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寧波は燃えているか?

 舟山港一帯には鹵獲品が山と積み上げられていたが、大量の銃砲やその弾丸、鎧甲よろいかぶとや刀槍類は、一旦金属種ごとに仕分けされた上で、御蔵島にスクラップ資源として移送される事になった。


 その他にも、米・麦・あわひえ・大豆といった穀物や、絹布けんぷ綿布めんぷなどの補給品が荷車ごと、移送に従事した牛馬ぐるみで取り残されたままだったから、抜け目なく舟山島に持ち帰られている。


 木造や煉瓦積みの小屋の中にも、補給品が詰まっていた。当初は小屋なども解体してから資材として舟山島に移送する考えだったのだが、余りに戦利品が多かったため、小屋を解体する暇が無かったほどだ。

 一部は砲撃で焼けてしまっていたり、敗残兵の略奪に遭ったりしていた補給所も存在したが、反乱兵は城からの鎮圧部隊に怯えたのか、或いは装甲艇の砲撃に恐れをなしたのか、身軽さ優先の身一つで逃げた者が大半らしく物資が遺棄されたままの場所が殆どである。


 清国軍(寧波方面軍)は『壁』を支城化というよりも半永久的な要塞化する心算だったものと思われ、金銀こそ無かったものの(反乱者の手で持ち去られていたのかも知れないが)、それ以外の物資は驚くほどの量が集積されていた。

 変わった処では、漢方薬(およびその原料)のような物までが一杯に詰まった倉庫すら設営されていたのだ。

 この様子では寧波城の方は、城内の倉庫群は空になっているのかも知れない。

 或いは、揚子江以南の全城に備蓄してある物資を、その数パーセントずつ『壁』に集積していたのか。


 絹布や綿布が多量に見つかったのは、明朝後半の頃から揚子江の下流域で養蚕や綿花栽培が爆発的に盛んになっていた事が関係しているのは間違い無い。

 政治の中心は北京(順天府)だったのだが、生産の中心は長く南京(応天府)を含む揚子江沿いの地域であったのだから。

 元朝時代には既に「江浙こうせつ熟すれば天下足る」と穀類生産量で国を支えていた揚子江下流域だが、明朝後期になると布や陶磁器の製造が産業として発達したため、穀類の作付は減り生産高は中流域に抜かれるようになる。

 そのせいで「江浙熟すれば天下足る」の言葉は「湖広ここう熟すれば天下足る」と言い換えられるようになってしまったが、裕福な地域である事に違いはなかった。


 「明日からは資源の分別に忙しくなりそうだ。」

 発電機が灯した電球の下で、ハミルトン少佐は155㎜カノン砲陣地から前進司令部に戻って来たエリオット技師に、そう述懐じゅっかいした。「寧波港砲撃のために、せっかくここまでロング・トムを持って来てくれたのにね。試射には射程を伸ばして、直接寧波城を狙ってもらうというのでどうだろう?」


 「私は試射さえ出来れば文句は無いので、目標が『壁』でも城でも構いません。」

 エリオット技師は屈託無く返答する。「ただ、内陸の奥側に着弾させたら、破壊効果の確認は航空機頼りにはなってしまいますが。……無理に陸戦隊を上陸させて、至近から観測させるのは陸兵数の差を考えれば危険でしょうからね。」

 事前に御蔵島で受けたブリーフィングでは、『壁』を守っている数万人規模の清国軍は、既に士気が低下しているという観測だったが、エリオット自身は大兵力を擁する敵守備隊がこうまでもろく崩壊するとは考えていなかったからだ。

 船戦ふないくさでは勝ち目が無いと考えた敵の将軍が、陸兵を引き入れてから包囲殲滅戦をするために、わざと撤収して橋頭保スペースを空けたのではないかとすら疑ってしまう。


 ハミルトン少佐は「まあ取っ掛かりは、撃ってみて着弾のバラつきを確認するという処から行こうじゃないか。弾が勿体無いから、数は撃てないだろうが。」と頷いた。

 「君は試射が終わったら、御蔵島に戻らなくちゃいけないのだろう? 真空管に替わる物を作るのだと聞いているよ。今夜は何処で寝るのかい? このテント村よりも、舟艇母船のベッドかハンモックの方が快適だと思うけれどね。船には空きベッドは充分あるはずだし、許可証を出そう。」


 エリオット技師はかぶりを振ると「お気遣いは有り難いのですが、こちらで休ませて頂きます。テント村に空きベッドが無ければ、地面の上でも結構ですから。」と答える。

 「揺れる場所で眠るのは苦手なのです。……ああ、強いアルコールが有れば眠れない事もないのですが……あれはあれで、後から『来ます』から。」





 舟山港では戦勝を祝って、大釜が幾つも並べられて次々と飯が炊かれていた。

 飯は熱いスープや焼き肉と共に供されて、廃品回収作戦参加者や島民など大勢の人間で賑わっている。

 各船舶の乗組員たちも、交代で美味い飯を食べに来ているようだ。

 その傍らには戦利品の山が、洋灯や焚火の明かりを反射して輝いている。

 宴を仕切っているのはジョーンズ少佐だ。


 鹵獲した武器では、紅夷砲や大型火縄銃それに鎧甲のような「鉄」以外には、仏朗機ふらんきのように青銅せいどう製の兵器や真鍮しんちゅう製の装備品が多い。

 青銅は銅と亜鉛との合金であるし、真鍮は銅とすずとの合金であるから「銅」資源もそれなりの量を入手出来たこととなる。


 御蔵島に持ち込んでからは、青銅や真鍮を熔解した後に銅とそれ以外の金属資源に分別するのか、或いは青銅や真鍮のまま再加工に回すのかはジョーンズ少佐には判断が付かないが、高坂中佐なら無駄なく有効活用してくれるだろう、と考えていた。

 何しろ、御蔵軍では発射を終えた砲弾の薬莢やっきょうも、キチンと回収するよう注意が出されているくらいだから。

 元の世界のように、無尽蔵の資源を投入出来るユナイテッド・ステイツがバックに控えているわけではないのだ。


 少佐は篝火かがりびの下で、捕虜や島民に鹵獲したひえを配給するのを監督しながら、牛肉を焼く匂いに鼻をひくつかせた。

 冷凍モノでない新鮮な牛肉を焼く匂いを嗅ぐのは、久しぶりだ。

 ――本当は熟成に何日か掛けないと、美味くはないんだがな。

 無傷で鹵獲した畜類は御蔵島に送るとして、今日の砲撃を浴びて死んだ馬や牛は舟山島で消費してしまう心算だ。


 少佐が寧波港に降り立った際、砲撃で傷ついたり死んだりした牛馬はそのままに捨て置かれようとしていたが、少佐は空のトラックを呼び止めると、『ジョーンズのダム建設』部隊から兵を割いて、それを拾い集めさせた。

 まだ息の有る家畜には、至近距離から頭を撃って安楽死させる。

 運転手は自分のトラックが血だらけになってしまうのを嫌がったが

「新鮮なステーキを、腹一杯に喰いたくはないのか? それもクジラじゃなしに、本物のサーロインだぞ!」

とジョーンズは強引に押し切った。

 『ステーキ肉』を満載したトラックは、不満顔の運転手とともに、血を滴らせながら大発に乗り込んで行った。


 結果的に少佐の判断は正しかったのだろう。肉の脂の滴る匂いは、今夜舟山港に集まった人々を国籍を超えて陶然とさせている。





 百道ももち中尉は舟山港にある建物の屋上で、双眼鏡を構えていた。

 この場所は、先だって清国軍が小舟を使って逆上陸を試みた折、機関銃陣地として清国兵を迎撃した場所の一つだ。対岸まで広く見渡せる。

 中尉の中隊は、昼間に寧波港で充分に働いたから今は非番なのだが、百道は放棄した対岸の橋頭保の事が気に掛かって観察せずにはいられなかったのだ。


 「中尉殿、夕飯です。」梯子を登って来たのは水島上等兵だ。略帽ではなく、偽装網を被せた鉄兜を被っている。「豪勢に焼き肉ですよ。肉のスープもあります。」

 水島は御蔵島の時間逆行現象が起こった時には二等兵だったのだが、新兵が急に増える事になったから上等兵に昇進している。

 何度か弾の下を潜って、今や立派な古参兵だ。中隊では新兵4名を率いている。


 「有難う。頂戴しよう。」

 百道は包みと飯盒はんごうを受け取った。包みには握り飯と香ばしく焼けたアバラ肉、飯盒には一合五尺ほどのスープが入っている。

 百道は「見てみろ。」と双眼鏡を水島上等兵に手渡すと、握り飯に手を伸ばした。

 飯は粘り気の無い外米だからポロポロしているが、脂の浮いたスープと一緒に口に含むと、そのポロポロ感が逆に美味い。

 「支那の人たちは、スープに飯を入れて食べているようですよ。自分はクニでそれをすると、母から猫飯! と叱られていましたから、別個に持ってきましたが。」

 そんな事を口にしながら双眼鏡を受け取った水島上等兵だったが、対岸を覗いてムゥと唸った。


 点々と火災が起きている。それも小規模な炎ではない。

 寧波城の火災は鎮火しているようだし、港は漆黒の闇に包まれているのだけれども、周辺ではあちこちで火の手が上がっているのが見て取れる。

 匪賊ひぞくと化した敗残兵が略奪を働いているのか、反乱軍と討伐隊とが戦闘状態に入っているのかは不明だが、寧波は城と港という中心部を除いて、騒乱状態であるのは間違い無かった。


 「橋頭保は夕刻までに放棄する、と決まった時には、何と消極的な戦術を採るのだろうと思ったものだが、前進司令部の読みは自分のそれより的確だったな。」

 百道中尉はアバラ肉を齧りながら、素直に自分の不明を語った。「固守していたら、我が方もあのパニックに巻き込まれていたかも知れん。港に火の手は上がっていないが、無人だとは限らんから。」

 仮に押し寄せて来たアンノウンの敵を撃退するのは可能だとしても、将兵は疲労するし弾薬は消費する。

 対岸の火事を遠く眺めて、舟山島で英気を養っている方が、比べ物にならないほどコストパフォーマンスは良かった。


 「一晩で騒乱は収拾するのでしょうか?」

 水島上等兵が返してよこす双眼鏡を受け取りながら、百道中尉は「分からん。」としか答えようが無かった。

 「他の城市から討伐隊が増派されて来るのかも知れんし、逆に散らばった敗残兵が他の街に反乱を伝播させるのかも知れん。……明日の偵察次第では、何か傾向が掴める可能性はあるとは思いたいがね。」


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