死にたがり
「自殺しよう」
何気なく呟くようになったのは、いつからだろうか? 前の彼氏が別の女を作って私から逃げてから……いじめのストレスに耐えられなくなったから……受験が辛かったから……。いろいろ理由が思い当たりすぎるから、どれが本当の理由かはよく分からないけど、ただ私は死にたい。これだけは変わらなくて、事実で、本当。
最初はただ鋏を手首に当てて、さするだけ。今思えば、切ることが怖くて、怖くて、仕方なかったんだろうな。その時は塾でやって、塾にいた友達にすごく止められた。凶器となる鋏を取られた私は、そこで自殺を諦めた。
ここで、私の自殺は終わったように思えた。
これ以降に「自殺する」と言っても、ただ言っただけに終わったのだから。
本格的に自殺を志したのは、中学卒業まであと3ヶ月を切った、クリスマスも近い冬の日だった。
何があったかまではよくは覚えていなかったが、私は屋外にある非常階段で、昔自殺しようとして使った小さな青い柄の鋏で、手首を切った。傷は浅く、血はそこまで出なかったものの、あの時、私は確かに切ることに快感があった。
一度味わった快感を、人間はもう一度味わおうとする。私もそれから例外漏れなく、今度は授業中に切った。その時はたまたま後ろの席で、周りに友達なぞ誰もいなかったから、幸なことに見咎められることはなかった。
私の手首は、ここから無残になっていった。
次は、家にある鋭利そうな包丁で切り、その次は音楽の鑑賞中に、そして度々重なる自傷行為は止まらなくなり、私の手首には赤い線が何本も刻まれた。ブラウスの裾は赤く染まり、私はもう長袖じゃないと駄目なくらい、手首は誰にも見せられなくなった。
「なんで、サキはいつも長袖なの?」
そう聞かれたのは、雨が鬱陶しくジメジメする梅雨のある日だった。
そろそろ夏に入ろうとする季節柄上、まだ長袖のままの私をおかしく思っただけだろうだが、私は手首の傷がバレたのかと、一人ビクビクしていた。
「私、焼けたくないから」
「あぁ、なるほどね!」
咄嗟に言った適当な理由は、あっさりと受け入れられた。日焼け防止のために、と言ってまだ長袖を着る人は少なくもなく、女の子としては当然の理由だったから何とか誤魔化せた。
私は、袖の上から傷たちを、ぎゅ、と強く握った。
聞かれた日の放課後、私は誰も居ない屋上でまた自傷行為を繰り返した。何度も何度も切っても晴れない憂鬱は、私に纏わりついてきて離れない。無我夢中で切り続けていたら、
「ッ!!?」
脳髄を走った鋭い痛み。今までに経験し得なかった激しい痛みが、手首から伝う。恐る恐る鋏の刃を上にやって、傷口を見る。そこは、前とは比にならないくらい傷が開いていて、大量の赤い血が溢れていた。気のせいか、微かにピクピクと痙攣していた。
――――コワイ、
そこで何故か、私は今している行為がとても怖くなった。急いでハンカチで傷口を押さえ、止血を試みるが、思った以上に深く切りすぎたせいで中々止まらない。ハンカチで吸いきれなかった赤は、染み出して腕を丸く伝って屋上の床に紅く染みを作る。ポタポタ、と制限を知らぬくらい落ちていく紅の中、私の意識は霞掛かったようにぼやけていく。
「これが、死…………」
私は感動した。自らが死んでいく瞬間を感じ取れるなど、これ以上に幸せなことはなかった。空を見上げて、最期の風景を脳に刻む。どこまでも、青くて澄み切った、白い雲あ彩る美しい空……。
私は瞳をゆっくりと閉じて、力をふ、と抜く。
これで、やっと、私は死ねる――――……。
私の意識は、そこでプツリ、と途切れた。