05 翌朝
今、俺の部屋で一人の少女が寝ている。
部屋の中にある俺のベッドで、すやすやと幸せそうな顔して寝ているのだ。
なんども自分の頬を引っ張るが、やはり痛い。
ああ、これは夢なんかじゃないんだな。
現実なんだな。
しみじみとそんなことを思う。
突如として現れたフィローネ=アレキサンドライトと名乗る少女。
彼女の目的は、世界征服。
しかし、そんな陳腐な妄言よりも大事なことがある。
今俺にするべきことがあるのだ。
失った時間は取り戻せない。
間違った過去は、決してリセットすることなどできないのだ。
俺は、目を真っ赤にしながら、指を小刻みに動かしていた。
どうして、どうしてこんなことになってしまったのだ。
俺が悪いのだろうか。
ちゃんと対策しなかった俺が。
人は、後悔する生き物だ。
過去の自分を責めることは多くあるだろう。
どうして――。
どうしてバックアップをとってなかったんだろう。
俺がこつこつと集めたデータの消失。
新品同様に戻った俺のパソコンは、データを復元することもできなかった。
こんなことになるなら、USBにでも保存しておけば良かったのだ。
しかし、覆水盆に返らず。後悔先に立たず。
もう手遅れなのだ。
諦めよう。
きっと、これは俺が新しい一歩を踏み出すために、神様がくれた試練なのだ。
俺は、幸せそうに眠る少女のほうへと歩み寄る。
そして、手を伸ばし――。
布団を、はぎ取った。
「うおりゃあああ、いつまで寝てるんだ、この悪魔がっ!」
「ふにゃ、な、なんでしゅか、びっくりしゃせないでくだしゃいよぉ」
寝ぼけているのか、呂律が回っていないフィル。
「もう朝だぞ、朝。ったく、男の部屋でそんな無防備でよく寝ていられるもんだな」
「私、マサトのこと信じてたから」
俺の目を見て、真剣な表情でそう言われた。
なんだか照れる。
俺のことを信じてくれてるだって?
そんなことを言われたのは生まれて初めてかもしれない。
俺は小躍りしたくなるのをぐっとこらえた。
俺のことを信じてくれてる少女に、そんな格好悪いところは見せられない。
「うん、ヘタレな童貞に何かできるわけないって信じてたから」
「わ、なんですかこれ。ものすごい辛いです」
「目玉焼きよ。フィルちゃん、目玉焼きも食べたことないの?」
朝食を食べながら、フィルが目玉焼きを不器用に頬張りながら姉と話している。
はて、目玉焼きが、辛い?
まさか……。
俺は、自分の目玉焼きを恐る恐る口に入れる。
「うげえ、かれえええええ。またなんかいれやがったなあああ!」
「あら、辛いほうが美味しいでしょ? ほら、目も覚めるし」
昨日の気まずい雰囲気はどこへやら。
いつもの日常がそこにはあった。
しかし、姉ちゃんよ。辛いのにも限度があると思うんだ。
というか、目を覚ます必要なんてないんだよ。
俺は一睡も寝てないんだから。
フィルが帰るのを見届けたらぐっすり寝る予定なのだ。
昨日は、なんだかんだで夜遅くなっちゃったから泊まってもらった。
だが、さすがにこれ以上、居座らせるわけにはいかないだろう。
不思議な力を持つ謎の美少女。
ドラマや小説なんかだったら、主人公と恋に落ち、だとか甘ったるい展開が待っていることだろう。
しかし、これは現実だ。
それに、この少女は世界征服をするとか言っちゃうようなおかしな子だ。
魔法だかなんだか知らないが、そう簡単に征服できるほど世の中は甘くない。
それを教えてやらねばなるまい。
この子は、まだ幼い。
現実をしっかりと見据えさせなければ。
「朝食も食べ終わったし、そろそろ家に帰ったらどうだ?」
「私の家は、ここです。ちょっと辛い目玉焼きも慣れたら癖になりましたし」
俺の言葉に動じることもなく、お茶をぐびぐびと何杯も飲みながらそんなことを言う。
あんな辛い目玉焼きのどこがいいというのだ。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「じゃあ何か、このままずっと俺の部屋で寝泊まりするつもりか? そんなことされたら、俺が眠れないじゃないか」
「別に、一緒に寝ればいいじゃない」
今なんと?
「ぶ。おま、それ、意味わかっていってんのかよ」
「あら、何かいかがわしい想像でもしてるのかしら? やーねー、これだから童貞は」
おい、お前は全国数千万人の童貞を敵に回したぞ。
「あ、あのなあ。俺がいくらヘタレで、見た目が草食系に見えても、これでも一応男なんだぞ。肉食恐竜の前で眠って無事で済むと思うか?」
「無事だったじゃない」
「それは、昨日はほかにやることがあったからだ。一緒に寝ていたわけじゃない。言っておくが、一緒のベッドなんかで寝たら我慢できる自信はない。断言する!」
力強く宣言したが、言ってることはなんとも情けなく思えた。
少女は、うーんと唸りながら考え始めた。
そして、数秒考えた後、飛び切りの笑顔でこういった。
「まー、そうなったらそうなったで別に良いんじゃないかな」
俺には、この少女の思考が全く理解できない。