デートの次の日の話
デートの次の日も、ぼくは変わらず「レストラン桜」に行った。大学生のぼくに毎日レストラン通いはぼくの懐に10000位のダメージを残したので、今は週3ペースで通っている。(ちなみにぼくは週3で「レストラン桜」に通えるようにバイトを週6に増やした)
レストラン桜の前に着くと、昨日の出来事がぼくの脳内に映画のように流れていった。思わず顔が赤くなる。
しかし、このまま店の前で1人で百面相をしていると、お昼時で沢山いるお客さんの邪魔になるし、「何あの人。頭がどうかしちゃったのかしら」と本気で心配されるので、意を決してぼくは「レストラン桜」の扉をあけた。扉に付けられているベルがチリリンと可愛い音をたてる。
その音を合図に、静かだけど、素早い足取りで涼香さんが近寄ってきた。
「いらっしゃいませ。…由宇さん」
「あ、こんにちは…。1人で」
「か、かしこまりました。どうぞこちらへ」
若干顔を赤くした涼香さんがカウンター席へ案内してくれる。その間は昨日のデートの話で盛り上がる、ということはなく。
涼香さんがぼくに話しかけてきたのはぼくが席に座って涼香さんからメニューを受け取った時だった。
「えっと。昨日はありがとうございました。…楽しかったです。…嬉しかったですし」
「あ、ぼくも楽しかったです!あ、あの!返事、いつでもいいですから!」
反射的にそう言った。返事はいつでもいい、というのは言うつもりはなかった。でも、慣れない状況とか緊張状態に陥ると、言うつもりのない言葉まで言ってしまうのは自他ともに認めるぼくの欠点だ。
涼香さんは、顔を赤くしていた。そして、案外しっかりした声で、
「はい。わたしの問題が片付いたら、絶対に返事をします」
と言ってくれた。
ぼくにはもうそれだけで十分だった。
「はい」
にっこり笑って、ぼくはそう言った。
「それで、ご注文はいかが致しますか?」
急に仕事モードになって、いつもの無表情に戻った涼香さんはぼくに尋ねた。見れば顔もいつもの白い肌に戻っている。神業のような早さだ。
「あ、ランチセットで、飲み物はコーヒー」
「かしこまりました」
慌てて目に付いたランチセットを頼むと、彼女はいつものごとく綺麗なお辞儀をひとつしてほかのお客さんのオーダーをとりに行った。
少し落ち着こうと、「ふぅ」と息を吐く。
するとそこへ。
「由ー宇くん!」
美作さんがカウンターから身を乗り出してキラキラした目でぼくを見ていた。
「ねえ昨日どうなったの!?今見てたけど、絶対昨日何かあったよね!?ねぇねぇ!」
また仕事をさぼってぼくたちの様子を見ていたらしい美作さんが畳みかけてくる。
正直、美作さんに昨日のことを話すのは気がひけたが、今回の涼香さんのデートは美作さんの連係プレーがなきゃできなかったので話すことにした。
「昨日は…」
5分ほどで話を終えたぼく。美作さんは先ほどより目をキラキラさせて、
「よかったじゃーん!」
とカウンターからものすごく身を乗り出してぼくの肩をバシバシと叩いた。
興奮しているのか手加減をしていない美作さんの攻撃はすごく痛い。
「ちょっ。痛いです!」
美作さんの手首をつかんで無理やり止めると、美作さんは「ごめんごめん」と、絶対悪いと思っていないような謝罪をしてきた。
「でも、すごいことよ?涼香ちゃんはよほど相手のことを信じないと、自分のことを話さないから」
「そうなんですか?」
「うん。だって、この店、あまり従業員とか雇わないし、メンバーも昔からあまり変わってないけど、オーナーの俺以外涼香ちゃんの過去を知ってる子、いないよ?」
確信を持って言い切った美作さん。
「どうやって、涼香ちゃんをほだしたのかねぇ」
「…」
ぼくにも心あたりが全くない。
昨日のぼくは傍から見ても、紳士的とは言い難いし、彼女にしたことと言えばジュースを奢ったくらいだ。でもそれだけで彼女の信頼を得られるわけない。
無言のぼくを見て、美作さんは
「ま、自分が気付かなかっただけで、涼香ちゃんは由宇君を信頼できる何かを見つけたんじゃないかな?」
と、彼らしい適当なフォローをくれた。
美作さんは、本当にいい人だ。ぼくは再確認した。
でも。
「やべっ。涼香ちゃんに超睨まれてる。じゃ、仕事戻るね」
仕事はさぼっては駄目だと思う。
そして、ぼくはいつも通り、おいしい昼食を食べた。
お会計の時、2人して少し顔を赤くさせたのは…。うん。何も言うまい。
でもそれ以外は、普通に普通の日常を過ごした。
いつも通りにバイトを終え、10時くらいに帰宅する。
しかし、帰宅したところで小さな事件は起きた。
「ねぇ。由宇」
「なんだよ」
いつもはぼくが帰宅しても、「あら。お帰り」としか言わない姉がぼくに話しかけてきた。お風呂上がりなのか、パジャマ姿だ。(ちなみに姉のパジャマは世間一般のパジャマではなく、上はシャツで、下にいたっては下着だ)姉の下着には当たり前だが興奮はしない。
どうせくだらないことだろうけど一応返事をして、そのまま姉さんの横を通り過ぎるため、ぼくは足を進めた。が、それは次の姉の一言によって止まった。
「あんたの好きな子って、「レストラン桜」にいるんでしょう?」
「はぁ!?」
なんでそれを!?という言葉をとっさにのみこんだ。
姉さんはなんでもお見通しよ?とでも言いたげな目でぼくを見て、小首を傾げた。
「ね?明日一緒に行きましょ?」
やばい。
ぼくはそう思った。
背中に流れる冷たい汗は、きっと気のせいではない。