ライフ5 釣り好きはスナメリが大嫌いな件
食事を終えて電算室に戻ると、女子会は一区切り付いた処らしく、無事に部屋に入れてもらうことが出来た。
逆に「遅っそおおい!」と、岸峰さんと古賀さんからブーイングを喰らう始末だ。
理不尽ナリ!
「皆でお風呂に行ってから、ゴハン食べて来るからね。まあ、無人にしてても問題無いんだけど、一応、キミが戻って来るのを待ってようって事になってさ。」
岸峰さんが、どうよ雪ちゃんの美少女ぶりは! と婦人部隊の制服を着用した雪さんの背中をバシバシ叩きながら主張する。「あんまり綺麗なんでチョッと妬けるけど、姉貴分としては鼻が高いわ。」
そう言う彼女も、既に婦人部隊のスーツに着替えている。
自分も一緒に着替えながら、雪さんに洋服の着方を教えていたみたい。
石田さんが「片山さんを追い出しておいてから、入室許可も出さずにお風呂に行ってしまっては、戻って来られた時にお困りだろうと思いまして。」と待ってくれていた訳を説明してくれる。
当の雪さんは、着慣れない服装に少し顔を赤らめて
「私のような者にも、似合うておりましょうか?」と、当惑しながらも楽しそうだ。
岸峰さんの寝台の上には、彼女のセーラー服の他に、秘蔵のレオタードやブルマまでが散乱してるから、雪さんは散々着せ替え人形にされていたのだろう。
野郎ドモなら、メンドクセー! ってなる処なのかも知れないけど、女性というのは色々な衣装を「とっかえひっかえ」試してみるのが大好きという一面を持っている事がママ有るので、それなりに嬉しかったのかも知れない。
「似合ってます。仕事が出来る女、って感じです。」リクルートスーツを着た新入社員みたいだ、なんて事は言わない。まあ、多分、その方がいい。
キャロラインさんも「Yes.So cool!」なんて言ってくれているし。
雪さんは益々赤くなって「さようでございますか。この服に負けぬよう、精進致します。」と決意を述べる。
「大丈夫、大丈夫。そんなに肩に力を入れないで、気楽にね。最初っから、何でもコナセる人なんていないから。地道に育って行けば良いんだよ。」岸峰さんはそう言って雪さんをリラックスさせてから、僕に対しては
「キミは本当に分かっていないねぇ。全く違う世界に来たのに、仕事が出来る、なんて言われたらプレッシャーになるでしょう? ここは『可愛いね!』とかがベスト・チョイスなんだよ。本当にポンコツなんだから。」
と痛い処を突いてくる。
いや、まあ、それを考えなかったのではないのだけど、あまり雪さんの容姿を褒めると、岸峰さんが機嫌を悪くするんじゃないか、なんて考えが頭を過ったから、あんな回答になったわけで……。
「片山サンが朴念仁なのは、今日に始まった事ではありませんから、大目に見といてあげても良いんじゃないですか?」座敷童の古賀さんが、一見ディスっているように見える微妙なフォローを入れてくれる。なんだか今日は、彼女から助けてもらってばかりいるような気がする。
続けて彼女は「第一、片山サン、今夜は何処に寝る心算なんです?」と質問をぶつけてくる。「長椅子は備品室に持ってっちゃっているでしょう。ここにある固い椅子を並べて、毛布かぶって寝るんですか?」
「いやぁ、君たちがお風呂に行ったら、備品室から担いでくるよ。」
転移してからのここ二週間ほどには、木銃(模擬銃)装備で匍匐前進からの突進や、円匙(スコップ)を使っての塹壕掘りなんかの訓練にも参加していたから、学園祭の準備をやっていた時分に比べると筋力は付いている。前傾姿勢で背中に乗っければ、長椅子を運ぶくらいヘッチャラだ。
でも本当の処は、二週間ばかしの短期間の内に筋肉が付いたというよりも、それを「こなせた」という自信が、それくらい出来るという意思に昇華しているのだという気がする。
「それか、二つ折りにした毛布を床に敷いて、携帯天幕(ポンチョ)を上に掛けても寝られるさ。風邪をひく季節でもないから。」
「何だかマッチョみたいな物言いをするね。」と顔を顰めたのが岸峰さん。「じゃあ、石田さん。雪ちゃんを案内して先に行ってて貰えませんか? ポンコツが床に転がっていたら、夜中にトイレに行く時に、絶対に踏んじゃうと思いますので。」
石田さんは吹き出して「岸峰さんは、間違い無く踏むね。片山さんの居所が分かっている上で。」と返答すると「それでは、雪ちゃん。お姉さんたちと先に行きましょう。……ちょっとの間、片山さんと岸峰さんを、二人きりにしといてあげるためにも。」
出がけに石田さんが妙な事を口にしたせいで、僕たちは何となく無口になって備品室へと向かった。
借り出し簿に記入してから、二人で長椅子を持ち出す。
岸峰さんは椅子の片端を「よいしょゥ!」と気合を入れて持ち上げると「お夕飯の献立は何だった?」と質問してくる。
「サメの煮付けとアミのお吸い物だったんだ。」
「なにそれ?!」
「いや、意外にも美味しいんだ。」
「ふぅん。……昨日は、イルカの肉ジャガと乾燥ワカメの澄まし汁だったけど、それも美味しかったかな。」
ここで会話が途切れてしまうと、また気まずい沈黙が訪れてしまうかもしれないので
「そうそう。今日の新聞の更新分の記事、書いたの誰だか分かる? あの漁獲量のグラフのヤツ。」
と話題を捻り出す。
「ああ。主計の曹長さんだよ。入力とグラフ作成は私だけど。」
「漁獲量は、月が暗くなったら予想通り回復するかな?」
「どうなんだろうね? 曹長さんは、魚が嫌がるのはサメよりも寧ろイルカの方かも知れない、みたいな事を言っていたけど。漁労班の人は、そう考えているみたい。記事には出来ない内緒話って風に、教えてくれたんだけど。」
イルカや歯クジラ類は、超音波で魚を追い、時にその衝撃で目標の魚を失神させたりする事も出来る。
生物部の釣り好きが「唐津湾にスナメリが入って来ると、湾の魚がバタッと釣れなくなる。」なんて事を駄弁っていたのを思い出した。
電算室に長椅子を運び込んで、簡易寝台の横に並べてから、岸峰さんに有難うを言う。
「それと、ここ数日、留守にしてゴメン。それから小倉さんを、勝手に電算室に連れて来てしまって……。」
僕があんまりにも情けない顔をしていたせいだろうか、彼女は、皆まで言うな、とばかりに僕の発言を片手を上げて封じると
「片山くんは、もっと堂々としていて良いんだよ。私が不機嫌になるのは、私の方が理性的でないせいだということくらいは、分かっているんだ。私は気分屋だし、不合理・不条理の塊だし。」
彼女はニパっと笑顔を作ると「じゃあ、サメを食べてくるよ。」と言ってから
「ベッドの上、散らかしっ放しになってるけど、服とか触ったらダメだからね。猫にカツブシ放置みたいで気が引けるけど、急いで行ってこないといけないから!」
と部屋を飛び出して行った。
取り残された僕は、数日分溜まった洗濯物を急いでやっつけてしまうかな、と考えてから、やはり北門島訪問記の新聞向け記事を先に書いてしまう事にした。
公開してしまう部分と、しばらくは寝かせておく部分とを、慎重に選り分けなければならない。
中佐に提出した報告書を一部流用するにしても、小倉隊との邂逅や上陸時の記念撮影など書き加えなければならない事も多い。
雛竜先生の結核の事は伏せるにしても、南明朝の天才軍師の話は、読者に同盟を納得してもらう為にも避けて通れないだろう。
福州軍と温州軍との微妙な関係については触れるべきかどうかなど、悩ましい事案も多い。
岸峰さんや雪さんが戻って来るまでに、記事の目鼻が付くかどうか、彼女の服に気も漫ろになっている余裕は無いのだ。
……恰好を付けました。気にならないはずがない。
けれど、これは彼女との信義の問題だ。
戻って来た彼女の目をちゃんと見る事が出来るために、僕はパソコンを立ち上げる。




