寧波港予備砲撃作戦3
偵察機からは、『壁』の重砲陣地が爆炎の傘によって包み込まれる様子が具に観察出来た。
時限信管を使った舟艇母船の高射砲と野砲による制圧射撃は、敵陣に無視できない損害を与えているであろう事は間違い無い。
時折、強い光が混じるのは、焼夷効果を狙って使用弾種に光弾も交えているからだろう。
集積した火薬類に引火したのか、『壁』では火災も発生している。
偵察機と舟艇母船の間には無線電話が繋がっているから、基地を介さずとも意思の疎通はスムーズかつ迅速に行われる。
今日の攻撃の露払いとして、まず大型船である舟艇母船が出撃したのは航空機との連携の良さが、その理由だ。
舟艇母船は一頻り三ヵ所の敵重砲陣地を叩くと、思い切り良く舟山島方面に転進する。
同時に、上空を舞っていた偵察機も舟山島方面に引き返す。
武装大発の砲撃までに間を置くのは、敵の補修要員や予備の砲兵(操作班)が重砲陣地に集合する時間を与えるためである。
その間に、15榴搭載大発は射撃位置にまで進出し、入念に射角や方向を調整する。
再び偵察機が姿を現すのは、15榴が初弾を放った後、とタイミングを打ち合わせている。
偵察機の接近を見た敵兵が、15榴の砲撃開始前に紅夷砲の陣地周辺から退避する暇を与えないためだ。
今日の砲撃は、ロング・トム揚陸時の安全を図るのがメインの作戦だが、物資を消費して攻撃を行う以上は、単に妨害の意味だけでなく敵兵団に効果的に打撃を与えておきたいから、波状攻撃で清国軍の砲火力だけでなく兵員にもダメージを累積させる計画となっている。
敵陣から上がっていた黒煙が消えたタイミングで、武装大発に舟山前進司令部からの命令が届いた。
『10:00を以て、攻撃を開始せよ。』
残り17分。準備は既に完了している。
敵重砲陣地は壕も掩蓋も無い半曝露状態だから、使用弾種は着発信管の榴弾のみで、短遅延信管は使わない。
地面を掘り返すよりも、爆圧と破片効果で砲と兵員を叩いてしまう方が効率が良いからだ。
また15榴に使用する92式榴弾は一発あたり36㎏と重いので、連日の戦闘で操作兵の技量は上がっているけれども、速射砲や連隊砲を扱う場合の様に毎分10~20発といった速射は難しい。数分毎に発射といった砲撃にならざるを得ない。
そのために、三ヵ所の敵重砲陣地には、初弾だけでもほぼ同時に着弾させる必要があった。
三門の15榴は時報のように、10時きっかりに火を噴いた。
旧式な38式15榴の弾速は275m/sである。
同じ15榴でも4年式なら398m/s、96式ならば540m/sだから、砲弾はそれらの砲で発射した時よりも、ゆっくりと飛翔する。
45度の仰角で発射したならば、2㎞を飛んで敵陣に着弾するまでには、10秒以上はかかる計算である。
但し、発射音が敵陣に到達するには6秒弱かかるため、敵兵が15榴の発射炎を監視していなかった場合には退避のために残されている時間は4~5秒に過ぎない。
92式150㎜榴弾の効果範囲は、およそ直径70m。(実際には砲弾片の飛散範囲は楕円になるので、最大飛散範囲は着弾点から120m以上にまで広がる。)
照準が大きく狂っていない限り、身を隠す術を持たない敵兵には、被害から免れるには有りっ丈の幸運が必要なのだった。
武装大発が各艇三発の砲弾を発射し終えたタイミングで、戦果確認のための偵察機が『壁』の上空に姿を現した。
敵重砲陣地は三ヵ所とも見事に破壊し尽されている。
これ以上の追加攻撃は必要無いだろう。
武装大発には、前進司令部を通じて帰還命令が発せられた。
代わって前面に出て来たのが、装甲艇10艘から成る第三波攻撃隊だった。
装甲艇は一列縦隊で海峡を押し進むと、距離2㎞で岸に平行に舵を切った。
そして10ノット(18.5㎞/h)で前進しながら、前部砲塔と後部砲塔から57㎜榴弾を発射する。
高さ1.5mほどに築かれた『壁』の向こう側に、着弾を示す土煙が次々と上がる。
清国軍は『壁』を築くにあたり、当初は『壁』の60mおき程度に見張り用の櫓や望楼を組んで兵を詰めていたのだが、それらの如何にも目を引く設備が優先攻撃目標として、毎度偵察機の機銃掃射に喰われたため、近頃はそこに兵を配置する事を諦めて無用の構造物と化していた。
本日の装甲艇の砲撃では、わざわざ狙っているわけではないのだろうが、シラミ潰しの攻撃により、それらの見張り台も悉く倒壊していく。
全長6㎞程の『壁』の主要部分を叩くのには、装甲艇戦隊が端から端まで移動するのに20分程の時間を要する。
敵からは鳥槍やタイ槍と呼ばれる大型銃での反撃が散発的に行われているけれど、大型であるとはいえライフリングが切ってあるわけではない滑空銃身の火縄銃だから、最大射程程度にまで彼我の距離が離れている以上、装甲艇には損害が出ていない。
仮にマグレ当たりの命中弾が出たとしても、軟らかな鉛の丸玉に過ぎない銃弾では6㎜装甲板を貫通する事など不可能である。
しかも装甲艇には増加装甲として装甲板の外側に砂袋が括り付けてある。有効射程距離を超えて飛来する敵弾は既に威力を失っているから、その砂袋を貫通する事すら困難だろう。貫通どころか、砂袋の麻布を破る事すら出来ないかも知れない。
それに敵からの反撃が、予想に反して極端に散発的なのは、『壁』に取り付いている守備兵が、一方的に損害を受けるばかりで、既に戦意を失っているものと考えられた。
敵前を横断し終えた装甲艇隊が再度の攻撃を敢行するために方向転換する間に、戦果確認目的で『壁』上空を飛行していた偵察機は、敵陣の一部で不可解な動きが発生しているのに気が付いた。
『壁』から退避しようとする守備兵に対し、督戦隊と思しき槍兵が、武器を突き付け押し戻そうとしている。
人数は逃げようとしている守備兵の方が督戦隊を圧倒しているが、気迫の差なのか或いは後退する事に後ろめたさがあるのか、守備兵は元来た『壁』の方へ追いやられつつあるようだ。
しかも寧波城市方面からは、督戦隊の増援なのか300ほどの騎兵が、騒ぎの場に接近しつつあった。
偵察機は押し合いの場の上空を通過すると、右旋回して接近する騎兵隊の正面に位置を取った。
一気に間合いを詰めて、7.7㎜機銃弾を放つ。
土煙と共に人馬が弾け飛び、被害を受けなかった馬も激しく暴れ出して乗り手を振り落とす。
弾丸を喰らった人数は、それほど多くは無かったにも関わらず、騎兵隊は瞬時に壊乱した。
増援の騎兵が戦闘不能に陥ったのを見て、督戦隊も動揺したのだろう。
偵察機が再び騒乱の場の上空に舞い戻った時には、督戦隊の隊列は反乱を起こした守備兵の群れの中に埋没してしまっていた。
清国軍守備隊から離脱者が出たのは『壁』の一部分に過ぎなかったのだが、蟻の一穴から堤防が決壊するように、兵の逃亡は瞬く間に『壁』全域に伝染した。
雪崩を打って逃亡する兵の波に、それを阻止しようとする者は飲み込まれていく。
方向転換を終えた装甲艇が、砲撃を再開した事が決定打となった。
武器や装備を投げ捨てて身軽になった敵の群れが、パニックを起こして四方八方に逃散して行く。
城を目指して落ちて行くのは、一握りだけの様だ。
状況を観察した偵察機は
『敵守備隊、崩壊す。無統制で逃亡中。』
と前進司令部に打電した。
お世話になっております。
資料を読んでおりましたら、15榴搭載武装大発の搭載砲は、ホロと同じ38式15㎝榴弾砲ではなく、96式15㎝榴弾砲であることを知りました。
いやぁ、やっちまいました……。
ま、この平行世界の武装大発には38式を載せているのだよ。現実世界とは多少違っている所があるんだよ! という言い訳で、ご容赦宜しくお願い致します。
申し訳ございません。
余談になりますが、150㎜砲搭載自走砲「ホロ」が「4式15㎝自走砲」なのは、4年式15㎝榴弾砲(大正4年に制式化)を搭載しているわけではなくて、その自走砲が制式化されたのが皇紀2604年だからで、搭載砲は明治38年に制式化した38式15榴なのです。(ややこしぃ!)
戦車や航空機の制式化には皇紀が使われてるのに……。
皇紀の計算の仕方は、西暦+660年です。
ex.95式軽戦車「ハ号」→皇紀2595年(西暦1935年)
零式戦闘機→皇紀2600年(西暦1940年)




