11 捜索
フィルを探し始めてから数日経ったある日。
俺は、会社帰りにいつものようにフィルが立ち寄りそうな場所に寄り道していく。
当然、フィルの姿はそこにはない。
ただ、何かをしていないと孤独と絶望に押しつぶされそうな、そんな気がしていた。
なんとしても、フィルに会いたい。
もちろんその気持ちもあった。
手がかりになるものといえば、フィルが残した動画くらいなものだ。
後で気が付いたことだが、なぜか撮影日がフィルがいなくなった日よりも大分前だということがわかった。
不思議な話である。
まるで自分がいなくなることを予見していたかのようだった。
その他にも、疑問点はいくつかあった。
中でも気になるのが動画を残した理由だ。
立つ鳥跡を濁さずっていうし、何も言わずに去ったほうが良いはずなのだ。
俺と姉との関係を壊したくないなら、なおさら黙っていたほうが無難である。
まるで、俺に嫌われるためにわざと残していったようにさえ感じる。
なぜ――。
そんな風に、考え事をしていたせいか、俺は目の前の出来事を理解するのに時間がかかった。
道路の真ん中に立つ俺目掛けて迫りくるトラック。
信号はすっかり赤となっていてたのだ。
だが、咄嗟の事で身体が言うことを聞かない。
足がすくんで動くことができなかったのだ。
走馬灯のように、思考がぐるぐると駆け巡る。
ああ、俺の人生もこれで終わりか。
そんな風に、思ったその時だった。
急に目の前に、フィルが現れてニコリと微笑んだ。
きっと、頭がパニックになって、現実と夢との区別がつかなかったのだろう。
でも良かった、最後の最後で、フィルに会えて――。
そして、俺は、そのまま意識を失った。
次に気付いたのは、見慣れない白い部屋。
死後の世界だろうか。
いや、違った。
目を凝らしてよく見ると、そこは病院のベッドだった。
目の前には、心配そうに俺を見つめる一人の女性。
「良かった、気が付いたのね。事故に遭ったっていうから心配で心配で」
姉だった。
俺の手をぎゅっと握り、涙を流しながらそう言ってきた。
「ご、ごめん……」
俺はそう言いながら、自分の身体のほうに目をやる。
トラックと衝突した割には、大して怪我もしてないように思える。
「あれ、俺、トラックと正面衝突したんじゃ……」
「覚えて……ないの?」
何のことだ。
事故の後遺症で何か記憶喪失にでもなったというのか。
いや、違うな。
特に思い出せないようなことは何もない。
「え? どういうこと?」
「えっと、フィルが助けてくれたのよ。事故に遭いそうになってたところを自分を犠牲にして」
説明を聞いてもよくわからない。
フィルが俺を助けた――?
「な、なんだよそれ! フィルが? そ、それでフィルは今どこに!?」
「お、落ち着いて。落ち着いて私の話を聞いて、ね」
声を荒げる俺に、姉は優しくなだめるように言う。
「落ち着いてなんていられるかよ、フィルは、フィルは無事なのか!?」
俺が問い詰めると、姉は困ったような顔をして首を左右に振った。
「嘘だろ……、フィルが、俺をかばって死んだっていうのかよ! そ、そんな……そんなことって……」
「え、待って。落ち着いて。大怪我だったけど、ちゃんと生きてるわよ」
俺の言葉に驚いたように、姉が焦って訂正した。
「こっちよ」
俺は、姉に連れられて、フィルのいる病院の個室に来ていた。
俺自身は、ある程度検査をしたのちすぐに退院できたのだ。
部屋に入ると、包帯でぐるぐる巻きにされたフィルが静かにベッドで眠っていた。
意識は戻ってないそうだ。
「この子の知り合いの方ですか? 身元、わかったんですね」
「え、いや、その……」
話しかけてきたのは、部屋にいた看護師。
聞くところによると、フィルの名前も住所もわからないままだそうな。
俺は、トラックで轢かれそうになったところを助けてくれた少女、ということだけ伝えたのだった。
その看護師が用があるからと、部屋を出て行く。
俺は、ゆっくりとフィルのベッドの前にある椅子に腰を掛けた。
「フィル……」
どうして、こんなことになってしまったんだ。
俺が、ぼーっとしてなければ……。
いや、待てよ。
なんでフィルはあの場にいたんだろうか。
偶然?
それとも――。
「なあ、姉ちゃん。フィルは俺をどうやって助けたんだ?」
「え? 目撃者の話では、引かれそうになったマサトの前に急に少女が現れて突き飛ばし、そしてその子が代わりに轢かれたって聞いたけど」
もしかして、フィルが現れてニコリと微笑んだのは、夢じゃなく現実だった?
いや、でも、周りに人なんていなかったし、突然現れるなんて魔法でもなければ――。
魔法――?
そういえば、最初にフィルに会った時も、一瞬で距離を移動したように見えたことがあった。
それに、自称魔女だとか言ってた。
パソコンを粉々にしたり、元に戻したりもしたことがあった。
俺は、ひょっとして何か大変な思い違いをしていたんじゃないだろうか。
フィルは、もしかして本当に――。




