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04 説教

「あんたねえ、人生初めての彼女に暴力振るうなんて最低よ」

「す、すいましぇん……」


 俺は今、居間で正座をさせられていた。

 さっきの騒ぎで姉が部屋に割って入ってきたのだ。

 そして、姉にそのままパシンと平手打ちされた。

 ショックだった。親にも殴られたことないのに。


 俺はしゅんとなってただただ小さくなっていた。

 まるで小学生が親に説教をさせられるように。

 コタツに入ったネコのようにまん丸く。


 23歳にもなって、何をやってるんだろう俺。

 いくら大事な大事なデータが消し飛んだとはいえ、少女を殴ろうとしたのだ。

 姉の言うとおりである。俺は最低なのだ。

 それに言い訳しようにも、パソコン自体は無傷だし、魔法だなんて信じてもらえるわけがない。

 ここは一つ、冗談の一つや二つでも言って場を和ませ……。


「前から言おうと思ってたんだけどさ、あんたいつになったら働くわけ?」

「……」


 話が思わぬ方向に動いてしまった。

 まずい。この状況は非常にまずい。

 触れられたくなかった。

 傷をナイフで抉られるような、ものすごい不快感が俺を襲う。

 嫌な汗が体中から吹き出し、呼吸が荒くなっていくのが分かる。


 俺は就職活動に失敗した。人生を甘く見ていたのだ。

 俺を雇ってくれる場所なんて、いくらでもある、そう思っていた。

 けど、現実は違った。

 必ず通ると思っていた会社で最終面接で落とされた。

 そのあとも、何社も受けたがことごとく失敗。

 しかもその多くは書類選考で落とされたのだ。

 ショックだった。俺は人生で初めて挫折を味わった。


 学校の成績さえ良ければ、就職に困ることなんてない。

 そんな甘い考えが粉々に打ち砕かれたのだ。

 俺は現実を思い知った。

 そして、逃げ出した。現実から。両親から。


 就職活動をするという名目で姉の家に転がり込んだ。

 両親と一緒にいると口うるさく言われるから、面倒見のいい姉のところに逃げてきたのだ。


 そして今、軽蔑するかのような姉の視線が俺に向けられている。


「お姉ちゃんだってね、あんたがやりたいようにやればいいと思って口出ししてこなかった。けどね、もうすぐ大学卒業してから一年になるんだよ? このままで良いと思ってるの?」

「……」


 俺は、何も言い返せなかった。

 何かを言ったとしても、それは言い訳にしかならない。

 それがわかっていたから。

 姉の言っていることは正論だ。

 俺だって、このままで良いとは思っていない。

 俺は、今まで何も言ってこない姉にずっと甘えていた。

 けど、引け目もあった。

 だから、家事は率先して手伝ったし、姉の言うことなら何でも聞いた。

 けど、それは、ただ問題を先送りにしているだけなのだ。


「……あんた、もうこの家から出ていきな。私がいたら、ずっとこのままでしょ」

「へ?」


 俺は思わず変な声が出てしまった。

 まさか優しい姉の口からそんな言葉がでようなどとは思ってもいなかったのだ。

 物凄いショックだった。頭の中が真っ白になっていく。

 目頭が熱くなるのが自分でもわかった。


 捨てられたショックからではない。

 情けなかった。姉にここまで言わせてしまった自分が。

 おそらく、前から俺に対して不満があったのだろう。

 そりゃそうだ。普通だったら、こんな最低な弟、すぐにでも追い出されて当然なのだから。


「待ってください。私が、私が悪いんです。マサトの大事なものを壊しちゃったから……。だから、ケンカなんてしないでください」

「フィル……」


 俺たちの様子を遠くから見守っていたフィルが、突如として声をあげた。

 違うんだ。フィルのせいじゃない。

 きっかけはそうかもしれないが、原因は元々俺にあるのだ。

 俺はずっと現実から逃げていた、だから――。


「私が、マサトを立派な大人にして見せます。だから、家から追い出したりしないでください。お願いします」


 そういって、頭を下げるフィル。

 なんだろう。俺は、罪悪感でいっぱいになる。

 殴ろうとしたんだぞ、俺は。お前のことを。

 世界征服だとかなんだとか、おかしなことを言う子だと思ってた。

 けど、実際はどうだろう。

 殴りかかろうとした俺を怒るでもなく。

 関わりたくないはずの姉弟のケンカを仲裁して、そして俺の代わりに頭まで下げているのだ。

 良い子だ。凄く良い子だ。

 それに比べて俺は――。


「わかったわ、私も少し言い過ぎた。しばらくは様子を見ましょう」


 そう言って、姉は自室へと戻っていった。

 心なしか、その声は泣いているように聞こえた。


「ありがとう、フィル。俺をかばってくれて」

「何言ってるの? マサトがここから追い出されたら、明美さんの料理が食べれなくなっちゃうじゃない!」


 フィルが、満面の笑みで力強くそう告げる。

 こいつの狙いは、姉の料理だったらしい。

 なんだよ。感動して損した。

 でも――。


「……ありがとう」

「え、なに? 良く聞こえなかったんだけど」

「ううん、なんでもないよ」


 狙いはどうあれ、俺はフィルにほんの少しだけ勇気をもらった。

 一歩踏み出す勇気を。

 このままじゃいけない、そう思えたのだから。

 まあ、今日はもう遅い。ゆっくり休んで明日に備えよう。そうしよう。


「ところで、私はどこで寝れば?」


 寝ようとする俺を引き留め、少女が首を傾けそう言ってくるのだった。

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