02 魔法
「どうも初めましてー、マサトの彼女の新城フィルです。よろしくお願いしまーす」
笑顔で、俺の姉に挨拶するフィル。
「ちょ、ちょっと待てい! いつから俺の彼女になったんだよ、おい! てか新城ってなんだよ。アレキサンドライトどこいったんだよ!」
「えー、だって、アレキサンドライトだと長いし異世界人だってバレちゃうじゃない。それに、これから一緒に住むんだから、彼女ってことにしておいたほうが楽でしょ? 」
俺の耳元でささやくように言うフィル。
「あら、あんた彼女なんていたの? ほとんど家でゲームばっかりしてるのに」
「え、えっと、その……そ、そうだよ、げ、ゲームの知り合いなんだよ、ハハ」
明らかに怪訝な顔をしながら俺とフィルを交互に見る姉。
「あー、そう。まあなんでもいいわ。あたしは、こいつの姉の明美よ。こんな根暗のどこがいいのかわからないけど、よろしく頼むわね」
「誰が根暗だ、誰が!」
「あんた以外に誰がいんのよ。友達すらろくにいないじゃない。だから引きこもってゲームばっかりしてんでしょうが。あ、そんなことより頼んだ物、ちゃんと買ってきたんでしょうね?」
「あ、ああ、買って来たよ」
エコバックごと姉に手渡しすると、ぶつぶつ言いながら中身を確認している。
それをなんだか楽しそうに眺めるフィル。
「なんだよ、変な顔してさ。姉ちゃんがどうかしたのか?」
「ふふ、うらやましいなーって思ってさ。私、家族いなかったから」
顔は笑っていたが、どこか寂しそうにフィルが言う。
はて、家族がいない?
世界征服をするだとか、異世界人だとか言っちゃうような子だから捨てられたのだろうか。
少し気になるけど、あまり干渉しないでおこう。
そういう不幸アピールして、同情を誘う作戦なのかもしれないし。
「ふーん。まあ、別にお前のことは興味ないけどな」
「ひどっ! そんなんだからいつまでたっても彼女できないんじゃないの?」
俺がわざとそんな憎まれ口を叩くと、頬を膨らませて不機嫌そうにされた。
あー、はいはい。どうせ俺はモテないですよーだ。
言い争いをする俺たちを料理をしながら微笑ましく見ている姉。
俺は、あることを思い出した。
「あ、姉ちゃん! 今日は変な隠し味とかいらないからな? フィルもいるんだし、普通ので頼むよ。マジで」
「なんでよー、カレーなんだから辛くしたほうが美味しいに決まってるじゃない。今日は、豆板醤カレーにするつもりよ」
「いやいやいや! 入れないでいいから! なんでカレーに入れないような調味料を入れようとするのさ! せめて普通のカレースパイスとかにしてよ!」
この姉、料理の腕は悪くはないんだが、変にアレンジしようとするから困る。
普通でいいのに。シンプルイズベストっていうだろ。
豆板醤の投入を阻止した俺は、なんとか普通のカレーにありつけた。
「どうしたフィル。食べないのか? 今日は、珍しく美味しいカレーなのに」
「どういう意味よそれ。いつもは美味しくないみたいじゃない」
「美味しくないだろ。タバスコ入りカレーとか、もう二度とごめんだから!」
俺と姉がそんなことを言い争っている中、フィルが皿のカレーを凝視している。
「これ、どうやって食べるの?」
「え?」
予想外の発言に、カレーを吹き出しそうになった。
「なんだよ、カレー食べたことないのか? 変わったやつだなあ」
「うん、こんなの初めて。あ、すごい美味しい。明美お姉ちゃん、今度作り方教えてくださいよー」
俺たちが食べるのを見ながら、カレーを一口食べたフィルが感激してそう言った。
「え、ええ。もちろんよ。私の特性タバスコチャーハンも教えてあげるわ!」
「タバスコなしの普通のを教えてやれよ」
「ふー、お腹一杯だあ。やっぱり普通のカレーが一番だぜえ」
「すっごい、美味しかった。これからは毎日食べれるなんて、考えただけで楽しみだわ」
部屋に戻った俺がベッドで横になっていると、俺のパソコンを不思議そうに眺めながらフィルがそう言ってきた。
「おい、ちょっと待て。さも当然のように、俺の部屋までついてくるな。もう飯も食ったんだし、いい加減、家に帰れよ。親御さんも心配してるんじゃないか?」
「家族はいないって言ったじゃない。それに、もうここに住むって決めたの。明美さんの許可ももらってるから大丈夫」
いつのまにそんな許可をもらってやがったんだ。
「お前まだ中学生だろ? 家に帰りたくない気持ちもわかるが……、って、おい、勝手にパソコン触るな。おい、やめろって! そのフォルダを開くんじゃねええええ!」
パソコンをカタカタと勝手に操作し始めたフィルを慌てて止める。
危ないところだった。
俺の秘蔵フォルダが、こんな少女の目に触れたら大変なことになる。
「何々、見られたら困るようなものなの?」
「ああ、子どもには見せられないようなものだ」
俺がそういうと、目を輝かせながらパソコンを眺めるフィル。
危険だな。今のうちにパソコンにロックをかけておこう。
「ふーん。まあいいや。それよりさ、私の世界征服、協力してくれるんだよね?」
「まだ、そんなこといってんのかよ。もう飯も食ったんだから満足だろ。そんな嘘ついても面白くもなんとも……」
俺が言いかけると、フィルの手が何やら輝き始めた。
「なんだ、まだ信じてなかったんだ? じゃあ、ちょっと証拠を見せるとしますかね」
そして、フィルが俺のパソコンに手をかざした次の瞬間。
俺の命より大事なパソコンが粉々に砕け散ったのだった。