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ライフ3 挽きたてコーヒーを飲んだ後、部屋から追い出された件

 「姫様、どうぞこっちへお座んなさいまし。コーヒーとクッキーが有るからね。キャロラインさんとオハラさんには、もう試してもらったんだよ。」

 茂子姐さんが魔法瓶からコーヒーを注いでくれる。


 「試すって言うと、代用コーヒーの試作品ですか?」

 第二次大戦も後半になると、物資が欠乏したドイツ軍は、タンポポの根を焙煎して代用コーヒーとした、なんて記録を読んだ事が有る様な気がする。

 「そんなまがいモンじゃありません。アメリカさんが輸送船に積んでおいた豆を分けてもらったんですよ。直接持って来てくれたのは、滋養亭によく牛乳を飲みにいらっしゃっていた船長さんからなんだけどね。焙煎前のコーヒー豆があるけど、焙煎器を降ろすのは大変だから、何とかなるかって。」

 いい匂いだ。「挽きたての香りがします。滋養亭には焙煎器も置いてあるんですね。」


 茂子姐さんは「さあ、どうぞ。姫様にはちょっと苦いかも知れないけど。飲み難かったらミルク入れてあげますからね。無理せずに、おっしゃって下さいね。」とカップを渡してくれてから「焙煎器が無いんで、焙烙ほうろくで炒ってみたんですよ。ミルは有るんだけど。」と教えてくれる。「ミルが無かったら、抹茶用の石臼を使わなきゃいけないトコさ。」


 カップに口を付けると、苦みとコクよりも爽やかさの勝った酸味を感じるコーヒーが舌の上で踊る。

 「深煎り好きの人には物足りなく感じるかも知れないけど、ちゃんとお金の取れる出来栄えですね!」

 姐さんは「生意気言うんじゃありませんよ。コッチはミルクホールの店主なんだから。」と苦笑してから「でも、アリガトね。修さんの太鼓判なら大丈夫かな。」


 コーヒーを飲みなれない雪さんには、アメリカンとはいえブラックは苦かったらしく、舌を出して顔をしかめている。「おっ……美味しゅうございますぅ。」

 「ああ、姫様。無理はいけません。練乳を入れてあげましょう。」

 姐さんはコンデンスミルクの缶から、トロリとした練乳を雪さんのカップに垂らす。「これで、甘くて飲みやすくなったと思いますよ。」

 練乳コーヒーにしてもらった雪さんは「これは甘美でございますな。結構な、お手前で。」と満足そう。

 クッキーも一人で全部食べてしまった。


 けれど、焙煎前の生のコーヒー豆にコンデンスミルクの缶か……。

 これ、今日の御蔵島の一般的な配給品じゃないよね。

 米軍は潤沢な補給物資を戦地に送っていたから、輸送船に日用品・民生品が積み荷で存在していても不思議は無いとはいえ、物品は共同財産として管理されている訳で。

 棚卸チェックするのは主計の係官だが、集計は、ここ電算室で婦人部隊の人が表計算ソフトで入力している。

 「新田さん。まさかヤミ屋でも始めたんじゃあ?」

 冗談っぽく、茂子姐さんに探りを入れてみる。


 「嫌ですよ、ヤミ屋だなんて。……まあ、でも修さんが不思議に思うのも無理はないね。これは司令部を通じてのチャンとした依頼でね。今日の消費分に集計されてますよ。」


 茂子姐さんの解説は、こんな感じだ。

 御蔵島の住民には全員に、軍事系なり生産系なり、何らかの仕事に志願するよう依頼がされている。

 工場も、生産を絞れる分野の職員は、他の工場に応援に回ってもらったり保安系の仕事に就いてもらっているし、中には志願して舟山島の前線で新兵として兵役に就いている者もいる。

 それは船乗りについても同様で、港で待機中の貨物船や商船(貨客船)の乗組員は、機関畑のエンジニアは工場へ応援に出たり造船所で働いたりする者が多い。(最低限、保守要員は船から離れられないため。)

 甲板員や操舵系の人材は船舶兵や船舶砲兵に編入されて訓練中で、船医は御蔵病院か舟山仮設診療所で勤務している。

 工場職員や船員の中には、以前の職歴や特技を活かして、農・魚業や畜産系の仕事に従事している者もいる。

 転移発生からの緊張状態で、司令部の指導も良く潤滑油の効いた機械のように回転している御蔵島社会だが、高坂中佐には危惧も有った。

 それは、冗長性の少なさだ。

 効率を追求してギリギリの処で運転を続けていると、何時しか社会全体が疲弊してしまう。

 蓄積疲労で社会が圧潰してしまう事態に陥るのは、何としても避けなければならない。

 そこで考え出されたのが、新港地区での娯楽施設の復活だ。

 娯楽施設といっても新町湯は既に営業を行っているから、それ以外に、菓子や酒を取り扱う「酒保しゅほ」や喫茶店程度のささやかな施設に過ぎない。

 島で生産が開始されるまでは、娯楽施設で提供される品物は備蓄品からの特別配給となる。

 コーヒー豆や缶入りミルクも、ミルクホール「滋養亭」の営業再開を求められての特別配給だったのだ。


 「今までにも、コーヒー、紅茶もメニューには載せてたけど、ウチの本業はミルクホールじゃないか。だからコーヒーを点てるのには、実を言うとちょっと自信が足りない気味でね。」

 「牛乳も飲めるようになるんですか?」そうなったら、ちょっと嬉しい。

 「ん~。牛乳はまだ先の話だね。畜産班が山羊乳なら少しは卸せるみたいな事を言っているけど、飲みに来る人がどの位いるか、まだ分かんないんだよ。山羊乳コーヒーは、あんまし評判が良くなかったし。チーズを作ると美味しいらしいんだけど。」

 なっ、ナルホド……。


 「それじゃあ、修さんも戻って来た事だし、アタシは店に帰るとするか。」

 姐さんは空の魔法瓶と缶入りミルクを手にすると立ち上がった。

 「あ、新田さんに一つ質問なんですが、下の会議室、結構白熱した議論に成ってましたけど、問題が起きているんですか?」

 「ああ。何でも舟山島に大きな大砲を運ぶらしいんだけど、その方法でモメているんだそうだよ。」

 「へえ。どんな方法で運ぶのですか?」

 「詳しい事は知らないんだけど、そのまま運ぶかバラシて運ぶか、みたいな。」


 それじゃあねぇ、と姐さんが退出すると、キャロラインさんとオハラさんも立ち上がった。

 二人は、僕と茂子姐さんとが話し込んでいる間、雪さんと微妙に噛みあっていない忍者談義に花を咲かせていたが、そろそろ帰隊するようだ。

 けれどもその時「お待たせェ!」という元気な声と共に、岸峰さん達が乱入して来たので、帰りそびれてしまった。

 岸峰さんは「雪ちゃん! 新しい服、持って来たよ。」

 石田さんは「ベッドの敷布や枕も、新しい物と換えましょう。」

 古賀さんは「さ! 片山サンは外に出て! これから、男子禁制の着替えの時間です!」


 そのお祭り騒ぎに巻き込まれて、キャロラインさんとオハラさんもキャッキャし始めたから、僕はタメ息を吐いて外に出た。

 食堂で夕飯を食べて来よう。そう言えば、今日はお昼も抜いている。

 どおりで、お腹が鳴っているわけだ。


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