かるのかは知らないがね。」




