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ライフ13 『負傷した』岸峰さんを後送してみる件

 壕に潜んで攻撃合図を待つ。


 合図の警笛で壕から飛び出し、吶喊とっかんを上げて前進する。


 地面に身を投げて伏せ、身体をひねって横に転がる。


 岸峰さんがサポート・ポジションで、伏せ撃ち姿勢「プローン・ポジション」を採ったのを横目で確認。


 両腕で銃身を抱え、ハイ・クロールで匍匐前進ほふくぜんしんする。


 今度は僕がプローン・ポジションで彼女を掩護えんご


 岸峰さんが追い付くのを待って、二人してクロ―リング姿勢で更に前に進み、アイコンタクトを取ってから、突撃した。


 「よぉし! 次は、初めから終わりまでロー・クロールで匍匐!」

 立花少尉の号令が掛かる。「始めェ!」





 「集合!」の掛け声で、立花訓練小隊は立花少尉殿の前に横一列で整列する。

 男(僕も含めて)7名、女16名、計23名という変則的な編成のシロウト寄せ集め小隊だ。

 『小隊』と言うよりも、半個小隊かニ個分隊と形容する方が実態に即している。


 現在、舟山島他に多くの熟練兵を送っている御蔵島では、下士官や兵長クラスの人材が不足しているから、立花訓練小隊には小隊軍曹もおらず、少尉殿が全員に目を配らざるを得ない。

 石田さんか古賀さんが手すきの時には、分隊長格で訓練参加する事はあるけれど、何時もという訳ではない。


 散兵行動演習を終えて、少尉殿が隊員一人一人に注意を与える。

 「動き出しに逡巡しゅんじゅんがある。思い切って飛び出さないと、壕から出てマゴマゴしてたら狙い撃たれるぞ。」

 「ロー・クロールでの匍匐は、遮蔽物しゃへいぶつが無い所で、やる物だ。顔は地面に押し付けておかないと頭を狙われるぞ。」

 「クロ―リングの姿勢が高い。高い姿勢でノロノロとクロ―リングをするくらいなら、背中を丸めて低い姿勢で駆け抜けた方がまだマシだ。何のためにその姿勢を採るのか、理解して訓練に参加しろ。」


 僕に対しての指摘点は

「片山は左眼ばかり使い過ぎ。両肩どちらでも撃てる様にクセを矯正しないと、いざという時に困るぞ。」

というものだった。分かってはいるのだが、右肩に銃床を宛がって右目で照準を付けるのは(僕にとっては)難しく、右腕につられて上半身が浮き気味になってしまう。


 岸峰さんに対しては

「岸峰は、もっと周囲に気を配れ。片山とのバディは息がピッタリだが、寄せ集めで臨時編成した再編小隊だと、気心の知れた者同士で組むとは限らんからな。小隊全部の動きを見るんだ。」

という、一見抽象的な指摘だった。

 どうやら少尉殿は、岸峰さんのカリスマと言うか統率力を買っているみたいで、石田さんみたいな下士官格(あるいは小隊長格)の能力アリと考えているのかも知れない。


 学祭で、彼女を『女幹部』役に抜擢ばってきしようとした演劇部の脚本家は、立花少尉と等しく人を見る目が有ったと評価しても良さそうだ。

 大事にしていた本を汚された腹いせだけでは無かったって事だね。(白目・舌出しの最期を迎えるのは、明らかに報復なのだろうけど。)


 少尉殿は横で見学中の雪ちゃんに「小倉、気付いた事が有ったら言ってみろ。」と感想を求めた。

 雪ちゃんはすぐに

馬防柵ばぼうさく無き戦場いくさばで、べたをうておったら、たちどころに馬のひづめにかけられてしまいましょう。また、相手が長柄ながえの槍を持っておれば、上から打ち据えられてしまいまする。」

と、元亀げんき天正てんしょういくさに出た侍大将みたいな事を言う。


 けれども「あっ! 連発鉄砲の前では、騎馬武者も長柄槍も近づく事すら難しいのでした。」と訂正する。

 雪ちゃんは散兵行動演習の前に、M1ガーランドライフルやBAR(M1918A2自動小銃)、96式軽機関銃の射撃練習を見学し、自分でも38式騎銃を発砲してみている。

 だから現代戦は火力戦で、支援砲火無く防御陣地を人海戦術で突破しようとすれば、死体の山を築く覚悟と無尽蔵な後詰ごづめの兵力が必要だと気が付いたはずなのだが、騎馬武者の突撃や槍隊の前進で相手を崩すという頭に染みついている戦術からは中々離れられないものらしい。


 けれども少尉殿は

「そうだな。小倉の言う通り、援護射撃が見込めない場面で歩兵の小部隊が突出すれば、敵に火力支援が無くとも敵兵力さえ大きければ、殲滅される危険性は充分あると言える。また、不意を突かれて奇襲を喰らえば、兵器の優位性が活かせず蹂躙じゅうりんされてしまうだろう。」

と雪ちゃんの見解を認めた。「相手が刀槍しか装備していないからといって、甘くは見ない事が大切だな。偵察を密にして敵の動静や伏兵の有無を探り、火力優位の利点を最大限に利用する。……失敗したら、代償は大きいな。仲間が死ぬ。」


 少尉殿はそう講評をまとめると「では、負傷した味方をセーフティ・ゾーンに後送する練習を行おう。二人一組になって、一人は負傷者役だ。壕から20歩離れて倒れていろ。もう一人が、負傷者を壕まで引っ張り込む。倒れた場所は危険区域で、負傷者はそのままだと更に射撃を受ける可能性があり、一刻も早く壕にまで退避させないといけないものとする。……かかれ!」と次の課題を出した。


 岸峰さんは「どっちが負傷者役をする?」とも相談せずに、ニヤッと笑うと駆け足で進み、仰向け大の字で地面に転がった。

 担ぐよりも担がれる方を選んだという訳だ。チャッカリ楽な方を選んだな!


 応急手当に際しては、負傷者を動かしてはいけないという鉄則がある。

 倒れているその場で、止血や人工呼吸・心臓マッサージなどを行うのだ。

 まずそれらの措置を終えてから、後方へは救護班が救急車なり担架なりで搬送する。

 そうでないと動かした事が仇となって、負傷者はショック状態や失血で死んでしまう事もある。無理に動かすのは危険なのだ。

 けれども、負傷者の倒れている場所が敵の射界に入っているなど既に充分危険であるなら、「動かさない」というルールを守っていたら追加の敵弾を浴びてしまう事だってある。

 その様な場合には、最も近い遮蔽物の陰に負傷者を移動させるしかない。今の場合、壕がその遮蔽物にあたる。


 姿勢を低くして負傷者に接近し、呼吸や心音・負傷ヵ所を確認したら、消防士が人を担ぎ上げるような姿勢(ファイアマンズ・キャリーと呼ぶらしい)で戻って来るのが一般的な正解なのだろうが、担いで立ち上がった時に二人まとめて撃たれてしまう可能性もある。何せ、敵の射界に入っている設定なのだから。


 僕は匍匐して彼女に近付き、横に寝転んで頬を叩いて意識の確認を行った。

 他の組では意識確認はスムーズに行われているみたいなのだが、岸峰さんは『白目・舌出し』で無反応を貫く。

 ――コイツ……死んだふりかよ! 

 だとしても、ホッタラカシで戻るわけにもいかないだろう。


 彼女の胸に耳を押し当てて心音を確認。次いで口に手をやって呼吸を確認。両方とも問題ない。(当たり前だ。)

 腹や背中を探って傷口の位置を確認。……傷口は当然、無い。

 どうしてくれようか!


 僕はまず、彼女の唇からはみ出ている桜色の舌を口の中に押し込み、彼女が舌を噛まないよう、また舌が喉を塞がないように注意して包帯包ほうたいほうを咥えさせる。

 次いで自分が体操座りの姿勢をとって後ろから岸峰さんの上半身を起こすと、両脇から手を差し込んで彼女の胸部を掴み、身体を密着させる。

 岸峰さんがピクっと一瞬だけ身体を固くしたから、何か文句を付けてくるのかと思ったが、また直ぐに全身の力を抜いて全体重を預けてきた。

 この姿勢は、トラグ法という負傷者運搬姿勢だ。


 実際に彼女が負傷したのなら、火事場の馬鹿力で小脇に抱えてクロ―リングみたいな事も出来るかも知れないけれど、訓練シチュでは全身の力を抜いた人間一人分の体重(しかも摩擦抵抗が大きな土のデコボコ地面だ)を、自分より軽い女性だとはいっても引き摺って運ぶのは大変。

 だからトラグ法の態勢で、脚の筋肉を使って尻とかかととを交互に後退させながら、後ろ向きの尺取虫のように進むのだ。

 姿勢は低いが負傷者側からの協力が無いから、肩を貸して走るなどに比べて、体力も時間も掛かってしまう。

 柔らかくて重い彼女を壕に引き摺り込み終えた時には、全身から汗が噴き出していた。


 他の組に比べて随分とゴールするのが遅かったから、少尉殿から厳しい評価が下るかと思っていたが

「皆、ご苦労。負傷ヵ所や具合の良し悪しを設定していなかったから、今回の演習に於いては各自の判断を尊重しよう。負傷者救助のシチュエーションは千差万別だからな。ただ、そういった場面に直面した時、自分がどう行動するかは、常に頭に置いていて欲しい。考えていなかったから、何も出来なかったでは話にならないからな。」

と、割とフレキシブルな訓示が示された。


 そして少尉殿は「これが正解という訳ではないが、一例として自分が考えた方法を見せてみよう。」と壕に降りると、20歩先に雪ちゃんを負傷者役で横たわらせた。

 少尉殿は壕を滑り出ると、ハイクロール匍匐前進で前に進み、壕から一番近い雪ちゃんの足首を掴むと、匍匐したまま後退して、腕力で雪ちゃんの身体を引き摺った。


 姿勢は低いしスピーディーではあるけれど、負傷者には優しくないかな、と思いもするけれど、救助者も含めて二人して撃たれてしまうよりはベターなのかも。

 横で見ていた岸峰さんも「早いね。」と頷いている。


 立ち上がった少尉殿は、土埃まみれになった雪ちゃんに「どうだ?」と訊ねる。

 僕はこの質問が、乱暴に扱ったが怪我は無いか、という問い掛けなのだろうと考えたが、雪ちゃんは

「地べたに伏せたままでありますゆえ、鉄砲の的には成りづらかろうと心得ますが、敵が遠矢を射かけてきた折には、当たってしまうやも知れませぬ。なにせ遠矢は、上より落ちて参りまする。」

と言葉を選びながら、考え考えの答えを返した。


 少尉殿は「なるほど。銃弾とは違って、矢は落下角が大きいんだな。……敵間接射撃の主兵装が弓矢だった場合には、背覆いが個人装備として有効な場合も有り得るというわけか。」と納得し「小倉、勉強になったぞ。」と雪ちゃんの知見を褒めた。

 立花少尉の訓練小隊への指導方針が、陸軍士官としてどうなのかは僕に判断は出来ないけれど、彼女自身も含めて経験の無い『兵装の異なる未知の敵』と遭遇した時に、どう対応するのかを部下にも考えさせながら詰めていくという作業には、好感が持てた。


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