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06 躍動

「ねえ、こっちこっち、これ買って!」

「あのなあ、金持ってないっていってるだろう?」


 フィルとショッピングモールへとやってきた。

 デートというわけではない。

 ない……よな?


「えー、じゃあ、魔法の力で盗むからいいや」

「やめろ、やめてくれ。ばれなくても犯罪は犯罪だから!」

「ふふ、冗談よ、冗談。私は、良い子だから、そんなことはしないよ」


 冗談に聞こえないから困る。

 そもそも、世界征服を企む少女が、良い子とはこれいかに。


「なあ、どうせ買えるもんなんてないんだからさ、もう家に帰ろうぜ。一睡もしてないから眠いんだよ」

「あー、ひどい、最低。彼女とのデート中に、眠いだなんて一番いっちゃいけない言葉だと思うんだ」

「誰が彼女だって? あれは姉ちゃんの前ではそういうことにしようって言っただけ、だろ?」


 俺がそういうと、ぷいっと振り向き、そのまま店の商品を眺め始めた。

 なんで怒っているんだ、こいつは。

 この子の考えていることはよくわからない。


 何が真実で、何が嘘なのか。

 何が嘘で、何が真実なのか。


「あ、これかわいい。いいなー、欲しいなあ」

「んー、わかった、今度、姉ちゃんに買ってもらえ。姉ちゃん、あれで結構いいとこに勤めてるからな、俺一人養えるくら……」


 俺は、途中まで言いかけて、口を噤んだ。

 昨日の、姉に言われたことを思い出したからだ。

 姉に甘えているという事実。

 逃げだしたい現実。


「私はマサトに買ってもらいたい」

「何言ってるんだよ、だから俺はお金なんて持って――」


 俺は、ふと何か妙案でも浮かんだように立ち止まる。

 そうだ、そうだよ。


 ――金がないなら、働けばいいんじゃん。


「帰るぞ」


 俺は、ぽつりと告げそのまま家へと帰った。

 フィルが、不思議そうに見守る中、部屋の机の中を漁る。


 あった、昔買った履歴書。


 あの時から俺はずっと諦めていた。

 たかが数十社落ちただけで。

 もう、ダメだって無理だって言い訳してた。


 姉がいるから働かなくても食っていける。

 そんな風に、現実から目を背けてきた。


 でも、今はもう逃げない――。


 フィルにプレゼントを買ってあげる。

 その目的のためにも、俺はもう決して逃げたりしない。

 諦めたりしない。


「ん、なんだ。俺の顔に何かついてるのか?」

「ううん、なんだかイキイキしてるなーと思ってね」


 俺はずっと、塞ぎ込んでいた。

 心の中では、ずっとモヤモヤしてた。


 このままでいいのか。

 このまま、ずっと姉に世話になっていくのか。


 自分を責めながら、それでも一歩踏み出すことができなかった。

 次の会社も落ちたら――。

 そんな風に、ネガティブなことばかり考えて、動くことができなくなっていた。


 でも、もう迷わない。

 何社落ちようが構わない。

 一社でも受かればいいのだから。


 俺の目は、再び希望に満ち溢れていた。





 そして、数週間後。


「おめでとう、マサト。私、マサトのこと信じてたよ」

「あ、ありがとう。俺が、頑張れたのもお前のおかげだから」


 俺の就職が決まりフィルが祝福してくれた。

 何度も、何度もあきらめかけた俺を励ましてくれたのがフィルだった。

 ずっと、ずっと傍にいてくれた。


「はい、プレゼント」

「私にくれるの? あ、これ、あの時の……そっか、覚えててくれたんだ。ありがとう」


 俺が、あげたプレゼント。

 以前フィルが欲しがっていた、小さな星を模ったネックレス。

 そのネックレスを付け、上機嫌に鏡を見ながら何度も何度もお礼を言ってくるフィル。


「礼をいうのは、こっちのほうさ」

「え?」

「あ、いや、なんでもないよ。これからもよろしくな」


 嬉しそうにしていたフィルが、一瞬なんだか顔を歪めた。

 いや、気のせいだろう。

 今も、飛び切りの笑顔ではしゃいでいるのだから。


 その日は、姉が赤飯を炊いてくれた。

 俺の就職を祝って。


 その、舌を刺激する辛さが、なんだかいつの間にか心地よいものとなっていた。

 そう思えるのも、しばらく姉の料理を食べられなくなるからだろう。


「俺、この家を出て行こうと思う」


 俺は、静かにそう告げた。

 今後は、姉に頼らず、自分の力で生きていこう。

 そう決めたのだ。


「そう、随分急ね。もう少し落ち着くまでいてもいいのよ? 以前、私が言ったことを気にしてるなら――」

「いや、もう住む家も決めてあるんだ。姉ちゃん、今までありがとう。こんな頼りない弟を見捨てないでくれて、本当にありがとう」

「何、泣いてるのよ。みっともない」


 そっちこそ、何泣いてんだよ。

 とは言えなかった。

 けど、姉は心から喜んでくれていたようだ。


「それでさ、フィル。もし、もしよかったら、俺と一緒に付いてきてほしい」


 そんな様子をニコニコと眺めていたフィルに、俺は告げた。

 プロポーズのつもりだった。


 彼女だなんて言われて、最初は戸惑っていた俺だが、いつのまにかフィルのことが好きになっていた。

 ずっと、見守ってくれるフィルのことが、誰よりも愛おしかった。


 俺がここまで頑張れたのもフィルのおかげなのだ。

 だから、これからもずっと、一緒にいたい。

 そばにいたい。離れたくない。


 フィルも、同じだと思っていた。

 俺のことを好きでいてくれてる、そう思っていたのだ。


 しかし、フィルの一言で俺は、再びどん底へと引きずり落とされる。


「私、もうマサトと一緒には居られないの」


 急にうつむき、振り絞るように出した少女の声がいつまでも俺の脳内に響き渡っていた。

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