デートの準備
そして、あっという間に日曜日になった。この2日間は、時計が2倍速で流れているように感じられた。
朝、ぼくは目覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。アラームを解除しながら、
目覚ましが鳴る前に起きれたのって、大学入試の日以来だな…。
と、まだ覚醒しきっていない頭でそんなことを思っていた。
しかし、カレンダーを見て、今日の日付を確認した途端、ぼくの頭はいつも以上に素早く覚醒した。
そうだ。今日はデートだ!
ぼくはベッドから飛び降り、一直線にクローゼットに向かった。階下から「うるさい!」という母の怒鳴り声に、「あーい」という生返事を返し、クローゼットをガバッ、と開けた。洋服は昨日のうちに決めてある。2日間の間にいろんな友達にデート服というものを聞いて、買い物にまで付き合ってもらった。。これで彼女に「え?何この服のセンス。マジないわー」みたいな目で見られたら、ぼくは友達に顔向けできずに、お堀に身を投げるだろう。つまり何が言いたいのかというと、ぼくはこのデート服はかなりイケていると思う。
服を身につけ、階下に行き、洗面所に行くと、
「あ。おはよー」
3つ上のぼくの姉が洗面所、ではなく洗面所の鏡を占拠して化粧をしていた。
現在は朝の8時。休みとなるとお昼まで絶対起きてこない姉がこんなに早起きして化粧をする理由は一つしかない。
「デート?」
「うん。10時に待ち合わせ」
当たった。あと20分は終わりそうにないなと、諦めて洗面所をでようとすると、
「そういうあんたもデート?この前彼女と別れてなかったっけ?」
マスカラを慎重に塗りながら、姉がぼくに尋ねてきた。
「別れた。でも、そのあとにすぐ好きな人が出来て、デートに誘った」
とくに隠す理由も見当たらなかったので正直に答えると、姉はマスカラを塗っていた手を止め、鏡越しにぼくを凝視したと思ったらグルン、と効果音がついてもおかしくないくらい勢いよくぼくの方をみた。
「あの奥手なあんたが!?好きな人が出来ても告白はおろか、まともに話すこともできないあんたが?え?誰?今日のデートついてっていい!?」
「お、落ち着いてよ、姉さん…」
化粧によって強くなった目力で迫られるのは怖い。
姉さんの肩を少し押すと姉は物足りなさそうにまた鏡に向き直ってマスカラを再度塗り始めた。
でも、話からは逃がしてくれなかった。
「でも、あんたがそんなに積極的になるなんてねー。どんな子なの?」
「…第一印象は、黒猫」
「黒猫?」
満月みたいに丸い目をさらに丸くした姉さん。
「だって、本当にそう思ったんだ。髪が真っ黒で。凛としてて。猫みたいにすぐどっかいっちゃいそうでさ」
「へぇ。ますます気になってきた。ね、名前は?」
「琴原涼香さん」
「年齢は?」
「知らない」
「学校は?」
「年齢さえ知らないんだぞ?知るわけが…」
そこまで言って、ぼくは彼女について名前しか知らないということが分かった。
姉は、ショックを受けているぼくを気遣ってか、
「まぁ、今日聞いてきなさいよ。告白も今日するんでしょ?」
頷くぼく。フォローになってない…と思ったことは内緒だ。
その後は、準備に手間取りすぎて、家を出たのは待ち合わせの30分前だった。
待ち合わせ場所までは、少なくとも徒歩で20分。
余裕はあるのだが、何があるかわからないから1時間前には家を出るはずだったのに。自分のアホ!
姉が洗面所を出て行ったあと、髪のセットはうまくいかずに2時間ぐらい鏡の前で悪戦苦闘し、その後は財布が見当たらず部屋をひっくり返し…。(結局昨日来てたパーカーのポケットにあった)
お昼はたまたま家にあった菓子パンを牛乳で流した。まずかった。
そして、走って駅前についたころには、もうそこに彼女はいた。
ぼくは深呼吸をひとつ。
今まで知らなかったことも今日知ればいい。とにかく、楽しもう。
そう自分に喝を入れて、ぼくは走り出した。