ツインテールの日
「相変わらず、犬みたいだな」
もふ、と髪に触れてくるのは一人だけ。
そしてそんな失礼な言葉を吐くのも一人だけ。
左右二つに分けて高く結わえられた髪は、俗に言うツインテールというやつで、私は髪に触れている手を容赦無く叩き落とす。
振り返れば真後ろに私よりも頭一つ分高い男。
へらり、とだらしのない笑顔を見せて、私に叩き落とされた手をひらひらと振っていた。
クセのある私の髪では、ツインテールをするとどうにも犬の耳のようになるらしい。
大きなウェーブのかかったこの髪は私自身あまり好きじゃない。
皆は可愛いとか言ってくれるけれど、こうして犬のようだと馬鹿にする幼馴染みがいる。
それからやっぱり、女の子はサラサラの流れるようなストレートの方が可愛らしい。
少なくとも私はそう思っている。
「そうそう、今日はツインテールの日だよな」
もふ、とまた私の髪に触れる。
頭頂部ではなくツインテールの結ばれている髪を触るのは何でなのか、理解できない上に乱れるので止めて頂きたい。
先程よりも力を込めてその手を払い落とし、彼の言葉に首を傾げる。
ツインテールの日とは一体なんなのか。
私の顔を見た幼馴染みは嬉々としてツインテールの日について説明をして来るが、何だか意味不明に興奮していて気持ちが悪い。
「ツインテールの日とは!」
ズイッ、と顔が近づく。
「それは日本ツインテール協会が提案したものなんだよ」
今度は両手でもふもふ、と私の髪を揺らす。
説明ののっけから突っ込みどころしか存在しないのは、何故なんだろうか。
意味がわからない。
すぐに身を反らし距離を取ろうとする私に掴みかかる幼馴染みが気持ち悪く、何だか危機迫る物があって恐ろしいんだが。
「男性はこの日想いを寄せる女性に二本のゴムを渡し、それを受け入れた女性はツインテールにすることで応えるんだよ」
ガクンガクン、と強く揺さぶられるので具合が悪くなる。
何なんだ今日の幼馴染みは。
そんなにツインテールが好きだったのか、知らなかったんだが、もうツインテール止めようかな。
揺さぶられながらそんなことを考え始める私は、恐らく遠い目をしていたことだろう。
「だから、あげよう」
文脈がおかしいと突っ込もうとしたところ、ジャケットのポケットから何かを取り出した幼馴染みは、せっせと私の髪を弄りはじめる。
意味不明に生き生きしている幼馴染みの相手をするのは面倒なので、されるがまま突っ立っていると「出来た!」と嬉しそうな声。
私が鞄のポケットに入れている鏡を勝手に取り出して、こちらに向けてくるので覗き込んでみた。
黒ゴムでまとめられていたはずの髪に、桃色のレースがついたシュシュがついている。
「って、何してんのよ!!」
勢い良く彼の手から鏡をひったくれば、ケラケラと笑うので更にイラッとしてしまう。
大体ゴムを渡すって言ったのにシュシュだし、私がつけるなんて言ってないのにつけてるし、というかこれは好意からなのかすら怪しい。
「好きだよ」
くん、と軽く結えられた髪を引かれる。
前のめりになった私と顔を近づけた彼の視線は真っすぐに交わった。
「……っの、馬鹿ヤロー!!!!!」
割と整った顔に迷わず拳を叩き込めるのも、一つの幼馴染みの特権なのだろう。
赤くなった顔はきっと見られていないはず。
痛みで顔を押さえてる幼馴染みを置いて、さっさと学校への通学路を歩く。
冬の風に桃色のレースが揺れた。