寧波港予備砲撃作戦2
帰投した偵察機の報告を受け、ハミルトン少佐は既に出撃準備を終えている攻撃部隊の将校と下士官とを、再び滑走路横の仮設司令部天幕に集合させた。
大型船の船長や高級士官は軍属で、厳密に言えば軍人ではないのだが、転移前の世界でも佐官級並みか以下の将校格の判官官という位置付けだったから、平行世界転移後の「将も兵も足りない」御蔵軍では将校扱いとなり、当然ミーティングに出席している。
出席者全員、事前の打ち合わせは充分に行ったと考えていたのだが、一夜の内に敵の近距離火力が向上しているという情報が新たにもたらされた以上、当初の案は練り直した方が良いというコンセンサスは、無理無く受け入れられた。
これが、舟山島が差し迫った危機に瀕しているという状況ならば、拙攻でも速度重視で攻撃を敢行すべきであるという意見が直ぐに採択されたであろうが、偵察結果は必ずしもそうでない。むしろ、舟山島が抱えている「長距離砲戦による被弾リスク」は低下した、と見る事も出来る。
「階級に囚われず、自由に忌憚の無い処を述べて欲しい。」
ハミルトン少佐の発言を、通訳の米国人軍曹が、そう日本語に翻訳する。
そしてノートパソコンのモニターを出席者の方に向ける。
データを御蔵島まで空輸すれば、電算室のプリンタで大きく印刷する事は可能なのだが、今はその余裕が無い。
フィルムカメラに比べて、即、撮影物を確認出来るのがデジタルカメラの利点ではあるのだが、手元にプリンタが無い今日のような場合には、銀塩フィルムで撮影した写真を印画紙に大きく印刷するアナログな方法の方に軍配が上がるのかも知れない。
この世界には、データプリンタは電算室の卓上タイプの物とマルチコピー機の二台しか存在しないのだ。
会議の出席者は席を立って前に詰めかけ、代わる代わるモニターを覗き込む。
偵察写真の気掛かりな部分を、拡大表示して検討する者もいる。
「いくら小型砲の移動が大型のそれと比べて容易であるとは言え、昨日の偵察写真と比較して急増に過ぎる。模造品の偽物ではないのか?」
「清国軍は温州侵攻に備えて、兵器の集積を行っていたはずだ。船荷にして輸送する準備をしていたとすれば、揚子江南岸の城が備蓄していた火砲を、寧波城に一時的に集積していてもおかしくはない。一概にダミーであると判断するのは危険だろう。」
「砲の操作には、知識と習熟とが不可欠である。槍や刀と違って、動員した歩兵を火砲に配置しただけでは戦力化は出来ない。砲の数が増えているとすれば、熟練の砲兵の数も増えていなければならない。『壁』に取り付いている人数全体に、大して変化の無い点が気に掛かる。」
「交代で壕に籠って、休息しているのではないか?」
「どうも敵には対砲兵戦闘に於いて、塹壕や掩体壕が有効な防御手段であるという理解が欠けているようだ。胸壁の土盛りや楯を備えても、壕を掘って陣地形成をしているフシが無い。掘るのはせいぜい空堀で、陣より前方に位置している。」
「役に立たない槍兵と、砲兵とを交代させたのでは?」
「それは有り得るな。」
「射程の短い小口径が増えても、こちらが敵の射程外から淡々と砲座を潰して行けば良いだけである。装甲艇を用いた近接攻撃のみ一時中止し、武装大発と舟艇母船搭載砲による『壁』攻撃は、早々に取り掛かるべきである。」
「砲を運用する上で、装薬量を増加した強装薬射撃を行えば、射程を伸ばす事が可能だ。舟山海岸の重砲で強装薬射撃を行えば、船舶に頼らずとも『壁』の制圧が可能ではないか?」
「そんな事をしたら、砲身は直ぐに痛む。長い目で見れば、戦力を磨り減らすばかりだ。その案には賛成出来ない。」
「清国軍が、軽砲の装薬量を増やして、強装薬射撃を試みてくる可能性は?」
「分からん。しかし、無いとは言えまい。砲身が破裂して自軍に被害が出るとしても、やる可能性はあるだろうな。」
「それならば、対岸とは少なくとも2,000の距離を置いた方が良いな。」
「距離2,000ならば、装甲艇の57㎜砲の最大射程の半分以下だ。接近し過ぎなければ、装甲艇も攻撃参加出来るな。」
ミーティングは熱気を持って行われ、尚且つ、収まる気配は見られない。
通訳の軍曹は、日本語の発言をを英語に、英語での発言を日本語に翻訳しながら、自由に発言せよと命じた少佐の試みは失敗だったのではないか、という考えが頭を過った。議論が収束する様子を見せず、徒に拡散してしまっている。
しかし、穏やかな態度を崩さず会議の成り行きを見守っていた少佐は、頃合い良しと視たのか、パンパンパンと三度大きく手を打ち鳴らして自分に注目を集めると
「各自、状況の把握と、問題点の認識は行って頂いたものと思う。それでは、スタートが少し遅れたが、『壁』を守っている敵兵団に、少し慌てて貰うとしようか。」
と、声を張って方針を述べ始めた。
少佐は一同が着席したのを見て
「第一陣は舟艇母船の諸君だ。偵察機と密に連絡を取りつつ、今朝新しく配置に就いた敵重砲を黙らせて欲しい。75㎜高射砲と野砲の両方で――弾種は時限信管の榴弾だな――砲側で作業している砲兵を叩いてしまおう。距離2,000でイケるな?」
イエッサー! と舟艇母船の船舶砲兵が声を上げる。船長(軍属 大佐並み判官官)も肯いている。
船長が大佐待遇にも関わらず、作戦に対して積極的に発言を行わないのは、彼があくまで民間人『士官』であり、軍人としての教育は受けてきていない事に起因する。これまでは軍から命令された『操船業務』にだけ携わっていれば良かったからだ。
「次は15榴搭載武装大発の諸君。君たち三隻は、一隻当たり各一門の敵重砲を潰して欲しい。砲座の位置は観て貰った偵察画像で判明しているから問題は無いな。ここ数日と同じルーチン・ワークで申し訳ないが。」
武装大発の乗組員は、舟山島と寧波とを巡る戦いに幾度も出撃した結果、海峡での山立て作業が完了しており、自艇の位置と陸上目標の間の方位と距離に関する諸元を、掌を指すように熟知している。
しかも砲弾の威力は口径150㎜を超えると、それ以下のものに比べて段違いに大きくなる。
例えば長距離砲戦で敵中戦車と対峙する場合、75㎜砲だと破壊には――稀に訪れる事がある幸運にソッポを向かれた場合には――直撃が必須だが、150㎜砲になると近弾で擱座させ、至近弾だと敵の大きな図体を転覆させてしまう。
塹壕なら近弾でも崩壊して敵兵は生き埋めになってしまうし、仮にコンクリート製の掩蓋が有っても、直撃なら叩き割ってしまう。
この時代の柔な先込め砲など、近弾を喰らっただけで歪んでオシャカになってしまうのだ。
「問題ありません。」と武装大発隊が答えたのを、通訳の軍曹は「イエス。オフ・コース。」と訳した。
「ありがとう。但し、弾数は節約してくれたまえ。金属量も火薬量も多い150㎜砲弾は、貴重品かつ金食い虫だからね。」
「仕上げは、装甲艇の諸君に行ってもらおう。」
少佐の発言に、偵察情報から本日の出撃は見送られる事に成るかも知れないな、と軽い失望を覚えていた装甲艇の乗員は歓声を発した。
「但し、距離2,000以下には近づかない事。臆病に感じられるかも知れないが、2,000オーバーでも充分に射程距離内なのだから、57㎜で数をバラ撒いてやってくれ。砲撃目標は『壁』の向こう側だ。小屋掛けしてキャンプ生活を楽しんでいる彼らが、ベッドやキッチンの後片付けをするのに、ホウキとハタキでなく、ツルハシとスコップが必要になるよう、念入りにサービスしてやろう。それでは紳士諸君、若干の変更点を理解して頂いた処で、今日の仕事に取り掛かろうか。」




