表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

114/417

ライフ10 98式直接共同偵察機の機首機銃換装の件

 食堂の前にはオートバイの伝令兵が待っていて

「室長、遅かったですね。寝坊でもしましたか?」

と笑いかけてくる。

 僕は鞄からVHSテープを取り出して、彼に預ける。

「ゴメン。つい、話し込んじゃって。」


 少年兵は、岸峰さんと雪ちゃんという美少女二人が僕の後ろにいるのを見て

「自分も、電算室勤務になりたいです。また新しく女の子をスカウトして!」

と敬礼すると、新町湯に向かって行った。

 一部の青少年兵に、激しく誤解されている気もするのだが……何も言うまい。


 朝のピークを過ぎたのか、食堂は空いている。

 岸峰さんと雪ちゃんは配食の列に並び、僕は急いでプロジェクタのスイッチを入れると、掲示板の記事を差し替えた。

 席から「電算室、更新遅いぞ!」という野次も聞こえたけれど、「いろいろ有るんですよ!」と怒鳴り返して気にしない事にした。

 食事を摂っている人たちが静かになったのは、北門島勢力との同盟が成った記事に見入っているからだろう。


 アルミトレイを手にして配食の列に並ぶと、今朝のメニューは

○マーマレードを塗った固めに焼き上げてあるパン

○刻んだ菜っ葉入りマッシュポテト(菜っ葉は乾燥野菜なのかも)

○温かい脱脂粉乳

というものだった。

 よそってくれる炊事班の人は「二十日大根とモヤシのサラダも有ったんだが、そっちはもう売り切れ御免でね。塩ッ気が足りないと感じたら、ポテトに塩を振ったらいいよ。」と、塩の小瓶を薦めてくれる。

 今回は食べ損ねたが、二十日大根やモヤシは、大食堂の献立に載せる事が出来るほどの量、栽培が進んでいるみたいだ。


 朝食を載せたトレイを手にして辺りを見回すと、岸峰さんが椅子から立ち上がって手を振ってくれていた。

 器になみなみと注いである脱脂粉乳をこぼさないよう、注意して彼女らが待ってくれている席に向かう。

 「片山ァ、久しぶりだな!」という声に目線を上げると、江藤大尉が岸峰さんたちと一緒に席に着いている。

 「お早うございます。大尉殿。」トレイをテーブルに置いて敬礼するが、大尉殿は手を振って「飯の時くらい、敬礼はよせよ。」と渋面じゅうめんを作る。「まあ、今日は飯でなく、メンポウ食だけどな。」


 雪ちゃんが食前の祈りを終えるのを待って、皆で食事に取り掛かる。

 「近頃は、電算室においでになられませんね。」と大尉殿に話を振ると

「司令部会議室と空港の詰所を、行ったり来たりするばかりだ。航空司令なんて肩書を担っても、やってる事は機体とパイロットの手配師だな。それと整備班の苦情聴きと。たまに、じゃくに訓練を付けると称して、練習機で離発着やら計器飛行の演習をさせる時くらいだぞ。空に上がれるのは。」

と小声でタメ息雑じりの愚痴をこぼす。


 「江藤様は、凧に乗っておられないと、苦しゅう思われるのでございますか?」

 脱脂粉乳を一口飲んでみて、思わず顔をしかめた雪ちゃんが、そんな質問をする。

 「おう、そうですな。飛行機乗りというモノは、空に憧れてその道を目指した生き物ですから。目や腕が鈍って空中勤務に耐えられなくなる時まで、ずっと飛んでいたいのですよ。」大尉殿が厳つい顔をほころばせて返事する。「雪姫さん。飲み難かったら、こう、パンを浸して吸い込ませてから一緒に食べると良い。」


 「大尉殿、お行儀が悪いですよ。雪ちゃんが真似まねをするじゃないですか。」

 脱脂粉乳にパンを浸してみせる大尉殿に、岸峰さんが文句を付ける。「雪ちゃんは出る処に出たら、小倉家の姫なんですから!」

 「固い事を言うなよ。飲めずに残してしまうよりかはマシだろう?」大尉殿が抗弁こうべんする。「実を言うと、自分もこの脱脂粉乳は苦手でな。」

 「凧頭たこがしらの江藤様にも、不得手ふえてなものがお有りとは!」と雪ちゃんがビックリしている。「凧をって空を舞う、万夫不当ばんぷふとうの英傑であられますのに?」

 正面切って美少女から『万夫不当の英傑』と称されて、江藤大尉は明らかに照れた。

 「恥ずかしながら、その通り。ついでに言っておくと、苦手なのは脱脂粉乳だけでなく『オバケ』も、だ。」

 大尉殿の告白を聞いて、岸峰さんは口の中の物を吹き出しそうになった。

 そう言えば、大尉殿はフィラデルフィア実験の顛末を聞いた時にも、気味悪そうにしていたんだっけ。


 僕は雪ちゃんに「脱脂粉乳には、血や肉を作る元になるタンパク質と、骨を丈夫にする元のカルシウムが沢山含まれているからね。成長期のキミは、多少お行儀が悪くても全部飲んだ方が良いんだよ。慣れるまでは大尉殿の言う通り、パンを浸すのも悪くないね。」、と言っておき、岸峰さんの反論を封じるために大尉殿に「整備班からの苦情って何です? お会いして見学させてもらった限り、腕利きの玄人くろうと集団の様に、今まで感じていたのですけど。」と早口で質問する。


 大尉殿は「おお、それそれ。」と頷くと

「陸軍は新型戦闘機に搭載するのに、米軍にブローニングの12.7㎜重機を発注していたんだが、それが輸送船で大量に届いているんだな。M2重機関銃の航空機搭載タイプで、AN-M3ってヤツだ。戦車やジープに搭載しているのと同シリーズだから、威力や機械的信頼性は折り紙付きだ。今、98式直協偵察機に積んでいる7.7㎜とは威力の点で比べ物にならん。整備班の、特に上の者はAN-M3に惚れ込んでおってなぁ。」と溜息を吐いた。「技術屋としては、分からん話ではないのだ。整備班としては98式の機首機銃を、直ぐにでもAN-M3に換装したい処なのだ。」


 この話題には岸峰さんも興味を引かれたようで、雪ちゃんがジャブっとパンをミルクに浸したのを咎めもせず

「数が揃っていて威力も強力ならば、機関銃の換装を進めてしまえば良いのに、なぜ止めているんですか? 航空戦力を持たない清国軍相手には、12.7㎜はオーバースペックとか?」

と、大尉殿の顔を覗き込む。

 「地上陣地攻撃や船舶攻撃も行うのだから、航空機の搭載機銃の口径が大きくなるのは、悪くない。」

 大尉殿は真面目に解説してくれる。

 「けれども、換装に携わる手間と時間が無いのだよ。航空隊整備班からも、特設武装フェリーや貨物船の艤装に人を出しているからね。偵察機の後席から降ろしたルイス機銃は、大特や漁船を簡易武装化する時の搭載機銃としても、持ってこいだし。だから今は残りの人員で通常業務をこなすので手一杯なのだ。それに加えて新技術の導入は、色々と厄介な点も有ってだな、機首機銃はプロペラと完全同調させないと、プロペラを撃ち抜いちゃうだろう? 今まで扱った事の無い機銃を載せるのは、難しいんだ。しかも、携行弾数を同じだけ持たせようとすれば、銃身や弾薬重量が重くなるからトップ・ヘビーになって機体バランスが狂う。電算室から借りているパソコンが有るから、機体を補強して全体のバランスを取り、機銃を12.7㎜に換装した場合の航続距離なんかを表計算ソフトで計算させてみたのだが、安全を見込めば爆装無しで400~600㎞がせいぜいだな。行動半径は片道200㎞以下になってしまう、って事だよ。計算の上だけでもね。」


 「索敵機と襲撃機とを分けなきゃいけないって事ですね。」

 僕の指摘に大尉殿は頷くと

「爆弾を持たない襲撃機で、だ。まあ、爆弾でなく口径の大きな機銃の方が使い勝手が良い局面は、この先出て来るやも知れんが、今は保留するしかあるまい。現在の処は技師連が細々と研究をしている程度の力の入れ方だ。造船廠から人が戻って来れば、もう少し大掛かりに進めるよう、意見具申すると連中を押さえてはいるが。」


 食事を終えて電算室に戻るが、まだ誰も来ていない。

 僕は、立花少尉に貸してある『鍵』はどうなっているのだろう? と、ふと思ったが、溜まっている洗濯物を済ませてしまう事にした。

 岸峰さんと雪ちゃんも、彼女たちの洗濯物を抱えて一緒に洗濯室に行く事となった。

 彼女たちの手元に視線が泳がないよう、目の前の金盥かなだらいに集中していると

「なんだ片山、洗濯中かぁ。」と背後から立花さんの声が聞こえた。

 切羽詰まった様子ではないから、急いではいないのだろう。


 「少尉殿、お帰りなさい。絞りまで済ませてしまいますから、よろしければ部屋で待っていて頂けますか?」

 僕は北門島での負傷者発生の顛末を聞きたいので、彼女にそうお願いする。

 彼女は「心得た。」と返事すると「雪ちゃん、片山に覗かれないよう、注意して洗濯物を干すんだぞ。」と余計な一言を残し、洗濯室を出て行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ