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ロング・トム移送作戦

 一隻のタグボートが、155㎜カノン砲と牽引車・弾薬車を載せた台船だいせんを曳航して、御蔵港を出港して行く。


 同行するのは、護衛の機銃搭載武装漁船が一艘と、小型の給油船一艘という小規模な船団だ。

 武装漁船には、カノン砲の操作班15名も客として乗り込んでいる。


 台船のサイズは、タグボートのそれを全長・全幅ともに遥かに凌駕している。

 しかし馬力の有るタグボートは、砲身長だけでも10m、総重量13.5tに達する巨砲と、その支援車両を積載した台船の重量を、物ともせずに牽引して前進する。

 但しトルク重視の船だから、船速は10ノット(約18.5㎞/h)にも満たない。


 タグボートの船橋で、エリオット技師は船長に

「舟山着は、何時ごろに成りましょう?」

と質問した。

 機械油が染みた帽子を被った日本人軍属のベテラン船長は「そうですな。いでいますから、ヒト・ゴ・マル・マルまでには到着出来るでしょう。あ、失礼。フィフティーン・ノ・クロック、です。順調に進めば、無給油で舟山港まで到着出来ます。」と自信を持って回答してきた。


 普段は船に乗る事が少なく、かつ船舶移動するにしても大型船ばかりに乗船しているエリオットには、ドドドドと腹に響くディーゼルエンジンの駆動音を身近で感じたり、ピッチング(縦揺れ)とローリング(横揺れ)とを繰り返したりする小型船舶の船橋は、とても居心地が良いとは思えないのだが、船長にとっては平安そのものに感じるらしい。

 これが『ナギ』だと言うのなら、『シケ』の時の船上は地獄だろう。


 「無給油で到達出来るのであれば、給油船は不要では?」とエリオットが重ねて質問する。

 舟山港に着いてしまえば、あちらには舟艇母船も大型貨物船も停泊しているのだから、帰投の際のタグボートの燃料重油の補給には、必要な分を大型船の巨大な燃料タンクから回してもらえばよく、小型給油船を引き連れて行く必要性を感じない。

 給油船が自ら燃料を消費して随行する分だけ、御蔵島の重油備蓄量が減るわけだから『モッタイナイ』と言わざるを得ない。


 「保険ですよ、エリオットさん。」船長が穏やかに応じる。「重量物を曳航するタグボートは、燃料を喰いますから。それに、仮に海が時化しけてきたら、思わぬ道草を食う事になるかも知れません。」

 その様な事にはならないで欲しいものだ、とエリオットは思った。既に胃の辺りがムカムカしているような気がする。


 「少し、下で休んでこられたら如何いかがです?」エリオットの顔色を見た船長が提案する。「眠ってしまえば、船酔いを遣り過ごす事が出来ますよ。……酒に酔ってしまえば船酔いはしないのですが、生憎あいにくこの船には、アルコールを積んではいないのです。」

 エリオットは老練な船長のサジェスチョンに従う事にした。意地を張って船橋に頑張っていても、ロクな事にはならないだろう。

 「お言葉に甘えて、横になる事にします。カノン砲を宜しくお願い致します。」




 ロング・トムを舟山島に移送するにあたって、船舶工兵の水上輸卒隊やへん水作業担当は、特大発を以ってその任務に当たらせる事を提案した。

 特大発の全長は18mあり、16.5tの貨物を積載する事が可能だからだ。

 砲身長10m、総重量13.5tの155㎜カノン砲は、窮屈ながら特大発に収まる。

 支援車両や使用砲弾は、数隻の特大発か大発に分散して積載し、特大発船団で御蔵島から舟山島までの海を押し渡ればよい。

 東シナ海の荒海を横断したりする訳ではなく、舟山群島周辺の多島海を移動するのだから、大型貨物船や舟艇母船に頼らずとも、使用舟艇はこれで充分だと言えた。


 その方法に異を唱えたのが、御蔵島所属米軍兵器工場のエリオット技師だった。

 彼はロング・トムだけでなく、倉庫でほこりを被っている試リー車(M3中戦車試作車)にも、今後の活躍の可能性を感じていたのだ。(「埃を被る」というのは、有効活用されていないとの例えであり、実際に埃まみれになっている訳ではない。)

 M3中戦車の正面装甲は51㎜あり、38㎜のM3軽戦車や25㎜の97式中戦車、12㎜の95式軽戦車や97式軽装甲車の装甲厚を凌駕している。

 武装も、胴部の75㎜榴弾砲に加えて砲塔には37㎜速射砲を搭載し、車載機関銃も3丁と強力だ。


 今後、清国の城を相手に攻城戦を行う必要があれば、至近にまで接近し75㎜砲を直接照準で城門に撃ち込む事が出来るM3中戦車は、大きな戦力になるであろう。城門攻撃用には対装甲目的用弾種の破甲榴弾を使えば良い。

 更にエリオット技師は、M3中戦車から砲塔を取り払い、ロング・トムを胴部に直接搭載して自走砲化する155㎜自走砲への改造も考えていた。

 アウトレンジ攻撃に徹する事は、味方に犠牲者を出さないという司令部方針に合致する。


 防御力・攻撃力共に強力で活躍が期待できるM3中戦車と改造自走砲だが、ネックになるのが移送手段である。

 M3中戦車は重量が27.2tもあり、特大発の可載重量である16.5tを超えてしまうのだ。

 エリオット技師にしてみれば、今後、M3中戦車を運用する事も考慮に入れて、特大発の可載重量を超える兵器を移送する手段を構築したいと考えていた。


 現段階で、特大発に頼らない重量物移送のネックになっているのは、移送先の港湾設備が貧弱で、貨物船を岸壁に横付け出来ない点が最大のポイントだと言える。

 粗末な石組みの小波止場や木製の浮桟橋程度では、大型貨物船が接岸しようと試みれば、船底が海底につかえて座礁してしまうからだ。


 この問題を打破する方法として提案したのが、台船を浮桟橋として移送先へ先行配備し、移送先の海岸で貨物船から目的物(大砲や戦車)を台船の上にデリックで移動し、その後に台船を海岸に接岸させるという手順だった。

 この方法ならば、設備が貧弱な海岸にでもM3中戦車を揚陸出来る。

 揚陸時に台船が座礁してしまっても、積載物を降ろしてしまえば船体重量が軽くなるから、台船は容易に引き出す事が出来るだろう。


 エリオットの浮桟橋方式の揚陸案は、船舶部隊の会議参加者たちからは一定の賛同が得られたが、問題点を指摘する声も在った。

 「問題になるのは華南地方の地形的な特殊性ですな。ご存知の通り、支那大陸は古来『南船北馬』と言われているくらい、南部では水運による物流が発展している。言い換えれば、小河川やクリークが数多く存在しておる訳です。網の目の様に張り巡らされている、と言っても良い。反面、地盤の緩い湿地は広く橋は脆弱です。武装ジープやハ号(95式軽戦車)が通れても、試リー車はスタックしてしまう危険性が大きい。舟山島揚陸には成功しても、支那大陸南部を見渡せば、試リー車や155㎜自走砲の迅速な展開には困難が予想されましょう。」


 更に、今では軍需物資全般の管理も行っている主計部からは

「砲一門、戦車一両を移動させるのに、毎度大型貨物船を使わなくてはいけないとなると、石油備蓄に限りがある限り、不経済に過ぎると考えられます。とは言っても、M3試作車は我が軍にとって有益な武力であるようですし、大型のデリックを装備した船でない限り揚陸の任に堪えないというのであれば、致し方ありませんが。……何か、大型輸送船に代わる輸送手段は無いものでしょうか?」

という疑問も発せられた。


 打開策を出したのは、商船隊の船長の一人だった。

 御蔵島で台船に戦車なり大砲を積載したら、そのまま舟山港までタグボートで曳航して行けば良い、と言うのである。

 「御蔵港には浮きドックの大型台船から、各種の作業台船、単なる足場用の小型台船まで、各種揃っておりますからね。戦車や大砲が積載出来る箱を一つ、任務に充てれば宜しいでしょう。それに、動力船と違って台船なら建造も簡単だ。鉄の空き箱を造るだけですから。抜けた分を補充する必要が生じても、建造は比較的簡単です。鉄資源の消費と考えれば痛いですが、鉄材が欲しい時が来たら、鋳潰してしまえば良い。」


 動力を持たない鉄箱を、舟山島まで牽引して行くことは容易に出来る事なのでしょうか、とエリオットが質問すると

 「内航用の小型タグボートでも可能でしょうね。この海域ならば。」という返答であった。「ガタイの大きなタグボートなら外洋でも、豪華客船や戦艦だって平気で引っ張れますし、見た目より強力なエンジンを積んでいる船なのです。」


 会議の結果として、155㎜カノン砲「ロング・トム」の移送には

A案 特大発による分散移送

B案 タグボートと台船を用いた一括移送

の二つの案が採択された。

 成り行きを見守って、口を挿むのを避けていた高坂中佐はその結論を受けて

「一つに絞って、可能性を狭める必要は無いでしょう。御手間ではありますが、A案・B案平行して、一門ずつ移送する事にしましょう。実行してみて、それぞれの案の有効性と欠点とを洗い出しておく事が、今後の運用に役立つと思います。」

とコメントした。


 会議を終えて、台船とタグボートとを見に港へ向かおうとしていたエリオット技師を、高坂中佐が呼び止めた。


 「Dr.エリオット、少しお話したい事が。船の手配は、こっちでやっておきますから。」

 「イエッサー、ルテナン・カーネル(中佐殿)。」


 「博士は、トランジスタという物を御存じですか? 真空管に替わる物らしいのですが。」

 「論文を読んだ事は有ります。ゲルマニウムを半導体として使用する部品で、非常に興味深い素子です。本国では実用の一歩手前にまで達しています。」

 「未来人の二人が持っていた教科書に、その半導体の解説が載っているのです。彼らの世界で実用化されているものは、シリコンを材料にしているようです。」


 「シリコンですか? 確かにシリコンを原料にしている研究も有りますが……。」

 「彼らが使用している計算機やコンピューターには、その素子を多層集積した部品が用いられているようでしてね。」

 「……なるほど。80年後の世界は、その様に進歩している訳ですか。」


 「初歩的な、シリコン・トランジスタだけでも、この世界で作れないものでしょうか? 彼らの書物によれば、トランジスタが量産されはじめるのは、今から数年後の事なのです。」

 「何ともそそられる話です。彼らの無機化学や物理学の本の、その該当箇所がいとうかしょの翻訳を、どなたかにお願い出来ないものでしょうか? 材料や機構の、何かヒントだけでもあれば、取っ掛かりが得られるかも知れません。」


 「博士が舟山でのテストから戻って来られるまでに、翻訳は済ませておきます。」

 「遼寧城砲撃までは、あちらでテストを監督している心算でしたが、『壁』への試射を終えたら直ぐに帰投いたします。」

 「お迎えには、飛行機を出しますよ。」


 「それには及びません。」エリオット技師は中佐の提案を丁寧に断った。「自分は乗り物酔いが酷いのです。貨客船でさえ、そうなのですから、増して飛行機は……どうなる事か、想像も出来ません。」


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