21 怪談
「七星先輩ちーっす!」
「あ、ああ、おはよう」
会社にも馴染めてきたある日の出来事。
同期の上田が普通に挨拶をしてくるようになった。
だが……。
「な、なあ、同期なんだから先輩ってやめてくれないか?」
「え、だって、先輩のほうが年上じゃないっすかー」
確かにそうなんだけど、なんか抵抗が。
というか、あまりニートだったことを公にしたくなかったんだけどなあ。
佐藤先輩が酔った勢いで、俺のことを言いふらしてしまったらしい。
噂が広まるのは早い。
「それより、今夜一杯どうっすか?」
「お前、飲めないんじゃなかったの?」
「普通に飲めますよ。むしろ大好きっすよ」
あ、あれ?
確か、佐藤先輩が上田は飲めないって言ってたはずなんだが。
「あー。佐藤先輩から聞いたんすね。あれは嘘ですよ、嘘! 佐藤先輩の酒癖の悪さは、社内でも有名っすからね!」
「へぇ、嘘ねえ? それは良いことを聞いたわ! 今日は、じっくりと話をさせてもらおうかしら」
俺と上田が話している後ろから、佐藤先輩がヌッと顔を出した。
上田が、珍しく慌てているが時すでに遅し。
俺たちは、今夜三人で飲みに行くこととなってしまった。
前みたいなことになったら上田に押し付けてしまおう、そうしよう。
「あ、遅いぞ七星ー、待ちくたびれたぞー」
「す、すいません、仕事がキリのいいところまでやっていたら遅くなってしまって……」
少し遅れて、俺は二人が飲んでいるところに駆けつけた。
すでに佐藤先輩は、いい具合に酔っぱらっている。
毎日飲んでるのに、酒に弱い不思議な先輩である。
「七星先輩、もうちょっと手を抜くことを覚えたらどうっすか? 俺なんて超テキトーっすよー」
「上田はもう少し真面目にやったほうが良いんじゃないかな」
上田は、俺とは対照的で、かなりいい加減な性格だ。
仕事中に電話やメールは当たり前。
この前なんて、勤務時間中にオンラインゲームをやってたことがあった。
なんでもゲームのイベントがどうとかって話だが、さすがに職場でやるなよ、と言いたい。
その図太い神経が、ちょっとうらやましい。
「それでねー、その大怪我をした少女が、翌日の朝、忽然と姿を消したんですって。ね、怖いでしょー?」
「うへー、そりゃ怖いっすねえ。あー、俺、病院で働いてなくて良かったー」
最近、この町では、幽霊が多く目撃されてるとかいないとか。
俺は、幽霊なんて信じていない。
こ、怖くなんて、ないからな。
「あ、俺も似たような話を知ってるっすよー。俺の親父の話なんすけどね、一週間くらい前、夜中に一人の男が枕元に立ってたらしいんですよー。それで恐る恐る声をかけたら、身体をくねらせながら姿を消したんだって!」
「やだー、何それこわーい」
「寝ぼけてただけなんじゃないの?」
俺は、幽霊なんて信じない。
きっと、夢でも見てたのさ。
そうに違いない。
「いや、それがまだこの話には続きがあるんすよ。親父がこっそり隠れて様子を伺ってたら、またその男が現れたらしいんですよー。それで次の瞬間、手も触れずに部屋にあった金庫が開いて……」
「ちょ、ちょっと待ったぁッ!! それって、もしかして、先週の日曜日の話だったりする?」
「え、そうっすけど、先輩、なんでそれ知ってるんすか?」
……。
幽霊の正体が分かってしまった。
あのアホ。思いっきりバレてるやないかい!
佐藤先輩が話していた幽霊少女のほうも、おそらく――。
「な、なあこの話は、もうやめにしようぜ」
「先輩もしかして怖いんすか?」
いや、怖いとかじゃないから。
ったく、まさかここ最近の幽霊騒動が、あの二人が原因だったとは……。
「それより、佐藤先輩、今日はそこまで酔ってないんですね」
「え、そ、そうかな?」
俺は、無理やり話を変えることにした。
佐藤先輩は、多少酔っぱらってはいるものの、以前と比べれば全然普通だ。
というか、俺が来てから何故かほとんど酒を口にしていない。
もしかして――。
「佐藤先輩、この前のこと気にしてるんですか?」
「お、なんすか? なんかあったんすか?」
上田が興味津々といった感じで、話に割り込んできた。
「あ、いや、佐藤先輩と飲みに行ったとき、酔って大変だったって話だよ」
「へー、それで酔った勢いでしちゃったんすか? あー、だから、急に仲良くなったんすね」
「ば、バカ! なんでそうなるんだよ! してねえよ! 何もしてねえから!」
俺は、何故かムキになって否定してしまった。
そのせいか、上田は余計に怪しんでいる様子だ。
「さ、佐藤先輩からも言ってくださいよ! 変な誤解されちゃってますよ」
「え、あ、そうね。別に何もなかったみたいよ。私はあまり覚えてなかったけど」
「へー、記憶がなくなるほど酔わせて襲っちゃったんすか。いやー、七星先輩、見かけによらず意外とやることやってるんすねえ」
あ、あれえええ?
佐藤先輩、フォローするどころか墓穴掘ってるってばよ!
「違うから、マジ違うから! 俺まだ童貞だし!」
「え、そうなの? あ、だからホテルで何もせずに帰っちゃったんだ……」
「ま、マジっすか。先輩、まじぱねえっす!」
あ、つい、勢いで俺が童貞であることをカミングアウトしてしまった。
俺がこんなにも取り乱しているのは、酔っぱらっているせいだと思いたい。
あー、もう帰りたい。穴があったら入りたい。
俺は、すっかり落ち込んでしまう。
また以前のように話しかけにくいオーラを出していたのだろう。
佐藤先輩が、心配そうに俺を見つめてくる。
「そういうことなら、私がしっかりと教えてあげるから」
「へ、な、何言ってんすか。やっぱり先輩酔ってるんですね、そうなんですね」
佐藤先輩がおかしなことを言っている。
まあ、俺を元気づけるための冗談なのだろう。
そんなことは、分かってる。分かってるが、焦ってしまう俺。
一人取り乱す俺を見て、上田が大爆笑している。
笑い上戸なのかこいつは。
そんな俺に冷静さを取り戻させたのは、一本の電話だった。




