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彼女とデート

 彼女はぼくが来たことに気づいていないようで、ぼくがいる方向とは正反対にある銅像をボーッ、と見つめいていた。

「こ、琴原さん!」

「あ、由宇さん。こんにちは」

「遅くなってすみません。待ちましたよね?…え?名前?」

「大丈夫です。遅刻ではないですから。あ、店長が休憩時間とかに、由宇さんのことを話すんですよ。

でも、いつも由宇君としか言わないので、由宇さんの名字知らないんです。…気分悪くされましたか?」

 彼女は不安そうに聞いてきたが、僕的には、店長グッジョブ!だ。

「い!いいえ!琴原さんに下の名前で呼ばれるの…、すごく嬉しいです」

 そう言うと、彼女は安心したように、「ありがとうございます」と照れくさそうに微笑んだ。

「あ、でも、名字教えてもらっていいですか?」

「あ、田代です」

「田代由宇さんというんですね。なんだったらわたしのことも涼香って呼んでくれていいですよ」

「ぅえ!?」

「あ、由宇さんの好きなように呼んでくださっていいんですけどね?ただ、わたしだけ下の名前はなんか不公平かな、と思ったので…」

 視線を斜め下の向けて恥ずかしそうに言う彼女はすごく可愛い。

「い、いえ!呼ばせてもらいます!…涼香さん」

「はい」

 名前を呼ばれたことが嬉しかったのか、涼香さんはニコッという効果音が似合う笑顔を見せた。

 そのやり取りをすると、なんだか恥ずかしくなってきて、

「きょ、今日はどこいきましょうか?」

 と赤くなった顔を隠すように涼香さんから顔をそらしながら聞いた。

「そ、そうですね…。すぐには思いつかないなぁ。…とりあえず、歩きませんか?」

「そうですよね!そうしましょうか!」

 互いにぎこちなくなりながら、歩くことにしたぼくら。

 その間も、ぼくはこのぎこちなさをなくすため、少ない会話の引き出しを片っ端から開けまくり、話をとぎらせないようにした。(後から気付いたけど、このときのぼくは間違いなく、うっとおしかった)

 そうして30分ほど歩いただろうか。

 涼香さんがたまたまあった公園で休みたい、と言ったので、ぼくらは公園のベンチで休むことにした。

「すみません。30分歩かせっぱなしで」

「ふふ。歩きたいと言ったのは私ですよ?むしろ謝るのは私の方ですよ。それに、由宇さんのお話、すっごく楽しかったです」

「あ、ありがとうございます。ぼ、ぼく、飲み物買ってきますね!」

 涼香さんの返事を聞かずにぼくは走り出した。涼香さんの笑顔が眩しすぎて恥ずかしくなったのだ。

 なんて優しいんだ。彼女は。今まで口下手なぼくの話を楽しいなんて言う人間はいなかった。彼女が言ったことは絶対にお世辞だろうけど、お世辞でも嬉し過ぎる。

 ああ、もう。ほんとに好きだ。

「ぼくはお茶で…。涼香さんは…オレンジジュースかな」

 2つ飲み物を買ったぼくは、また全速力で走りだした。ぼくが飲み物を買いに行ってからもう2、3分は経ってる。

 いかなる理由があろうとも、女性を5分以上待たせてはいけない。姉直々の教えだ。

 彼女のところに戻ると、彼女は電話をしていた。

「もう少しなの。あなたは、勉強して試験に備えていて。お父さんにもお母さんにも文句は絶対に言わせないわ。…うん。じゃあね」

 ピッ、と通話を切った彼女。ふぅ、と息をつくと、涼香さんはぼくに気づいたようだ。

「あ、由宇さん」

「これ、オレンジジュースです。どうぞ」

「あ…、ありがとうございます。おいくらでしたか?」

 そう言って財布を出そうとする彼女の手をぼくは笑って制した。

「ジュースくらい奢らせてください。お店でサービスしてくれてるんですから」

「…じゃあお言葉に甘えて…。また、サービスしますね?」

「店長に怒られますよ?」

「大丈夫です。仕事をさぼる店長の言うことなんて無視しますから」

「店長泣いちゃいますね」

「ですね」

 ひとしきり二人で笑うと、ぼくは乾いた喉を潤すためにペットボトルのキャップを開けた。

 ふと涼香さんを見ると、彼女はオレンジジュースを見たまま動かない。

 そういえば、さっきオレンジジュースを渡した時、心なしか顔を曇らせていた気が…。そしてぼくはある結論に辿り着き、彼女の手からヒョイ、とオレンジジュースを抜き取り、お茶を渡した。

 驚いてぼくを見る涼香さん。

「すみません。渡すもの間違ってました。お茶、まだ口付けてないので安心してください」

 そう言って、ぼくはオレンジジュースを口に含んだ。

「ありがとうございます。オレンジシュースは、どうも苦手で…」

「そうなんですか…。あ、そう言えばさっき電話してらっしゃいましたよね」

 これ以上飲み物の話は涼香さんに気を遣わせると思い、ぼくは強引に話を変えた。

 しかし、とっさの話題のチョイスは最悪だ。付き合ってない女性の電話の相手を聞くなんて!

「あ、すみません。無神経ですよね」

 ぼくはすぐに謝ったが、彼女は気にするなという風に手を笑顔で顔の前で軽く振った。

「いいんです。電話の相手は弟ですから」

「弟さんですか」

「ええ。1人だけの弟なので可愛くて。ブラコンですよね」

「弟思いで素敵だと思いますよ。いま何歳ですか?」

「今年、高校3年生です」

「受験ですか。9月だから、切羽詰まってる時期ですね」

「はい。由宇さんは御兄弟は?」

「姉が1人」

「由宇さんのお姉さんだから優しいんでしょうね」

「優しいと嬉しいんですがね。毎日顔合わせればコキつかわれてますよ」

「ふふっ。面白いです」

「どこがですか」

 そうやって、2人で、遊ぶ子供たちを見ながら、お互いのこととかを話していると(お互いのことと言っても彼女が話してくれたのは誕生日とか年齢だけで実家のこととかは話してくれなかった。彼女は同い年の21歳だった)気付いた時にはすでに公園に来てから2時間も経っていた。

 涼香さんといると時間が過ぎるのが本当に早い。

「次、どこか行きたいところはありますか」

 涼香さんから空のペットボトルを受け取り、近くのゴミ箱に捨てながら聞くと、彼女は「ありがとうございます」と言いながら、少し考える、というより悩みながら小首を傾げた。

 そして、決心したように息をひとつつくと、僕の目をまっすぐ見ながら凛とした声で言った。

「わたしの家に来ませんか」

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