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09 葛藤

「どういうことなんだよ、姉ちゃん!」


 翌日の夜、俺は姉ちゃんの家に来ていた。


「あら、マサト、どうしたの? 私の料理がくせになったのかな?」


 すっとぼけたような態度の姉。

 それとも、姉は何も知らないのだろうか。

 出来れば知らないでいてほしかった。


「違う、違うよ! フィルのことだ」


 俺がそういうと、姉は明らかに動揺したような素振りをした。

 くそ、信じてたのに。


 姉のことも。

 フィルのことも。


 ――俺は騙されていたのだ。


「そっか、フィルちゃんに会ったのね……」


 静かに告げる姉。

 その表情は、どこか寂しげだ。


「ちゃんと、説明してもらうからな?」

「わかったわ。えっと、どこから説明したらいいかな。あれはそう、フィルちゃんが家に一緒に住むようになった一週間くらい前――」



---



 私は、仕事帰りに公園のベンチに座る一人の少女に出会った。

 最初は、見て見ぬ振りをして、素通りしたわ。

 けど、翌日も、そのまた翌日も、少女は同じベンチに座っていたの。


 私は、思い切って声をかけたわ。


「どうしたの?」


 って。

 そしたら、その子ね。


「お家に、帰れなくなっちゃった」


 なんて言うのよ。

 最初は、迷子かと思って、一緒に交番に行こうとしたの。

 でも、違った。


 家族とケンカをして家出をしたみたい。


 中学生くらいの年ごろの子。

 私も、その気持ちがなんとなくわかったわ。


 でも、その日は、親も心配してるから、お家に帰りなさいって、そう言って別れたわ。

 これで、その少女にも会うことはないと思ってた。


 けどね。

 翌日も同じベンチに座ってたの。


 私は、その子のことが心配になったわ。


 それで、気付いたら話し込んでた。

 そして、私も自分の悩みを打ち明けてたわ。


「私も働かない弟がいて、困ってる」


 って。

 そしたら、その子、なんて言ったと思う?


「なら、私がその弟を働かせてみせる。だから、しばらくの間泊めて欲しい」


 そう言って来たのよ。

 最初はもちろん断ったわ。

 見ず知らずの子に、そんなこと頼めない。

 それに年頃の女の子を、弟も一緒に住んでいる家に住まわせるわけにはいかないって。


 けどね。


「大丈夫です、任せてください」


 そう言って、自信満々な顔したのよ。

 私は、とうとう断りきれなくなった。


 このことがきっかけで弟が働けば御の字。

 そのくらいに思ってた。


 それで、そのための準備として、弟の性格や趣味なんかを一通り聞いていったわ。

 彼女も出来たことない童貞だとか。

 異世界の女の子が突然現れて主人公と恋に落ちる漫画が好きだとか。

 毎日パソコンばかりやっていて困る、とか。


 それでね。


「よーし、準備万端。それじゃ、明日のこの時間、弟さんに買い物を頼んでください。私が、偶然を装って声をかけますから」


 そう言って、自信満々に、腕をぐっと握ったわ。


 私は、正直、無理だと思ってた。

 人見知りで、ろくに女の子と会話をしたことのない弟が、初対面の子の話を聞くとは思えなかった。


 けど、その日。


 驚いたことに、弟と一緒にその子が帰ってきたのよ。

 それで、何を言うかと思ったら、その子が私に自己紹介をしてきたの。


 それで、彼女だっていうじゃない。

 

 ああ、そういう作戦なんだなって、そう思ったわ。

 驚きながらも、私も、初対面の振りをすることにした。


 私の作るカレーを初めてだ、とか言ってたけど、それも演技だったんでしょうね。

 そして、その夜――。


 なかなか部屋を出てこない二人を心配になった私は、部屋を覗きに行ったわ。

 そしたら、あろうことか、弟が少女に殴りかかろうとしているところだった。


 この時、私は、ああ、失敗したな、ってそう思った。


 やっぱり、赤の他人にこんなこと頼んじゃいけなかったんだって。

 自分のことは、自分でやらなきゃいけないんだって、そう思った。


 だからね、あの時、私は、意を決して言ったの。


「前から言おうと思ってたんだけどさ、あんたいつになったら働くわけ?」


 って。


 そしたらさ、その子。

 慌てたようにして、止めてきたでしょ。


「私が、マサトを立派な大人にして見せます。だから、家から追い出したりしないでください。お願いします」


 ってね。

 その言葉は、私がなんとかするから邪魔をしないで、と言ってるようにも聞こえたの。


 私は、しばらく様子を見ることにしたわ。

 でも、あまり期待はしていなかった。


 私自身、無理だと思ってたの。

 諦めてたの。


 でもそれが、翌日仕事から帰宅したら、履歴書を書いてる弟がいた。


 嬉しかった。

 けど、それと同時に、ショックだった。


 姉である私が、どうしようもなかった問題をいともあっさりと、解決してしまったその子が、どこか憎らしかった。

 

 それで、私は、言ってしまったの。


「一緒に住んでいいのは、弟の就職が決まるまでの間だけだからね」


 って。

 彼女もわかったと、頷いた。


 でも、就職が決まったその日、私は、その言葉を訂正するように、


「フィルちゃんさえ良ければ、ずっと一緒にいてあげてほしい」


 そう言ったの。

 でも、彼女はいなくなってしまったわ。


 お礼を言う前に――。


 私は、後悔したわ。

 自分が嫌で嫌でたまらなくなった。


 本当のことを言わなければ。

 弟にも、真実を言わなければ。


 ずっと、葛藤してた。


 でも、結局言えなかった。

 私は、いつだって、弟の前では、≪優しい姉≫でいたかったから――。



---


 

 そこまで話した姉は、ぽろぽろと涙をこぼし始めたのだった。

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