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03 迷走

 俺は気付いたら幼気な少女を押し倒し、両手を押さえつけていた。

 少女は抵抗するでもなく顔を赤らめ、息を荒げている。

 少女の髪からは石鹸のような優しい香りがし、少し震えるその小さな手は心なしかしっとりと濡れていた。

 そして、少女は何を思ったのかそのまま目を閉じるのであった。


 そんな少女を見た俺は、ふと我に返った。

 俺は、俺は何をしようとしていたのだ?


 そうだ、思い出した。

 俺は、大事な大事な唯一にして絶対の友達(パソコン)をこいつに壊されたのだ。


 そのせいで、俺は激昂していた。今までにないくらいに。

 自分でも自分がコントロールできないくらいに、考えるよりも先に身体が動いていた。

 少女が何かを言おうとしたのを遮り、無理やり押さえつけ怒鳴り散らしたのだ。

 何を言ったかは覚えていない。おそらく言葉にすらなっていなかっただろう。

 俺の悲痛な叫びと共に、少女をそのまま押し倒したのだ。


 しかし、どうだろう。

 ふと冷静に考えてみたら、この状況は、まずい。非常にまずい。

 これじゃあまるで、俺が少女に襲い掛かってる犯罪者である。

 姉に見つかりでもしたら、話がややこしくなること間違いなしだ。


 さきほどまでの怒りはどこか宇宙の彼方にでも飛んでいったかのように、頭がぐるぐると回転する。

 その代り今度は、変な汗で体中が湿っていくのが自分でもわかった。


「あ、ご、ごめん……」


 俺は、慌てて少女から手を放し立ち上がる。

 そして、部屋をうろうろと歩き回っていた。

 落ち着け、落ち着くんだ。


 俺は今、何をしようとしていた?

 少女を襲おうとしていた?


 違う、俺はただ、自分の(パソコン)を奪われ我を忘れていただけだ!

 俺は、悪くない。悪くないんだ!


 そう自分に言い聞かせる。

 言い聞かせながら、少女のほうをちらり、またちらりと顔はむけずに視線だけ送る。


 少女は、黙っていた。

 ただでさえ丸く大きな目を一層大きく見開いて目をぱちくりさせていた。

 口をぽかんとあけたまま、壊れた機械のようにフリーズしていたのだ。


 気まずい。

 なんだろう、この空気。

 重い。とてつもなく重たい。

 まるで、推理小説の犯人をまだ読んでいる途中の姉にうっかり言ってしまったときのようだ。

 いや、違うな。なんか違う。

 姉が連れてきた彼氏が、姉の料理を一口食べた瞬間、青ざめて固まったときのようだ。

 いや、これも違う。全然ちがう。そんなんじゃない。


 そんなことはどうでもいい。

 俺は、俺はどうしたらいいんだ?

 こんなときは、なんて声をかけるべきなんだ?


 姉ならば、こんなことがあっても、俺を罵倒するだけで終わるだろう。

 しかし、相手は今日であったばかりの子だ。しかも未成年。


 なぜ、黙っている?

 なぜ、抵抗しなかった?


 怖がられた?

 恐れられた?


 それとも――。


 そんな重苦しい空気を壊したのは、少女の笑い声だった。


「ふふふ、あっははははは。あーおかしい。何よその引きつった顔」


 笑っている。

 なぜ、笑えるんだ。


 この状況で、どうして。


「なんだよ、笑ってる場合かよ。つーか俺のパソコンどうしてくれんだよ」


 少女は今も笑い続けている。

 息を吸うのもつらそうなくらいに、笑い転げている。


 その姿を見て、だんだんと腹が立ってきた。

 俺の大事な相棒(パソコン)を壊されたことが、俺の脳裏に思い出される。


「一体、俺のパソコンに何をしたんだよ」

「ひーひー、あー、苦しい。ごめんごめん。こんなに怒るなんて思ってなかったからさ。いや、でもちょっと面白かったよ」


 何が、面白かった、だ。

 満面の笑みでそんなことを言うフィルが、なんとも憎らしかった。

 憎らしい、はずなのに。俺は怒っているはずなのに。


「ククク、あははははは! そうだな、自分でもおかしい、おかしいよ!」


 気付いたら、笑っていた。

 俺も、笑っていたのだ。


 何がおかしいか、よくわからない。

 親友(パソコン)を壊されたショックで笑うしかなかったのかもしれない。

 いや、違う。自分の行動の滑稽さがおかしかった。

 それになにより、この少女の笑いにつられたのだ。

 悪びれた様子も何にもない、無邪気なその笑いに。


 ひとしきり笑った後に、少女が言った。


「さてと、このままじゃ可哀そうだし、直すとしますか」

「え?」


 フィルが、壊れて粉々になっている俺の恋人(パソコン)に手をかざす。

 そして、光り輝いたと思ったら、元の新品同様の姿に戻っていた。


「ふふーん、驚かせてごめんねー。だって私の力、信じてくれてなかったみたいだからさ。これが私の力。魔法の力よ」


 そんなことを得意げにいう彼女の言葉を聞き流しながら、俺は宝物(パソコン)を立ち上げていた。

 動く。壊れていない。良かった、本当に良かった。


 しかし、見慣れないデスクトップを見た瞬間、俺は再び固まってしまう。

 確かに、元通りだ。新品そのものだ。

 それは、俺が長年かけて集めてきたデータの消失を意味していた。


 気付いたら俺は再びドヤ顔してる少女の手を無言のまま握り睨み付けていた。

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