表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

羊の短編集。

時計童話。

作者: シュレディンガーの羊
掲載日:2012/01/25






これはある王国の物語。

一人の少女が時計を手に入れる物語。





王が出したその令を誰もが忘れかけた頃、一人の少女が街に訪れた。


「どなたか時計をご存知ありませんか?」


広場で道行く人々に声をかける少女に、男が一人立ち止まり首を傾げた。


「時計とは王の時計のことか?」

「はい。その通りです」

「もう三月も前の話しだろう。それに見つからないと誰もが諦めた」


大袈裟に眉をひそめた男に、少女は柔らかに微笑んだ。

男はその笑みに目を瞬く。

少女は凛とした声音で言った。


「けれど、私はまだ諦めていないのです」





王が大切にしていた時計がなくなった。

見つけた者には望むものをなんでもやろう。

そう国中に令が出たのは三月前のこと。

始めは誰もが勇んで探した。

けれど見つからなければ諦めるのはごく自然のこと。

たちまち令は人々の心から色褪せていった。

一人の少女の心を除いて。





月が雲から顔を出し、辺りを照らす。

小さくため息を零して、少女はベンチに腰を下ろした。

今日も収穫はない。

昼間の喧騒が嘘のように静かな広場は、ただ淋しく闇夜に浮かび上がる。

今日はここで野宿だと、少女は苦笑する。

今は夏だからそれほど苦にはならないとしても、正直ベッドが恋しい。

鞄から毛布を取り出し、ベンチに横になろうとすれば、ふい声が飛び込んだ。


「おい。そこは俺の場所だ、どけ」


声のしたほうに視線をやれば、佇む青年が一人。

仕方なく身を起こして、近づいてくる青年と対面する。


「広場は公共のものですから、少なくともあなた個人のものではありませんけど」


端正ではあるが、どこか影のある青年の顔を少女は睨めつけた。

礼儀を欠いた人間には礼儀は払わない。当然だ。

少女の強い瞳にたじろくことなく、青年は不機嫌そうに吐き捨てる。


「余所の者が偉そうに正論を言うな。俺はそこが気に入っているんだ」

「あなたの事情は知りませんが、私には行くところがないんです。ここで夜を明せなければ困るんです」


あなたには帰る家があるでしょう、少女がそう言うと青年は一瞬だけ口をつぐんだ。

その時、彼に過ぎった表情は隠れた月のせいで見えなかった。


「なら、どかなくていい」

「え?」


返事に驚くのもつかの間、少女の横に青年が乱暴に腰を下ろした。

何が起こったかわからず少女は数秒固まって、我に返って思わず叫んだ。


「なんで座るんですか!」

「なら、何のための二人掛けだと思う」

「私はここで寝たいんです!」

「椅子に座った格好でも寝れるだろうが」


正論を返されて、少女は言葉をなくす。

青年はそれを降参と受け取ったらしく、足を組んで座り直した。

少女は毛布にくるまって、批難がましい視線を送る。

青年はそれには応えず、夜空を見て囁く。


「星は綺麗だ」

「それを見に来たんですか?」


少女は少し呆れた。

暇な人間だと思った。

青年は呆れられたことをさして気にせず、星に見入っている。

独り言のような温度で声が空気を震わす。


「この世界で星だけが唯一綺麗だ」


その一言になにかが沢山詰まっているような気がした。

言葉を返す気になれなくて少女は寝たふりし、その言葉を胸のうちで反芻した。

この世界で美しいのは星だけ、と。





本当にお気に入りの場所だったらしい。

青年は毎晩、ベンチを訪れた。

毛布に包まる少女に青年は時々、思い出したように口を開いた。


「お前はなぜこんな街にきた」

「あなたの街でしょう?こんな街とは」

「この街は綺麗とは程遠い」


眉をひそめるその様に、思わず笑う。

夜の空気が微かに温かくなる。


「あなたは不器用な人ですね」

「馬鹿か、お前。俺のどこをとって不器用などとと言う」


不機嫌だ、と一層険しくなる顔から苦笑しつつ視線をはずす。

そして昼間の広場で何度も口にしてきた言葉で質問に応える。


「私は、王の時計を探しています」


言えば誰もが、戸惑いか呆れのどちらかをを顔に浮かべた。

まだ探しているのか、と。

けれど、青年が返したのはまったく違う言葉だった。


「探して、褒美に何を貰うつもりだ」

「なんでも貰えるのでしょう?とても悩みますよね」


平静を取り繕って、少女は首を傾げてみせる。

見つかることを前提とした台詞。

それが指し示すのはもしかしたら。


「なので時計のこと、知りませんか?」


自然に見えるようにつま先に目を落とす。

今、目を合わせたら冷静でないのがばれてしまう。

ざわりと肌を撫でた風。


「知らない。そんなものは知らない」


青年は月を見つめて静かに呟いた。





夜中の会話は少女が寝ると打ち切られた。

朝、目覚めると青年の姿はもうなく、少女は彼が帰るところをみたことがなかった。


「あいつは変わり者だぜ。街の奴らとは関わらねぇし、人前にめったに顔を出さねぇ。確か二月前にこの街に来たんだったかな」

「悪い人ではないようだけど、それにしても愛想がなくてねぇ。前は城で働いてたって噂もあるけど」


道行く人に時計のことのついでに聞けば、あまりいい評判はないようだった。


「あなたは一人が好きなのですか?」

「確かにお前といるよりは好きだな」


思い切って尋ねれば、鼻で笑われた。

少女はむっとして、言い返す。


「私だってそうです」

「なら、退散すればいいだろう」

「わかりましたよ! 出ていきます!」


あまりの言いようについかっとして、少女は立ち上がる。

と、少女の膝から、ふっと力が抜けた。


「あっ」

「な、大丈夫か!?」


傾いだ少女を青年が慌てて受け止める。

けれど、受け止め切れず、そのまま座り込んでしまう。

抱き留められた格好で、少女は恥ずかしげに言い訳を口にする。


「すいません。あまり食事をしていないので立ちくらみをおこしたんだと」

「馬鹿か。食事はしっかり摂れ!」


怒鳴られて、けれど心配されているのだとわかり、笑いが込み上げる。

温かな気持ちで少女は口を開く。


「ありがとうございます」

「はぁ? 俺は怒っているんだぞ。なぜ感謝する、本当に馬鹿かお前」


人の熱が心地好くて、思考がまどろんでいく。

食事は摂っていなかったけれど、睡眠はとっていたはずなのに体が疲れている。

そこで少女は今更に気がついた。

青年と話す時間が増えて、睡眠が減っていたのだ。

だんたんと怒鳴り声が遠く聞こえ始める。

下がり始めた瞼に抵抗できず、朦朧とする思考のままに口を開く。


「あなたの、せいですからね……」

「何が俺のせいだ。おい、寝るな」

「なんでだろ……。あなたの鼓動、針の音に聞こえます……私、そんなに時計が欲しいのかな……」


うつらうつらと零した言葉に、青年が身を固くしたのに少女は気づかない。

そうして少女は青年の腕の中、眠りに落ちていく。





次に目が覚めると、もうとうに夜は明けていた。

少女は目を擦りながらベンチから身を起こす。

当然ながら隣にもう青年の姿はなく、かわりに傍らには小さな紙袋があった。

封を開けてみれば、中には幾つかのパンが入っていた。

青年だとすぐに検討がつく。


「不器用な人……」


こんな街と毒づくのに、街の中央公園に毎夜、足を運ぶ。

不機嫌そうな瞳に揺れるのは憂いた優しさ。

パンを見つめて、心に生まれる温もり。


「優しい人」


一口かじったパンは美味しかった。





再び夜が青年を公園へ連れて来る。

いつも通り腰を下ろした青年は、いつもと違って星を見上げなかった。

穏やかな静寂に青年が口を開く。


「時計が見つかったら」


青年は少女を見ない。


「もうここへは来ないか」


青年は少女を見なかった。

月が隠れ、しじまが広がる。

少女は訪れた沈黙に口を挟む。


「帰る家はあります。帰りたくないだけで」

「帰るだろう」

「引き止めてくれるのですか」

「知らない」


青年はため息のように呟く。

照れたような、拗ねたような、どちらとも違うような声音。


「見つかりませんよ」


気づかず少女は笑っていた。

言った後で、自分でも驚く。

けれど一人納得する。

それから、もう一度言い直す。


「時計は見つかりませんよ」

「探しているのにか」

「きっと見つからないです」


時計は見つからない。

それでも、探していた。

見つかれば家に帰る理由ができる。

少女は家に帰りたくなかった。

けれど、帰らなければいけなかった。


「でも、あなたを欲しいと思いました」


少女は毛布を投げ出し、立ち上がる。

背中に青年の視線を感じた。

泣きたくなった。けれど、笑っていた。


「時計よりあなたが欲しくなりました。でもそれはだめです。私は家に帰らなくてはいけませんから」

「お前が望むのは、俺か時計か」


振り返れば揺らがない瞳。

不器用で優しい眼差しが少女を射抜く。

溢れ出す感情は言葉などには追いつかない。

溢れ零れ、たちまち消え朽ちる。

少女は青年を見た。見て言った。


「時計です。私は家に帰りますから」

「そう、か」


青年は微かに笑う。

そして星を賛美した唇が少女の為だけに、言葉を紡いだ。


「ならお前にやる」


一瞬だった。


閃いた鈍い銀は青年の胸を切り裂いた。

夜闇の下、溢れ出した赤はそれでも闇に溶けず鮮やかだった。

少女はただ佇んでいた。

そうして地に崩れる青年を見ていた。

音を忘れた世界で少女は青年を見下ろす。

こうなることは予想がついていた気がする。

心の何処かがきっと知っていた。

それでも、


「…………っ」


えぐり出された心臓。

懺悔する罪人のように青年の傍らに膝をつく。

青年に触れようと指を動かして、しかし停止する。

指先は宛て先なく、帳の風に震える。

渇いてひび割れていく心に変わって、死んだ涙が頬を伝う。


「ごめんなさい」


心臓に埋まった時計。

規則正しく脈を刻んでいた銀の時計。

青年の命を保っていた、時計。


「ごめんなさい」


伝い出る意味のない言葉。

溢れ出す意味のない涙。

ひたすらに渇いていく心。


「あなたが――――」


息絶えた青年にもうその言葉は届かない。





きっと青年は病気だった。

正常に機能しない心臓を動かすためには時計が必要だったのだ。

王の時計は最高の技術の産物。

医師と共謀し、手に入れたであろう命綱。

体の中に入ってしまえば、誰にも気づかれない。

誰も、気づかない。





「褒美はなにがよい」


王の御前。

少女は顔をあげた。

一切の感情が伺えない瞳が、ついと王を見つめる。

差し出した時計はすでに王の掌の上。

それが数時間前まで血に濡れていたことを王は知らない。

その時計で生きていた人を誰も知らない。


「本当になんでもよろしいのですか」


私しか知らない。


「よい。申してみろ」

「では」


そこでやっと少女の顔が表情を作った。

少女は泣きそうに笑った。


「家を。家を燃やしてください」





帰りを待つ者はもういない。

家族はすでにみな息絶えた。

帰りたくないのは、思い知りたくなかったから。

一人になったということを。

諦めて家に帰り、家もろとも焼き死ぬはずだった。

時計なぞ見つからない。

見つかったとして欲するものなどない。

少女はそう思っていたのに。





日が暮れた頃、少女は広場に帰ってきた。

人波に逆らい、思考を放棄して歩き回った結果だった。

もう空っぽだった。

訝しげな瞳をしていた王も約束は果たすだろう。

これでもう帰る家はない。

現実も受け入れた。

死に場所は消した。

そして、青年はもうどこにもいない。


「私は」


ベンチに座り込み、空を仰ぐ。

まだ星は瞬かない。

手で目を覆った。

あの後、青年の死体を彼の家まで引きずって行った。

街の人から家は聞いて知っていたから。

森の手前の粗末な一軒家。

中に古い絵があった。

医療鞄を手にした男と、青白い少年が描かれた絵。

人の気配が一切ない家の中。

青年をベッドに横たえて、床に座り込んだ。

彼の懐に入っていた手紙。


『いくな』


ただ一言。たった一言の遺書。


「ほんとうに不器用な人……」


目を開いた途端に目の縁から、流れ星のように涙が流れた。

青年の台詞をひそやかに唇にのせる。


「この世界で星だけが唯一綺麗」


少年の罪も、少女の思いも、王の時計も、この街も美しくなんかない。

それでも青年は美しくないものを、この星空のしたで、確かに愛していた。

少女が見上げた空に一番星が輝いた。


「私はあなたが――――」


少女の言葉に星が頷くようにきらきらと瞬いた。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ