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ライフ16 この項は承前ですよな件

 「戦況が有利に展開して圧力を掛けてる場面なのに、急に兵を引くのは変な話しだね。……国際世論の反対が有ったとか? ああ、でもアヘン戦争の後のアロー戦争では他の国もイギリスと一緒になって清を攻めてるねぇ。」

 岸峰さんが首をかしげる。


 彼女の言う通り、1856~60年のアロー戦争では、清国に出兵した国はイギリスとフランスなんだけど、アメリカとロシアも口を挿んで清国領土に権益を確保しているから、結果だけ見れば清対イギリス・フランス・アメリカ・ロシアの戦いみたいなものだ。

 ま、アメリカとロシアまで英仏のチームに入れてしまうのは極論かもしれないけど、時代は帝国主義。弱い処を見せたら、直ぐに骨までしゃぶられてしまう世の中だった。

 ただし清だって女真族による征服国家だし、清に滅ぼされた明だって調子の良い時には東南アジアやら周辺国にガンガン派兵していた覇権国家だから、一方的に帝国主義の被害者ヅラをするのは間違いだという面もある。


 『アロー戦争』は『第二次アヘン戦争』と呼ばれる事もあるから、世界史の勉強をしている時には、うっかりすると『アヘン戦争』の時の1841年8月からの英軍の第二次侵攻作戦とゴッチャに混同してしまいやすい。

 アヘン戦争の第一次侵攻作戦では、舟山群島を経て40年8月に天津沖に居座ったイギリス艦隊は、9月になると撤収する。そして清との間に41年1月に川鼻条約が締結させるのだが、清国側が条約を反故ほごにしたから41年8月から第二次侵攻作戦を開始する。こっちはアロー戦争(第二次アヘン戦争)ではなく、アヘン戦争の「続き」だ。だからフランス軍は参加していない。


 41年8月~42年にかけてのアヘン戦争・第二幕では、イギリス軍は揚子江(長江)を遡上して京杭大運河の揚子江側の拠点である港町「鎮江ちぇんちあん」占領する。鎮江は南京から揚子江を80㎞ほど河口側に下った場所にある物流のかなめで、ここをイギリスに押さえられると、京杭大運河はストップしてしまうから、北京は首を絞められるようなものだ。

 その上で英軍の河川砲艦や戦列艦が、揚子江を行き来する清国側輸送船をボコボコ沈めてしまったので、清国はイギリスに再度降伏し、南京条約を結ぶ。(1842年8月)

 アヘン戦争では、1840年から42年に渡る戦争を通じて、途中に講和した期間を含むが、清はイギリスに二度降伏しているわけだ。二回とも、首都を落とされたわけではなく、通商破壊戦戦術に敗北して降伏しているのが興味深い。


 「結局、1840年の第一次侵攻作戦で、イギリス軍は講和が整う前に、なんで天津沖から艦隊を撤収させたの? それと片山クンの考えでは、なんでアヘン戦争が宇宙戦争のモデルになったと考えてるの? モッタイぶらずに、チャチャっと白状しなさい!『正解はCMの後!』って構成は、私、生理的に受け付けないんだよねぇ。」

 僕と岸峰さんが交わしている議論の内容を、理解出来ているのかどうかは判らないのだけれども、雪ちゃんもウンウン頷いて、結論をせがんでいる。


 別に意図して答えを言わなかったわけじゃないから、とっとと原因を話してしまう事にした。

 「艦隊を撤収させたのは、占領中の舟山群島で病気が流行はやったからさ。だから無敵状態で進撃していた派遣軍ごと、撤収させる事になったんだ。モンスーンの季節を警戒したってのもあったんだけどね。」


 「流行病はやりやまいでありますか。なるほど無敵の蛸どもが、病におかされて呆気あっけなく死んでしまったのと、よう似ておるようじゃ。」と雪ちゃん。「うえるず殿が、それを踏まえて蛸の物語を考え出したとしても不思議は無い。」

 「新大陸の先住民が、入植者が持ち込んだ病気で激減したのは、構図としては逆だからね。確かにウェルズが『宇宙戦争』で広げた風呂敷を畳むのに、アヘン戦争の戦訓を参考にしたっていうのはアリなのかもね。」

 岸峰さんにも納得をして頂けたようだが、彼女は

「但し、作家って、それこそ様々な分野や出来事を掻き集めて文章を書くわけでしょう? 舟山群島からの撤収がアイデアの一つに入っていたとしても、それはワン・ノブ・ゼムなんだろうって思うけどね。」

と付け加えるのを忘れなかった。

 ――そりゃ、そうでしょうよ。何も僕は『宇宙戦争』がSF版アヘン戦争だと主張しているわけではない。


 「キミの説は一応考慮に値するとして、舟山島で流行したのは何? 8月という季節を考えたら赤痢せきりかな。確か赤痢は夏の季語だよね。」

 「ごめん。何の病気だったのかは知らない。季語で言うならコレラや脚気かっけも夏の季語だよ。季語じゃないけど、19世紀にはインドと中国でペストが大流行してるから、ペストって可能性もあるかもね。」


 「怖いね。御蔵島には抗生物質があるし、お医者さんもいるから他所よそよりは安全だけど。」岸峰さんはちょっぴり首をすくめて「それ以前の中国でのペストの大流行って、いつ頃だったっけ?」

 「14世紀。元朝の時代だね。日本でいうと鎌倉時代末期ってトコかな。逆に1645年の今だと、イタリアとかフランスとかヨーロッパ諸国が軒並のきなみやられている頃だ。でも中国では、ペストは常に国のどこかで存在し続けていたんだよ。ダグラス・リーマンは――アレグサンダー・ケント名義でボライソーシリーズを書いてる人だ――義和団の乱をテーマにした『黄土の決戦』って小説の中で、伝染病じゃなく風土病として存在する土地だ、みたいな事を書いていたと記憶してるし、最近では平成21年にも青海省で腺ペストの患者が出て肺ペストにまで悪化し、流行したんだ。」


 「ん~。こんな場面に遭遇すると、試験勉強ってのも、案外役に立つモノだなぁと実感するよ……。まあタイムスリップが、そんなに頻発ひんぱつしないって事を除けば。」岸峰さんが変な処で感心する。「でも脚気がどうして夏の季語なの? 伝染病でもないでしょうに。」

 「夏場はビタミンB1の消耗が激しいからだそうだよ、現国の先生の豆知識によれば。戦前は結核と並んで、日本の国民病だったって。そう言えば、今ならビタミンCが壊血病かいけつびょうの特効薬として、イギリス船とかオランダ船に高く売れるはずだな。壊血病で船員が大勢死んでいる時代だから。あのCレーションに入っている粉末は食味が悪いと評判だけど、壊血病の特効薬だと教えたら、手に入れたがる交易船はワンサといるだろうね。東インド会社なんか、黄金と同じ価格で引き取ってくれるかも。」

 ――こっそり捨てるくらいなら返却して下さい、と掲示板で通知しておこう。


 「兄上、御蔵島でもその『ぺすと』とやらが流行るきざしはありましょうか?」

 雪ちゃんが恐る恐るという感じで訊ねてくる。

 「無いとは言えない、が正直な答えかな。でも防疫給水部の人が目を光らせているし、舟山群島内には分遣隊を派遣して衛生状態を向上させているから、この地球の他の場所よりは、余程安全だと思うよ。それに、雛竜すうりゅう先生や英玉えいぎょくさんを治療するためのストレプトマイシンは、結核菌だけでなくペスト菌もやっつけるんだ。完成が待ち遠しいね。」


 ホッとした顔の雪ちゃんに

「寝る前に怖いお話を聞かせてゴメンね。」

と岸峰さんが優しい表情をする。「そろそろ寝ましょうか。……片山君は、まだ続ける?」

 「うん。先に眠ってて。明日の掲示板の更新分は仕上がっているけど、ビタミンの顆粒の事とか、追加しておきたい件が浮かんでさ。」

 それに部屋を真っ暗にするより、スタンドの明かりが灯って僕が仕事をしている方が、ベッドに横になった二人の少女が怖い夢を見ずにすむだろう。


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