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パラ10 相対性理論と第二次ノモンハン戦の件

 スミス准尉は、来客室の紅茶茶碗にコーヒーをれると、「遠慮なく召し上がれ。」と勧めてくれた。

 僕と岸峰さんが「いただきます!」と、ビスケットに手を伸ばしたところで、彼女は

「立ち聞きする心算つもりは無かったのだけれど、アインシュタイン博士の話題が出ていましたね?」

と訊いてきた。

「博士は未来で、どんな評価を受けているの?」


 これは答えるのに微妙な質問だ。

 一介いっかいの准尉が、この時点でアインシュタインの名前を知っている事が有り得るだろうか?

 彼女はただの軍人と言うよりも、情報部畑の人間であると考えておく方が良いのかも知れない。

 原爆開発に関するマンハッタン計画の顛末てんまつ絡みの部分は伏せて、相対性理論では「時間」に限った話題でお茶をにごそう。

 これは「世間話せけんばなし」という立ち位置での会話だから、科学的な正確さを要求されているわけではない。


 僕は「光の速度と時間の関係に関する理論で、20世紀でも最高級の科学者との評価を得ています。私は生憎あいにく、生物系に進みたいと思っているので、物理学にはうといのですが。」と前置きしてから「先ほど石田さんと話をしていたのは、光の速度に近い速さで移動すると、時間の進みが遅くなるという仮説なのです。」と続けた。


 准尉は「不思議な話ね。光の速度を突破すると、どうなるのかしら?」と重ねて質問してきた。

 この質問には、警戒して返答する必要は無いだろう。

 しかし、変な地雷を踏まないためには、回りくどく分かり難い説明をする方が良いかもしれない。


 「光の速度は絶対的な物で、それに近づく事は出来ても、突破は出来ないと長らく考えられていました。しかし、素粒子と呼ばれるものの中には、光速を突破出来るものが存在する事が分かってきました。存在を証明出来たのは、私たちの時代でも最近の出来事です。光速を突破するとどうなるかは、サイエンス・フィクションを含めて様々な思考実験がなされていますが、時間が逆行する、というのがコンセンサスの一つです。」

 真面目に物理を勉強しておけば、数式を多用して、もっと准尉をけむに巻く事が出来るのに……と悔やまれる。


 僕の返答を聞いた准尉は、やはり

「あなたがたは、光の速度を超えて、ここにやって来たの?」

と、喰い付きやすい部分めがけてたたみかけてくる。

 「いえ、違います。私たちの時代においても、超光速どころか亜光速の移動手段すら存在しません。私たちがここへと飛ばされてしまったのは、たぶんもっと別の仮設、多次元空間の平行世界への移動じゃないかと思います。」


 「どういう事?」

 よし、原爆製造絡みの話からは、話題をらす事が出来たみたいだ。准尉の興味も平行世界へと移行した様だし。

 日本とアメリカが第二次大戦で戦った事は、准尉や石田さんの前では触れたくない事象ではあるけれど、どのみち避けては通れない部分でもある。

 「僕たちの世界では、日本はドイツ、イタリアと同盟して、アメリカ・イギリス・ソ連・中華民国と第二次世界大戦を戦っています。しかしここでは、アメリカと連合して、独ソ同盟と対峙たいじしている状況ですよね?」


 僕の言葉を聞いた石田さんが息をみ、准尉の表情がけわしくなった。

 何時いつもなら、もっと騒々しい岸峰さんが、沈黙を貫いてくれているのが有り難い。察しの良いヤツだから、僕が微妙な綱渡りをしているのを、邪魔しないよう気遣ってくれているのだ。


 「それは聞き捨てならない御伽話おとぎばなしね。」准尉は少し語気ごきを強めて反論してきた。「どうしてアメリカが、世界に共産主義革命を輸出しようとしているソビエトと連合すると言うの? 国家社会主義ドイツと同盟を結んだソビエトは、西方の脅威が無くなったのを良い事に、極東に大軍を回して来ているのよ? 第二次ノモンハン事変で、満州まんしゅう国の一部が実質的にソビエト領になった以上、アメリカと組んでソビエトを牽制するのは日本にとって悪い話では無いはずだわ。」


 「満州国は、どのくらいまで押し込まれているのですか?」という僕の質問に、准尉は「斉斉哈爾ちちはるより北には、ソ連兵が居ると思っていいわ。」と返答してきた。

 僕の知っている歴史では、ノモンハン戦はハルハ河周辺の戦いまでで、ソ連の満州侵攻は終戦直前からだから、現時点で北部満州を失っているのなら、関東軍には日中戦争に兵員を回す余裕は無いだろう。

 日本軍部内で元々強かった対ソ派の声が、南進派の声を圧倒しているのは想像にかたくない。

 日本国内から兵を増派するとしても、中国や南方よりも、ソ満国境方面にならなければおかしい。

 准尉は腕組みをして

「事がここまで進行したからには、満州国皇帝陛下は、英米資本を満州に呼び込む事によって、それ以上のソビエトの南下を牽制けんせいする腹を決めたの。まあ、裏では満鉄まんてつあたりが動いたのでしょうけれど。」


 准尉の説明で、この世界の満州国方面の動静は分かったが、中国方面の状況はどうなっているのだろうか? これも気になるところだ。

 彼女に訊いておく方が良いだろう。

 「盧溝橋ろこうきょうの件はどうなりましたか?」

 教えてくれるかどうかは、分からないけど。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

登場人物


 片山修一 大戸平高校2年 生物部 詰襟学生服の少年

 岸峰純子 大戸平高校2年 生物部 ポニーテールの正統派美少女


 石田フミ 帝国陸軍婦人部隊 キリリとした少女 

 エミリー・スミス アメリカ陸軍婦人部隊 金髪の准尉


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