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薬袋古道具屋怪談  作者: メイ
エピソード03 天石 凛の場合
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03_04怪目_鳩時計は今、玖時

 母は弟も滅茶苦茶(めちゃくちゃ)に刺した後、部屋から出ていった。(ドア)からではなく、窓から。卵を落とした音に、水風船を校庭に投げて先生に怒られた昔を思い出した。

 水風船を校庭に投げる。すると、校庭の砂が水で変わってしまってどこに落ちたか即座(すぐ)わかる。パッ。パッ。塗り替えられていく校庭はあんなに面白かった。道路も赤絨毯のように染めて行くのは、きっと、たぶん、面白かっただろうに。そんなに血も出ないか。


 如何程(いかほど)に時間がかかったのか、わからない。塔に囚われたお姫さまになった私は、息だけ忘れずに虚空へ未来を探していた。ぼやけた視界に未来(そんなもの)見えはしないのに。


 数分だろうか、数時間だろうか、はたまた数日だろうか。部屋に飾っていた鳩時計が心配して、時折声をかけてくれる。すまない、声が上手いこと出ないんだ。


 黒っぽいぼやぼやしたものが、泣きながら固まって動けない私に、話しかけている。誰。警察? 何もしない、何も出来ない私を揺らし、何か問うている。頬を叩かれる。助けに来たよ?





 何から何を何のために?




 それでも本能は生命の危機が去ったと理解したらしい。ぷちゅ。甲虫(カブトムシ)を踏み潰した音が耳咥の奥で鳴ったところで、私の意識は途切れた。



 私は。

 私は、一体。




 気付いたら病院の寝床にいた。目を覚ました私に気付いた看護師が、(ぎょう)らしい声で近くの患者さんを診察していた医師を呼ぶ。


 医師は私の瞳孔や心拍数を確認すると、質問を投げ掛ける。ぴんと張りつめる独特の香り、清潔とわかるシーツと布団に白い天井。私は質問の一切合切を無視して、笑いかける。『怪我一つないのに何故、私はここにいるのですか?』と。

 医師の後ろで看護師がみるみる瞳を潤ませ、顔を背けた。言い放った言葉を忘れない。




『可哀想に』




 可哀想に。私が? 助かったのに?

 可哀想なのは、別にいるから。



 医師は看護師を諌め、部屋から出すとゆっくりともう一度訊ねた。





 いたいところはありませんか。


 ありません。

 ()たいところはなくなりました。




 

 母が私を意識の外に追い出していたお陰で私は生き残った。愛する人間の凶器に、刺し殺されることはなかった。

 抵抗すればまた違ったろうに。私は、父と弟を救い、そして母を守る抵抗をせずに、一人だけ。生き残った。

 彼女に遇うための試練にしては過酷だ。


 医師が何か話していたが、家に帰れるまで何を話したか今はもう忘れてしまった。忘れてしまったということは、大したことじゃないのだろう。



 私は父が『母の治療のために』と借りていた狭いアパートを引き払うと天石家の屋敷に帰った。広かった。静寂が支配した空間は人が住めるものではなかった。私は蔵に逃げた。

 親戚のダレソレやアレコレが尋ねて来ては父母と弟の葬式をと言ってくるので、言われるがままに支払いを済ませ、必要なものに判を捺した。

 幸いなことに人より金に困っていて悪知恵の働く親戚のオバサンが私に同情してくれたらしく、私は一時(ひととき)の平穏を蔵で過ごすことができた。




 蔵で、父が作ってくれた私の居場所で、弟が『もういいよ』と呼びに来てくれるのを待っていた。眠らなければ母の金切り声が響いて、怯えながら布団にくるまる時間もないので、私は今まで興味もなかった蔵の品を開けては閉じていく。


 最初に開けたのは、箸置き。秋桜(コスモス)百日紅(サルスベリ)杜若(かきつばた)水仙(すいせん)蝋梅(ろうばい)を模したそれを床に座り込んで並べてみる。上座から父、母、(あに)、私、(おとうと)。丁度五人分。ふふ。


 次に開けたのは、灰だった。真っ白な中に渦巻(うずま)きで鼠色(グレー)が混ざっている。ふわ、り。鼻に飛び込んだそれは線香。閉じる。人の葬儀で喪服に染み付いた臭い。




 蓋をしていた感情が死と密接する臭いで目頭を熱くさせる。嘘だ。嫌だ。生きてる? いない? もうわからない。どうしたらいいのかわからない。出たい、出たくない。


 いないとわかってるのに、扉を叩く弟が今に来る気がする。父が母を追う声や母がつんざく音の刃で空気を切り裂く様子も。でも、ない。わかってるのに。咄嗟にある気がして振り返る。でも、ない。わかってるのに。いないその空白に、『独りなんだ』と再認識する。


 いない。

 わかってる。



 わかってるのに。




 そんな暗鬱とした蔵をアイツが訪ねてきた。




 セイミツ。

 彼がまだ商人だった頃の彼が。

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