彼女の秘密
「え…?」
ぼくがあまりにも間抜けな声を出すと、涼香さんは慌てた様子で、
「い、いえ!やましい意味ではなく!ただ、わたしのことを知って欲しくて…。そのためにはわたしの今の家を知って頂くのが一番手っ取り早いので…。…あれ?でもあれを家と言っていいのかな?いやいや。あれはわたしの立派な家だ。なぜなら雨風をしのげているからね。…いやでもしかし」
「涼香さん?」
「はっ。すみません!」
自分の世界に入り込みそうになっていた涼香さんを何とかこちらの世界に押しとどめた。
「いえいえ。じゃあ行きましょうか」
「ここから1時間くらい歩いたところに在るんですけど、大丈夫ですか?」
「じゃあタクシーでも拾いますか?」
「そんなっ。勿体ないです!」
「そ、そうですか?」
タクシーを提案しただけなのに、首が千切れるんじゃないかってくらい首を横にブンブンふる彼女の気迫に押されタクシーは断念することにした。
まぁ、今のは涼香さんに1時間も歩かせるのは申し訳ないかな、と思っての提案だったので、却下されたのは意外だったけど、ぼくのお財布的にはありがたかったけども…。
そしてぼくらは涼香さんの家に向かって歩き出した。涼香さんはさっきと比べて、あからさまに口数が減っていた。
ぼくも涼香さんが急に出してきた、「あまり話しかけないでほしいオーラ」に従い、黙っていた。
普段空気が読めないぼくが、珍しく読めた空気だった。
そこでぼくははたと気づいた。
ちょっと待て。駅からぼくらが休んでいた公園まで徒歩で30分。ここから彼女の家まで徒歩で1時間。単純に考えて、彼女の家は駅から1時間30分歩いたところにあるという計算になる。彼女の性格からして彼女は歩いてきたに違いない。
「え!?涼香さん、もしかして家から駅まで、1時間30分歩いてきました?」
確かめずにいられなくて涼香さんが出していたオーラを無視して聞くと、彼女は少し恥ずかしそうに、
「はい…」
と返事をした。
待ち合わせ場所まで1時間30分も歩いてくる女性をぼくは今まで見たことがない。というより、自分の家から1時間以上かかる場所を待ち合わせ場所に指定する女性を見たことがない。
「疲れたでしょう…」
「仕事で1日立ってることがほとんどなので平気です」
グッ、と握りこぶしを作って笑った彼女。
「そ、そうですか」
顔を隠しながら返事をしたぼく。顔が赤くなってるのがばれないようにというのは言うまでもない。
そうこうしながら、もう歩いて1時間ぐらい経った。休憩なしで歩いたので、大学生になってから運動らしい運動を全くしていないぼくの足はもう限界だった。明日は筋肉痛を覚悟しなければいけないかもしれない…。普段のぼくの運動不足を呪った。
対する涼香さんは涼しい顔をしていた。「平気」と言ったのは強がりではなかったらしい。
そんな涼香さんは、ある場所で足を止めた。
そして、ひとつ深呼吸をするとへばっているぼくに衝撃の事実を突き付けた。
「由宇さん。ここがわたしの家です」
「…え?だってここ…」
ぼくは自分の目を疑った。だってここは…
「そうです。わたしの家は、公園なんです」
家というには余りにも貧相な場所だ。
ぼくは今の状況に追いついていっていない脳に喝を入れ、必死に今の状況に考える。
つまり、涼香さんは…
「…ホームレス?」
「世間一般ではそうですね」
涼香さんは苦笑いをひとつすると、
「ここに由宇さんを呼んだのは、わたしの話を聞いてもらいたいからです。聞きたくなければ帰って頂いて構いません。…どうしますか?」
表情を引き締め、ぼくを見た。
その顔は、何かを決心した顔だった。
そうか。涼香さんがこの公園までに来る道中無言だったのは、彼女の話を話すか、最後まで迷っていたからなのか。でも涼香さんはぼくに話すことを決意してくれた。ぼくにその思いを踏みにじることなどできない。
「聞きます。…どんなことでも。ぼくは、涼香さんのことを知りたい」