パラ12 御伽話と新しいパラレルワールドの件
「アメリカ海軍には『オレンジプラン』という、対日作戦計画が有りますよね?」
という僕の質問に、准尉は「有るわよ。」と事も無げに答えた。
友好・仮想敵の別無く、戦争が起こり得る可能性のある国に対しては、想定外の政変なども含めて緊急時の対応策を策定しておくのは常道だから、これは別に隠さなければならない事ではない。
日本に対してはオレンジの色が割り振られていただけの話で、別の国には別の色がコードとして割り振られていたわけだ。
「その計画では、初期の頃は、『太平洋のアメリカ領土を要塞化し、アメリカ太平洋艦隊が来援するまで日本の攻撃から持ち堪える。』としていましたが、後になってからは『海外のアメリカ領土の一部が、一時陥落するも止む無し、長期戦で挽回する。』と方針が変更されていると思いますが、どうでしょう?」
「概ね、そんな処よ。」と、准尉は僕の発言内容を認めたけれど、「あなた、ただの高校生にしては、事情に通じ過ぎていない?」と僕の身分を追及してきた。
「ただの高校生ですよ。ただし、僕の居た世界には、周り中にウンザリするほど情報が溢れているのです。公開されている情報にアクセスしやすい事もありますが、情報を基にしたシミュレーション・ゲームで遊ぶ事も娯楽の一つになっています。古代中国の戦乱から日本の戦国時代、大航海時代の世界やアメリカ独立戦争がゲームになっているくらいに。当然、太平洋戦争と呼ばれる事になる日米の戦いも、シミュレーション・ゲーム化されています。サッカーチームを作ったり、異性と恋愛したりするゲームもありますが、ゲーム好きな学生ならば、歴史に基づいたウォー・ゲームは一度は手を出している分野です。」
仮に准尉か石田さんが、戦争をゲーム化して遊ぶなど不謹慎ではないか、と難詰してくれば、戦時の図上演習こそリアル・ウォー・ゲームではないかと反論する心算だったが、二人とも何も言わなかった。
だから僕は、真珠湾攻撃について、話を進める事に決めた。
「ある意味アメリカの予想通り、日本がアメリカに先制攻撃を行います。」
「ウェーキ島? それともグァムかしら?」
准尉が乾いた声で質問してくる。
「違います。パール・ハーバーです。」
「有り得ない。」准尉は僕の答えを言下に否定した。「要塞砲で厳重に守られている太平洋艦隊の根拠地を襲撃しても、成果が上げられるわけが無い。速度の速い巡洋戦艦と重巡で、ヒット・アンド・アウェイの殴り込みをかけても戦果は知れている。むしろ戦力差が大きくて、返り討ちに遭うのがオチね。無謀過ぎる試みだわ。」
けれども僕たちは、ハワイで行われた戦いが、艦隊決戦ではない事を、よく知っている。
「要塞砲も戦艦の艦砲も、役に立ちませんでした。太平洋艦隊の大型艦で、日本軍の攻撃から無傷だったのは、その場に居なかった空母エンタープライズだけですね。パール・ハーバーを攻撃したのは艦爆と艦攻。航空機による空襲です。港内にいた戦艦8隻の被害状況は、撃沈4・座礁2・大中破2という内訳です。」
僕の御伽話を聞いた准尉は、しばらく黙ったままだった。
なので、僕は御伽話の結果も伝えておく事にした。
「でも結局は、オレンジプランの見立て通りの結果に終わりました。総合力に劣る日本側は、ジリ貧に追い込まれ、無条件降伏する事になります。パール・ハーバーへの攻撃に関しても、旧式兵器に転落する事になる戦艦などを狙うより、石油備蓄設備を爆撃するか、整備工場やドックを破壊する方が理に適っていたとする研究結果も有る様ですが、これは後知恵でしょうね。開戦から4年後に、戦艦ミズーリの艦上で、降伏の調印式が行われました。」
准尉は「興味深い御伽話を有難う。」と告げると、真っ青になっている石田さんを促して、部屋を出て行った。
ドアが閉まったのを見て、僕は来客室に岸峰さんと二人きりになってしまったのを、改めて意識した。
「岸峰さん、今更変な事を聞くようだけど、僕と同室で良いの?」
彼女はビスケットを新たに一枚手に取ると
「良いかと聞かれても困るけれど、もし片山君と別の部屋に居て、何かの弾みでキミだけが元の世界に引き戻されて、私だけがこの世界に残る破目になったとしたら、嫌なわけですよ。だから、ここは一蓮托生で行くしかない、と覚悟は決めました。……でも、襲い掛かって来たら、殺すからね。」
やれやれ……。僕は首を振ってから、岸峰さんに告げた。
「襲われる心配なら、無用だよ。衆人環視の下で、そんな事する度胸は無いから。」
彼女は手に持ったビスケットを頬張ると、
「薄々そんな気はしていたけれど、やっぱりこの部屋は監視されている、と思っているわけ?」
緊張を解す為にビスケットに手が伸びるのは分かるけれど、口から粉を噴きながら喋るのは、止めてもらいたいものだ。
せっかくの美少女が台無しだから。
「喋るか食べるか、優先順位を付けなよ。それと、いきなり未来人なんて人達が出現したら、僕だったら、監視を付けると思うね。」
彼女は間髪入れずに頷き、口の中のビスケットを飲み込む事に専念した。
それから、「それに、あの金髪美人の准尉さん……。」と言いかけたが、言葉を切った。
しかし岸峰さんの言いたい事は、よく分かる。
僕は彼女の言葉を引き取って
「『エミリー・スミス』って言われてもねぇ。『山田太郎』じゃないんだから。情報畑の人なのは、間違い無いだろう。准尉というのも怪しい。本国では、本当はオキモト少尉より、階級が上なんじゃないかな?」
「あーあ、監視されてるかもとか言いながら、バンバン口に出しちゃっているじゃない。片山君、さっきスミス准尉に、マンハッタン計画の結果は隠そう隠そうとしてたでしょう?」
やっぱり、岸峰さんは気が付いていたのか。
「でも、ほら私、尾形伍長さんに歴史の教科書を……。」
その通りだ。伍長は歴史の教科書を彼女から借りている。
伍長が中佐に報告書を上げる時には、教科書を参考資料として提出するのは間違いないから、隠すのは無駄だったんだ。
「岸峰さんの言う通りだね。僕らの世界の歴史の流れと、到達した技術については、この世界に既に情報が流出してしまっているんだ。……いや、僕たちがここへ飛ばされて来た時点で、この世界は既に、新しいパラレルワールド化してしまっているんだよ。」
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登場人物
片山修一 大戸平高校2年 生物部 詰襟学生服の少年
岸峰純子 大戸平高校2年 生物部 ポニーテールの正統派美少女
石田フミ 帝国陸軍婦人部隊 キリリとした少女
エミリー・スミス アメリカ陸軍婦人部隊 金髪の准尉
高坂中佐 独立混成船舶工兵連隊 主計中佐
早良中尉 独立混成船舶工兵連隊 技術中尉
オキモト少尉 アメリカ陸軍所属 日系二世 混成連隊に出向中
ウィンゲート少尉 オーストラリア陸軍所属 エンジニア
尾形伍長 独立混成船舶工兵連隊




