ライフ14 訓練終了後の雑談でソーダ工場の生田さんと塩ビの話をする件
演習終了が告げられても、まだ訓練が終わったわけではない。
「帰宅するまでが遠足です。」と同じで、演習に用いた銃器や車両を、基地の然るべき場所に返納し、手入れを行ってから確認を受け、やっと解放されるのだ。
銃は弾が抜いてある事を再度確認し、機関部や可動部を分解して、油缶の油をちょっとだけ染みこませた布で磨く。
発射カスのカーボンなんかは、キッチリ落とし切らないといけない。
銃腔はブラシで磨いた後、ごく薄く油を引く。照門や照星も手入れを怠ってはいけない。
部品に摩耗やヒビが有れば、申し出て交換する。
かつての日本軍では、銃床に至るまで顔が映るくらいピカピカにしていないと殴られたらしいんだけど、ここでは故障に繋がるような部位以外の磨きは、あまりウルサクは言われない。米軍式の合理主義が浸透しているのだろう。
けれど、次に演習でこの銃を手にする人の事を考えて、出来る限りは全体を磨き上げておく。
96式軽機関銃の銃身命数は2,000発だから、累積での発射弾数を確認し20弾入り挿弾子100個を超えているものは銃身を交換する。
まあ、演習で大量に機銃弾を撃つのは弾がもったいないという処もあるので、演習時にこのキリ番を引く可能性はかなり低いから、後片付けの時には手順の確認と練習だけに終わる。
射撃練習に使った実銃の手入れには神経を使うけれど、散兵行動演習に用いた模擬銃(木銃)の後始末には、ウエスでざっと汚れを落とす程度にしか手を掛けない。
これは、「故障」なんか有り得ない模擬銃の手入れに時間を費やすのは馬鹿げているという「合理主義」から来ているというより、立花訓練小隊の隊員は、訓練以外にも仕事を抱えている者ばかりだから、訓練時間を圧縮するためだ。
訓練時の移動手段には、4tトラックや98式装甲運搬車『ソダ』を使う事もあるけれど、大抵はジープだ。
乗車前点検で、エンジンオイルやラジエター水、ファンベルトに点火プラグなんかの確認は済ませているから、返納時には車体の汚れを落として足回りの再点検をすれば、ガソリンを補給するだけでよい。
ジープの運転は、坂道発進をする場合にクラッチを繋ぐのにコツが要るのを除けば、それほど難しくはない。
岸峰さんは「左ハンドルに慣れちゃったから、元の世界に戻った時には外車買わないといけなくなるね。高いから困るね。私は軽で充分だと思ってるんだけど。」なんて取り越し苦労をしてる。
けれど、僕たちがこの世界で運転教習を終えても、貰えるのは御蔵島司令部発行の運転技能教習終了証だから、仮に元の世界に戻る事が出来ても、自動車学校で勉強し直さないといけないのだから、右ハンドル車にはその時に慣れたら良いだろう。
ちなみにトラックは米国製左ハンドル車と日本製右ハンドル車が混在している。
ジープの運転で左ハンドルに慣れているから、右ハンドルが操作し難いかというと、自動車運転そのものが身体に染みつくほど場数を踏んでいるわけではないので、そんなに戸惑わない。(スピードを出した運転をしていないせいもあるだろう。)
ただハンドブレーキを引く時に、ハンドルを握る手とブレーキを引く手とが逆になるから、その時ばかりは「右手、右手!」と意識しながらやらないといけない。
僕が以前読んだ本には、日本製より米国製のトラックの方が馬力が有って故障も少なかったから、輜重部隊――輸送部隊ことだ――はアメリカ製を好んだという様な記述が有ったのだけれど、御蔵島には米軍も駐留しているし、修理工場や補給品工場にはアメリカ製の機械も導入されているので、両者の差異は感じない。
それは今、訓練で余裕の有る使い方をしているせいで、極限状態では性能の差が顕在化するのかも知れないけれど。
ソダに関しては今の処、運転技術を学んでいるだけで整備や部品交換、履帯の巻き直しなどは練習メニューに入っていない。その辺りの事は段列班の方々にオンブにダッコの状態だ。
運転自体は、電動車椅子レベルでゆっくり走るのだったら、とっても簡単。
高速走行を連続していると、エンジンが焼けたり履帯が外れる心配が有るらしいけど、まだそう言った訓練段階にまで至っていないからだ。
後片付けを終えて「ご苦労さん。」のお墨付きを貰ったら、緊急の仕事が有る隊員は直ぐに事務所や工場に急ぐのだけど、時間に多少余裕がある者は「訓練用車両・銃器貸し出し所」横の控室でシャワーを浴び着替えを行う。
その後は控室でお茶を飲んで、一服入れる事が多い。
少尉殿は忙しいから雑談タイムに同席する事はないのだけれど、これは多分、将校がその場に居合わせない方が平隊員同士で自由な意見交換が出来る様にという配慮ではないのかと想像している。
今日は雪ちゃん初参加の日だから、皆が代わる代わる賑やかに雪ちゃんに話し掛けているので、あまり演習についてのブレーン・ストーミングにはならない。
「小倉君は、射撃は初めてじゃないみたいだけど、火縄銃を撃った経験があるの?」みたいな質問を受けて、雪ちゃんは「ございます。」と律儀に返事をする。
「けれど種子島は、引き金を落とす手で銃把を握り、膝打ちの構えで放つのですが、御蔵の筒は肩に当てて狙いを定めるので勝手が違いまする。弾込めや火縄に気を遣わずとも次々に弾が放てるので、38式の方が優れておるのは間違いが無いのでございますが。あと、鉄砲に直に剣をはめる事が出来るのは、何とも優れた工夫と感じ入りましてございます。」
お茶を飲みながらそんな話をしていたら、ソーダ工場の生田さんという帝大出の若い技師さんが、僕に話し掛けてきた。
「片山君。君のバケガクの参考書に、ポリ塩化ビニルに関する項目が有ったら、読ませて欲しいんだけど。」
「塩ビですか。塩ビ製造の工場でトラブルでも有りましたか?」
「いや、我が国では、まだ大量生産には至っていないんだよ。ブツを作れる処までは行っているのだけどね。でも今度、ガラス工場が再稼働する事になったから、ソーダ工場も生産力を上げるのだけど、副産物の塩素を有効利用しようって事になってね。発生した塩素を次亜塩素酸なんかにして活用するのは勿論なのだけど、ポリ塩化ビニルの製造にチャレンジする事になったのさ。高坂中佐殿の肝煎なんだよ。君の教科書は中佐殿から読ませてもらったのだけど、追加の情報が有ればと考えてね。」
「分かりました。明日の訓練の時に、該当箇所を複写して持って来ます。それとも、急ぎなら今日中にお届けしますけど。」
「いや有難う。明日で充分だよ。今日明日でポリ塩化ビニル工場が立ち上げられる訳でもないし。じゃあ、頼んだよ。」
電算室に戻って有機化学の参考書を開いてみると、日本で塩ビの工場レベルでの生産が始まったのは1941年だと書いてあった。
真珠湾攻撃が1940年12月だから、ほんの数年だけど歴史を前倒しする事になるのか。
でも御蔵島だと米軍も共存しているのだから、工場の技師の人には製造に関する一応の知見はあるはずだし(あるいは実際に製造に携わっていた人が居る事すら考えられる)、もしかしたら高坂中佐殿は塩ビの難燃性や絶縁性といった利点や有用性だけでなく、不完全燃焼させたらダイオキシンが出るとか、可塑剤に環境ホルモン問題があるとか、みたいな負の部分まで考えた上での生田さんへの指示なのかも知れない。
該当箇所のコピーを終えて紙縒りで閉じていると、古賀さんが作成した司令部報告をチェックしていた岸峰さんが「ちょっといい?」と声を掛けてきた。
「うん。終わったよ。」
「早良中尉殿からの報告が入ってきてるんだけど、温州城との連絡が付いたみたい。城に白旗が上がったのを偵察機が確認したんだって。北門島から洞頭本島経由で使節団を魯王に送ることになるみたい。これには他に人が代え難いから、鄭隆代表が自ら出向く事になるんだそうだよ。中尉殿と趙さんも一緒だって。あと、スミス准尉殿も。」
「大丈夫なのかな。魯王の本拠地なのに。大津丸は南下中だろ?」
「大津丸は鄭芝龍軍水上部隊の先遣隊と接触出来た様ですよ。」と古賀さんが教えてくれる。「思ったより、近くにまで進出してきてたんです。笠原機も陸上部隊を見付けてビラ撒きを済ませたみたいだから、大津丸は水上部隊の然るべき人物を収容したら洞頭本島で北門島の人達と落ち合うんじゃないですか? そうすればテケと武装ジープに装甲艇も加わるから、『ちょっとした』戦力って事に成ります。温州軍も無茶は出来ないでしょう。……話くらいはしてみよう、って考えると思いますよ。」
「了解。それじゃあ、御蔵新聞向けの見出しは『温州城の魯王軍並びに福州の鄭芝龍軍との連絡成る』にしようか。」
「連携とか同盟とかが出来たわけじゃないから、『連絡』で止めるしかないね。」と岸峰さんも肯く。「古賀さんが作成してくれてる報告書を、その線で要約するよ。」
岸峰さんと古賀さんとが、顔を並べて新聞向け記事に没頭し始めた時、キャロラインさんが
「ボス、一つお願いが。」と挙手をした。
「ボスは止めて下さい。暗黒街のワルモノみたいだから。……で、何でしょう?」
「物理と無機化学の本で、トランジスタに関しての記述がある部分を教えて下さい。翻訳しておくように頼まれているのです。」
承知しました、と答えて、急ぎ教科書と参考書の該当箇所に付箋紙を挿みながら
「なんだか唐突ですけど、どなたからの御要望なんですか?」と訊ねてみる。
――いきなりトランジスタかよ。現物はここの機械をバラさなくとも、無線部の連中が遊んでたヤツが、準備室の段ボールにコンデンサや抵抗器なんかと一緒にゴチャゴチャに詰まっていたと思うけど。
「ドクター・エリオットです。高坂中佐から研究するようサジェスチョンされたのだとか。」
生田さんの塩ビに続いて、また中佐殿案件か。
それならばエリオット博士は、トランジスタ研究の下地は持っていると考えて間違い無さそうだ。
多分、中佐殿の『やってみて下さい』で無茶振りだなって指示は、僕のバイオパルプくらいなものだろう。何といってもバイオパルプ技術は、21世紀になってもまだ完成されていないのだから。
「この付箋を付けてある場所が、その部分です。直ぐにコピーを撮りますね。現物も確か準備室に有ると思いますけど、今は鍵が無いから入れないんです。」
「サンキュー ボス。コピー・マシンは使えますから、自分でやります。」とキャロラインさん。
そんな時、ノックも無しに電算室に入って来たのは早乙女女史だった。
何時もは沈着な彼女だが、珍しく興奮しているみたい。
「朗報です。寧波港の清国守備隊が撤収。『鹵獲物資、多数。』との電信が入りました。当方に被害は無いとの事です。御蔵新聞に速報で載せて下さい。」
「ちょ、ちょっと待って下さい。」
僕は慌てて記事を打ち始める。
古賀さんや岸峰さんも、作業の手を止めて早乙女さんの報告に聞き入っている。
電算室に戻って来てから大人しく作業を見学していた雪ちゃんも、「寧波を落としたのでございますか?」とワクワクしているようだ。
「いえ、清国が引いたのは港湾部からで、城には砲撃を加えただけのようですね。」と早乙女さんが注釈を加える。「我が方に、寧波全域を占拠して維持するだけの陸兵は居りませんから。」
今日は一度に沢山の事が起こり過ぎて、記事を作成しながら、頭がクラクラする。




