39 姉の元カレ
「しぇんぱーい、もう飲めないっすよぉお」
「ったく、飲みすぎだっつーの」
まるで佐藤先輩のように悪酔いしてる上田。
あっちにふらふら、こっちにふらふらと危なっかしく歩いている。
「だって、しぇんぱいが俺のことをみしゅてるかりゃ……うー、ヒック」
「見捨ててねーよ。仕事はまた明日教えてやるって言ってんだろ」
俺は酔っ払いの介抱をさせられる運命なのだろうか。
しかし、上田がここまで酔うなんて珍しいな。
それだけ、仕事をさせてもらえないことで悩んでいたということなのかねえ。
さっきも店で、泣きながら愚痴ってたし。
本当は、仕事したかったんだー、って大声で叫んだりするし。
普段の上田からは全然想像もできない一面だ。
「うひひひひ、もう一軒! もう一軒いきまっしょー」
「さっきもう飲めないって言ってただろうが。それに、明日も仕事あるんだから帰るぞ、ほらこんなところで座るなって」
路上に座り込もうとする上田を無理やり立たせる。
佐藤先輩よりたちが悪い気がしてきた。
あの人はいつも酔っぱらってても自分で歩いてくれるからな。
すぐにホテルに連れ込もうとするけども。
「ねー、マサトじゃない。こんなところで何してるのー?」
突然、後ろから声をかけられた。
聞き覚えのある女性の声。
俺が振り返ると……。
「なんだ姉ちゃんか」
姉が一人で立っていた。
会社の帰りだろうか。
こんなに遅くまでご苦労なこった。
「あら? 横にいるのはヒロキくんじゃない?」
「えっ!? 姉ちゃんの知り合いなのか?」
酔っぱらってうずくまる上田を見て姉が言う。
二人が知り合いだなんて思わなかった。
「あ、明美しゃん、お久ぶりっすー」
「半年ぶりくらいね。元気だったー?」
え、何この仲良さそうな雰囲気。
もしかして、上田と姉ちゃんって付き合ってたの?
いや、そんなわけないな。
半年前といえば、俺は姉ちゃんの彼氏に一度会っている。
メガネをかけた真面目そうな男だった。
こんなテキトーな男じゃなかったはずだ。
じゃあ何故?
まさか姉ちゃんが浮気?
もしかして、姉ちゃんが彼氏と別れた原因って本当は三角関係とかだったの!?
考えてもわからない。
けど、気になる。
「こんなところで立ち話もなんだし、喫茶店でも入ろうぜ」
俺はそう切り出した。
上田の酔いも少し醒まさないといけないし、ちょうどいい機会だ。
二人の関係をこの俺が探ってやる。
じっちゃんの名にかけて。
「お、おい、上田、大丈夫か?」
「へへー、大丈夫っすよー、酔ってないっすよー」
セルフサービスのコーヒーをこぼしそうになりながら持ってくる上田。
酔ってるやつほど、酔ってないって言うもんなんだよなあ。
「で、二人はどういう関係なんだ?」
「ふぁ? 二人って誰と誰っしゅかー?」
姉に聞かれないように、こっそりと上田に聞こうとするがダメだった。
酔っぱらってるせいか話がまともに通じねえ。
仕方ない、姉に直接聞いてみるか。
「姉ちゃん、上田と知り合いみたいだけど……」
「ああ、私ね、ヒロキくんの家に行ったことがあるのよ」
な、何だってー!?
家にまで行く間柄だったなんて。
色々とショックだった俺はしばらく放心状態になる。
優しい姉がそんな……。
「そ、そう……だったんだ…………」
「あんた何か勘違いしてるでしょう?」
俺が落ち込んでるのを察したのか、姉がそんなことを言う。
姉は俺の性格をよく知っている。
だから気休めでそんなことを言ってるのだろう。
と、思っていたのだが――。
「えええ、姉ちゃんの元カレが上田の兄ちゃん!?」
衝撃の事実が発覚した。
「そうよ、ほら前に紹介したことあったでしょ」
「ああ、覚えてるよ。でも、あまり似てないような……?」
会ったのは一度きりだけどな。
というか、上田三兄弟だったのか。
一番上は、誠実で真面目な和樹
一番下が、内気で女の子みたいな顔の春樹
真ん中が、テキトーだけど繊細な浩樹
ふむふむ、なるほど。
三人とも実に個性的だ。
その一番上の和樹と姉が付き合ってたのが約半年前。
俺がまだニートの頃だ。
確か別れた原因は姉の料理が口に合わなかったからだっけ。
「それよりさ、あんたはどうしてヒロキくんと知り合いなわけ?」
「どうしても何も、会社の同僚だよ」
「え?」
姉が不思議そうに首を傾げる。
何かおかしなこと言ったのだろうか。
「あー、その話はやめましょー。ねーしぇんぱーい?」
机に顔を伏せていた上田が突然起き上がりそんなことを言い出した。
相変わらず上田の行動は良く読めない。
「うーん、むにゃむにゃ」
「おい、こんなところで寝るなよ? おいってば」
そして、そのまま眠ってしまう。
やれやれ。
「ふふ、でも良かった」
「え?」
「ううん、なんでもない。そろそろ帰ろっか」
なんだか嬉しそうに席を立つ姉。
何か良いことでもあったのだろうか。
そして、俺の横には幸せそうに眠る上田。
俺は、久々に溜息をついた。




