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寧波の壁4

 「敵軍の指揮系統を潰すという考えは、当然討論されて然るべきでしょうね。」

 高坂中佐は奥村少佐の言にうなずいたが、「けれども寧波城爆撃が、提案の第一案件にならなかったのは敵高級将校の所在が掴めていないから、ですね?」と続けた。


 「おっしゃる通りです。」奥村少佐が、その様な議論が為されたのを認める。「寧波城の中枢を叩いても、南京辺りの方面軍司令官からの指示で作業が進められているならば、寧波城爆撃で壁製作工事進捗を妨害するのは一時的な効果でしかないでしょう。それに、手持ちのカードを一枚、場に晒す事になります。」

 出来れば、敵方面軍司令官と参謀集団から成る指揮中枢を、まとめて一気に『取り除く』事が出来る手段を、我々が持っている事は清国に対して秘匿しておきたいと結論しました――こう、奥村少佐は会合の結論を説明した。


 高坂中佐はその結論に理解を示した。

 けれども「壁を構築する事で、清国側にはどの様な利益が得られるのでしょうね? 我が方の上陸を防ぐのが目的ならば、海岸線に小銃兵や小口径砲を重点的に配備した縦深陣地を構築する方が、住民を多数動員して壁を築くよりもコストパフォーマンスに優れている様に思われますが。これでは、寧波近辺の民生品生産活動に支障をきたしてしまうでしょうに。」と、疑問点も指摘した。


 「恐怖に駆られて、冷静な判断力を失っているのかも知れません。中国の歴史では、異民族の侵入に対して長大な壁を築く事は、秦の時代より連綿と受け継がれています。」奥村少佐は、壁建設の動機をそう推理した。

 長城建設が始まったのは、紀元前214年の始皇帝の時代からの事業である。

 現存する長城が一応の完成を見たのは明代に入ってから、それも1500年代も後半の時期なのだから、途中で中断された期間はあるが1800年間も掛かっているプロジェクトだ。

 殊に明清戦争では、長城東端の山海関を巡る激しい攻防が繰り広げられたため、中国人の『壁』に対する心理的欲求は抜きがたいものがあるのかも知れない。


 「壁の内側に籠って出て来ない心算ならば、放っておいても良いのですが……私たちは、その間、好き勝手に事を進められますからね。」高坂中佐は腕を組んで下顎を撫でる。「寧波側から、大口径砲による砲撃が行われた事が気にかかります。」

 第二次上陸作戦を清軍が決行した際、小型船で直上陸を行う前に攻撃準備射撃風に行われた砲撃の事だ。

 たった5発の、それも照準の定かでない実質弾による砲撃は、舟山島に何の被害を及ぼす事は無かったし、偵察機の地上掃射で砲は直ぐに沈黙したから、ジョーンズ少佐やハミルトン少佐は脅威を感じてはいなかったが、高坂中佐は清軍の砲撃が舟山島に届くという事実を小さなものとは看做していなかった。

 「金属の塊である大口径砲を、人力や馬匹牽引で移動させるのは簡単な事ではないと思いますが、20門、30門と数を揃えられると、マグレ当たりしか起きないにしても、そのマグレの確立が上がってきます。壁沿いにズラリと並べられたら、軍人はともかく、民間人は安穏として生活出来ないでしょうからね。」


 「舟艇母船の75㎜で定期的に壁を叩きますか? 15榴搭載武装大発を使っても良いですが。」

 奥村少佐もその点に引っ掛かっていたので、対案は直ぐに出せた。

 陸戦隊を揚陸させて対岸を確保する事も考えたが、清軍の動員力を考えると味方の犠牲が皆無というわけにはいかないだろう。

 けれども現在の処では、口径の大きな砲を搭載しているのが舟艇母船と2隻の15榴搭載武装大発だけなので、海峡に張り付けておくにも限度があった。

 北門島に出張っている大津丸と海津丸とが戻って来るにしても、舟艇母船は全6隻しかない。

 まともな港湾の無いこの時代には、特大発や大発と言った上陸用舟艇の運用が得意な舟艇母船を、単なる砲艦として酷使するのは贅沢に過ぎる。

 予備資材からの武装大発の建造や、輸送船の改修や砲の搭載が急ピッチで進められているにせよ、完成や操作員の習熟には時間が必要だ。

 「或いは、装甲艇による近距離砲撃や、迫撃砲を搭載して大発を簡易砲艇として使用する事も考えられます。」


 高坂中佐の提案は、奥村少佐にとっては意外なものだった。

 「倉庫に眠っている、米軍の155㎜カノン砲を使ってみては如何でしょうか? 試射もしておきたいし、あれならば海岸だけでなく、城まででも砲弾が届くんじゃありませんかねぇ。」


 米軍の155㎜カノン砲 通称『ロング・トム』は、最大射程23㎞を誇る長距離砲だ。

 但し御蔵島には、アメリカ本土で完成し、分解して船積みされた同砲を、組み立てた者や整備した者はいるけれど、実際に射撃に参加した者は皆無だ。

 最大射程23㎞というのも、マニュアル上でのカタログ・スペックとして知っているのに過ぎない。

 「米軍工場のエリオット技師から、完成品で試射してみたいという意見申請が有りましてね。御蔵島から海に向かって試射するのも勿体無い話だし、ジョーンズ少佐の頭越しに許可を出すのもどうかと思っていた処なのです。エリオット技師は、M3中戦車試作車の車体に155㎜カノン砲を搭載して、自走砲化する考えも持っていらっしゃるみたいでしたが、先ずは完成品のカノン砲として使用してみては如何でしょう? また分解して輸送し、舟山島で組み立てる手間は掛かりますが。その間は、少佐の御意見通り装甲艇に頑張ってもらうしか無い様です。」


 「了解しました。それでは舟山前進司令部と連絡を取ります。」

 奥村少佐が敬礼すると、高坂中佐は答礼しながら考え込むように付け加えた。

 「これは、言わずもがなの事かも知れませんが、砲撃に向かう装甲艇には57㎜の最大射程よりも余り敵陣に近付き過ぎるなと注意を与える様に伝えてくれませんか。それと、土嚢など増加装甲を装備すること。敵は迎撃に面制圧が可能な榴散弾を使って砲撃して来るかも知れません。ロング・トムが到着するまで、敵の行動への遅延効果が出れば良い作戦なので、無理に有効射程まで接敵して被害が出るのは避けたいのです。」


 奥村少佐が通信室に向かった後、高坂中佐は婦人部隊員から認可申請の報告の山を受け取っていた。

 山、と言っても申請内容が山の様だという事で、使用する紙は一枚に収められるよう、細かい字で裏表にビッシリと書き込まれている。

 「肥料工場の主任と、蓬莱人職長からの共同提案です。魚粉肥料は、肥料として一次使用するよりも、養豚・養鶏の飼料として用い、排出される豚糞・鶏糞を肥料として使用する方が無駄が無い、との意見です。畜産班の班長と漁労隊隊長からも同意を得て、肥料工場の工場長が是非実施してみたいと認可を申請しています。」

 「合理的な案ですね。ぜひ実施するようお願いして下さい。」


 「次に、明国船への焼玉エンジン搭載の件ですが、鹵獲した船には、構造上の問題で機関室を設けるには大幅な改修が必要、と新港の造船所から報告が上がっています。一度バラして、板材として再構築する事になりそうです。むしろ、海戦では無力だった川舟の方が、補強して船底をV字にし自動車用ガソリンエンジンを積めば滑走艇として使えそうとの事で。」

 「燃料にガソリンを使うのも、自動車用エンジンを使うのも……極力避けたい処ではありますが……試作艇の製作をお願いして下さい。量産化は未定という事で。それと、焼玉エンジン搭載艇は、困難は理解しますが量産に向かって欲しいと。油と名の付く物なら何でも燃料に使える焼玉エンジンは、この先、大きな力になってくれるでしょうから。」


 「承知しました。新港造船所での焼玉エンジン船改修を見学した御蔵側の造船廠の技術者からは、小型の石炭蒸気エンジンを搭載してはどうかという提案が上がっています。」

 「石炭蒸気エンジンですか?」

 「はい。数は減りましたが、御蔵港に居る輸送船の中にも石炭ボイラーの船が未だ現役である、との事で。アメリカ船籍の貨物船にも石炭燃料船がいます。石炭や薪等を燃料とする船は、先の大戦時までは軍艦としても現役であったし、小型船向けならばかまを作るのも難しくなかろう、と。」

 「お話を伺ってみたいですね。その技師の方の手が空いたら、司令部まで来てくれるよう頼んでいただけますか?」


 「承知しました。エンジン関係では、他にアメリカ軍の技師の方からアルコールエンジン車の話が。」

 「アルコールエンジン……。T型フォードを触った事のある方でしょうか?」

 「構造が単純だし、部品点数も少なく整備も簡単である、と。エンジンの鋳型さえ作れば、車体は別として、タイヤを回して動くモノは作れるらしいです。アメリカ軍と軍属には、T型フォードを触った事が無い者はいないとまで豪語していらっしゃるみたいなので、お話をお聞きになっては如何でしょうか。簡単な自動車エンジンが作れるようになったら、儲けものですし、先ほどの滑走艇に搭載出来るかも知れません。」

 「なるほど。石炭蒸気エンジンと同じく、有望そうですね。……鋳鍛工場では工場長や技師の皆さんが頭を抱えてしまうかも知れませんけど。切削加工の人たちも……怒り出してしまわなければ良いですけれどね。」


 「では、提案者をお呼びする事にします。次に……」

 最高司令官である高坂中佐の受難は、まだまだ続くのだった。



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