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振り向かせたい彼女

 彼女の名前を知った次の日から、ぼくは彼女が働く店、「レストラン桜」に通うようになった。

 大学が終わった後はバイトやらなんやらで行けないので、行くのはたいていお昼だ。

 最初に行ったときが夜だったので、お昼にいるのか不安だったが、彼女は最初にぼくに接待したときと変わらぬ姿勢でキビキビと働いていた。

 どうやら、彼女は一日中このお店で働いているらしい。

 彼女はぼくが店に来店すると、変わらぬ無表情で「いらっしゃいませ」と、空いてる席に案内する。表情以外は完璧な接客だが、それは他のお客にも同じ。最初にあんなことをしたのだから忘れられていることは無いはずなのだが、こうまで他のお客にも同じ対応だと、忘れられているのか少々不安になってしまう。

 頑張って「この料理、おいしいですね」とか「いい雰囲気のお店ですね」とか話しかけてみるが、どれもことごとく無視される。彼女はあくまでもぼくをお客様としかみていないらしい。

 ぼくも彼女を好きなわけではない。

 しかしどうしても彼女にぼくを見て欲しい。

 そんな自分でもよく分からない感情がぼくの中を渦巻いている。だけどこの感情は嘘だ。ただ必死に言い聞かせているだけ。彼女が好きではないと。大学生の寒い懐を更に寒くさせながらもこの店に通っているのは、彼女を見て、好きにならないところを見つけて、彼女が好きではないと自分に認めさせるため。

 だから、ぼくは今日も「レストラン桜」のドアを開ける。

 そんなことを考えながら過ぎていく日々。

 気づいたら、「レストラン桜」に通い始めてから2ヶ月が経とうとしていた。

 彼女との距離感は相変わらずだが、他の店員との距離感は縮まっていた。

「ね、君。琴原涼香ちゃんのことが好きな君だよ」

「ぶふぉっ!」

 それは、ソファ席がすべて埋まっていたために、初めてカウンター席に通された日のことだった。カウンター席は店員と直接話せるみたいで、あきらかに常連客用の席だった。

 いつも通り彼女を目で追っていたぼくは、この結構な爆弾発言に驚いて、思わず声をかけてきた人を間抜け面で見てしまった。

 その爆弾を投下したのは、30代前半くらいのかなり顔が整った男性だった。所々にソースの染みがついているコックスーツを綺麗に着こなしている。ネーム札を見ると、「店長 美作黎」という文字。

「いやー。やっとこの席に座ってくれた。ほら、俺、コックだし、店長じゃん?だからソファ席のほう行けないし。君と話してみたかったんだよー。なにしろ、うちの看板娘にあんな堂々と声をかけた人は初めてだからねー。この店の従業員はみんな君に興味津々さ」

「は、はぁ」

 カウンターに身を寄りかからせながらマシンガンのごとく話し始めた店長にぼくは恥ずかしがることも忘れていた。

「ところで君の名前は?ちなみに俺は店長の美作黎。これでも2児の父さ!」

「田代由宇です。この店の近くの大学に通ってます」

 控えめに挨拶しながら、ぼくは、料理を作らなくていいのだろうか、と心配していた。店はだいぶ混雑しているし、彼の後ろで料理をしているコックさんたちは必死の形相をしている。その中で、彼の柔らかい笑顔はかなり浮いていた。しかし、彼はそんなものはどこ吹く風という風に、更にぼくの方に身を近づけてきた。それに合わせてぼくも気づかれない程度に椅子を引いた。

「ねえねえ。由宇君は涼香ちゃんのことが好きなんでしょ?」

「…別に好きじゃありません」

「えー?そんなはず無いよ。今の君を全国中継してみなよ。全国の人が君が涼香ちゃんを好きだって答えるよ?」

 美作さんはよく分からない例え話をして肩をすくめて見せた。

「…だって、僕は数ヶ月前に他の女性と別れたばかりなんです。そんな、すぐに他の女性に切り替えるとか…。元カノにも悪いし、自分が軽い男になったみたいで嫌だし…」

 無意識のうちに椅子を元の場所に戻して、いつもは絶対に話さない自分の恋愛事情を話したのは、美作さんがよく話す人だからだろうか。

 美作さんは腕を組んで、首をかしげた。

「うーん・・・。まぁ君がいうことも分からなくはないけど。でも、その元カノさんとはお互い納得して別れたんでしょ?」

「はい」

「なら別にいいじゃない。安心して涼香ちゃんを好きになっちゃいなよ。それに、人との縁は大事にしなきゃ。自分の感情とかを優先させてたら、絶対損するよ」

 真面目な顔で言った美作さんのその言葉は、ぼくの中にスー、と入ってきた。

そうか。

ぼくは、彼女が好きなんだ。

うん。なんかスッキリした。

「…そうですね。はは。案外いいこと言うんですね」

「いつもいいことしか言わないよ」

 先ほどの真面目な顔から一変、得意気な顔で胸を張った美作さんの肩を突然、白い手がぐわしと掴んだ。

「いいことを言う前に仕事していただけませんか、店長」

 彼女だった。

「この忙しいときに何をくっちゃべってんですか!お客様とコミュニケーションをとることは大事だと思いますが、限度ってもんがあるでしょう!」

「いや、でも…」

「でも、じゃありません!お客様にも迷惑かけて…。ほら、仕事に戻ってください!こんなことばっかりしてたら今に従業員が退職願提出してきますよ!」

「やめて!その脅し!ありそうで怖いんだから!あ、由宇君バイバイ!また話そうね!」

彼女の脅しに美作さんは涙目になりながらぼくに手を振って仕事に戻った。

ていうか、退職願をだされるということがありそうでいいのだろうか…。いや、だめだろう。

「本当に申し訳ありませんでした。店長は気に入ったお客さんを見るとすぐ話しかけるんです。店長あの通りなれなれしいですから、困るお客さん、たくさんいらっしゃるんです」

本当に申し訳なさそうに頭を下げた彼女にぼくはあわてて、

「いえ!た、楽しかったです!大丈夫ですよ」

と言った。

彼女は頭をあげると、口元を覆って

「そう簡単に許されると逆に申し訳なくなってきますね」

と笑った。そして、何かを思いついた様で、ポン、と手を打ち、

「…そうだ。何か許していただけたお礼をさせてください」

と言ってきた。

こう言われた瞬間に、こういったぼくをこの状況を見た誰かは、卑怯だと言うだろうか。彼女の言葉に漬け込んだぼくを。

「ぼくと、で、デートしてくれませんか?」

 

 

 

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