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小説家、メイド服の青年を雇う

作者: 昼月キオリ
掲載日:2026/11/03


〜登場人物〜

猫月桜(ねこづきさくら)(33)

藤琥珀(ふじこはく)(22)









♦︎ファン


残暑もあと少しという頃。

センターパートの黒髪ショートヘアの青年がスーツをピッと着て家に来た。


長い黒髪を一つに束ねた女性が迎え入れる。

お気に入りのピアスをして執筆するのが日課らしい彼女は小説家だ。


「僕、猫月さんのファンなんです!ここで働かせて下さい!」


まずった。こんな若い青年が来るとは思ってなかった。どうしよう。


「メイド服着てお茶出してくれるならいいよ。」


これでこの子も断るはず。


「はい!分かりました!メイド服ですね!!」


「・・・。」


何でそんなすぐ順応できる?


 


♦︎お仕事

猫月さんの家に来て一週間が経った。

仕事は驚くほど少なかった。

お茶を出す、おやつを買いに行く、花に水をやる、床拭きくらいだ。

トイレは恥ずかしいから自分でやると言われ

無しになった。


仕事が終わると別荘でのんびりした後のような気分になる。

週4日。昼13時から夕方19時。時給2000円。

税金はかかるけど、その分給料がマイナスにならないように支給してくれる。

休憩は疲れたら自由に取ってOK。

おやつを買いに行くのも近場のお菓子屋が多い。

時給出すより自分で事前に買った方が早い気がするけど。


「猫月さん、ケーキ買って来ました!」


「ありがとう、休んでいい。」


「え?でも、僕まだケーキ買いに行っただけですよ・・・。」


「君はのんびり休むのが仕事だ。」


「え?休むのが仕事?」


「そう、君がのんびりしている姿を見て癒しを得る、

そしてまた小説が書ける。

お茶も自由に飲んでいい。」


「猫月さん、僕のこと猫か犬だと思ってませんか。」


「そんなことはない。」


「あ、じゃあ本読んでいいですか?

猫月さんの部屋にいっぱいありましたから。」


「もちろん。隣の部屋には色々な作家さんの本がある。好きなだけ読むといいよ。

椅子も自由に使ってくれて構わない。」


「ありがとうございます!!」


夕方になるとお仕事終了。

ロッカー室でメイド服を脱ぎ、ラフなパーカーとジーンズに着替える。

僕の為にわざわざ作ってくれたらしい。

至れり尽くせりだよなぁ・・・。


「では、猫月さん、また明日。失礼します。」


「ああ、ありがとう。」



♦︎ここに来てから二か月。


時給高いしメイド服着てって言うからてっきりそういう事もちょっとはするのかな?って思ってたけど、

一度もそういった言動や行動はない。


というか、そもそも男として見られてない!?


「どうした?」


バレたら首にされる!!


「い、いえ!大丈夫です!お疲れ様でしたー!!」


大きくお辞儀をすると走っていった。


「ああ、お疲れ様・・・。フッ。相変わらず元気だな。」


遠くなっていく琥珀の背中を見て猫月は微笑んだ。


しかし、お見送りを終えた猫月が玄関の扉を開けようとしたその時だった。琥珀は駅に向かう途中だ。


ザー!!っと雨が降ってきた。


「まずい!」


猫月は傘立てから二本傘を取り出した。

猫月用と予備用だ。

傘を差し、サンダルのまま走って傘を届けに行く。


琥珀は途中の道のすぐ横にある大きな木の下で雨宿りをしていた。


「はーあ、雨凄いな・・・。」


「藤君!」


「え、猫月さん!?なんで・・・え、まさか傘渡す為にわざわざ!?」


「うん。」


猫月さん、息切らしてる。

走って来てくれたんだ。僕の、僕だけの為に。

喘息あるから運動はしないと言ってたのに。


「大丈夫ですか!猫月さん、喘息になっちゃう・・・。」


「これくらいなら大丈夫。」


琥珀が傘を受け取る。


「あの、ありがとうございます・・・靴、ていうかサンダルで・・・。」


「ああ、履き替えるのを忘れていた。」


「足、泥でぐしゃぐしゃじゃないですか。

しかも外こんな寒いのに・・・。」


「寒いから尚更だよ、藤君風邪引いてしまうから。」


「ありがとうございます・・・優しいんですね。

こんな下っ端の為に・・・。」


「いや、藤君は下っ端なんかじゃない。

私の大事な仕事仲間だよ。」


「僕、何にもしてないですけどね。」


「いや、藤君はこんな私のそばにいてくれる、そこにいるだけで癒されるんだ。

普段、人がいると苦痛なのに君にはそれを感じない。

貴重な存在だよ。」


「ありがとうございます・・・。

僕!これからも猫月さんのそばにいるんで!」


猫月はあまりの琥珀の勢いに一瞬目を丸くした後、微笑んだ。


「フッ、ありがとう。」


「傘、明日来る時持って来ますね。」


「うん。」


藤君がここに来てから二か月。

一秒でも長く君がこの場所に止まってくれますように。



 

♦︎喫茶店とカレー


それから少しして

猫月は琥珀を食事に誘った。


「明日、喫茶店にカレー食べに行かないか?」


「カレー!?」


「もちろん無理にじゃない。

こういうのは嫌がる人もいるから。」


「行きたいです!僕カレー大好きなんで!」


その時、ぐぅ〜っと琥珀の腹が鳴る。


「はは、そんなに食べたかったのか?」


「や、これは、カレーって聞いたからつい・・・。」


「本当にカレー好きなんだな。じゃあ、11時に駅で待ち合わせをしよう。

もちろん、私服で。」


やった!!猫月さんとデートだ。


「はい!!」


次の日。11時。駅の改札口で合流した後、

喫茶店へと向かった。

駅から歩いて15分らしい。

駅から猫月さんの家まで15分。

ということはちょうど中間地点に駅があるのか。


カレーが到着する。

具はルウに溶け込んでドロドロタイプだ。

スパイスが幾十にも降り重なっている。


「いい香り〜、ぱくっ。」


「美味しい?」


こくこくと琥珀が頷く。


「そうか。」


窓ガラスに映った猫月さんの顔が見えた。

え、いつも猫月さんってこんな優しい顔で僕を見てたの?

なんか急に恥ずかしくなってきた。


「ん?」


「あ、いえ!ちゃんと辛いんだなと思いまして!」


「辛いの苦手だった?」


「違います。いつもカレーは辛口食べてますし、この喫茶店のカレー美味しいです。

ただちょっと考え事をしてただけなんです。」


「なら良かった。」


紅茶を頼み、飲みながらしばらくの間他愛のない話をした。

とりあえず同じメニュー頼んだけど、

カレーに紅茶って合うんだな。

それに不思議だ。猫月さんと話してると飽きない。

なんかずっと楽しい。


お会計。


「あの、お金・・・。」


「いや、藤君は出さなくていい。」


むー、全然デートっぽくない。

(当たり前)


夕方の帰り際、玄関先でいつものように茶色い封筒を渡される。

裏側の下の方にに小さく16000円と書いてある。


「あれ、いつもより高くないですか?」


「うん?食事に付き合ってもらったしあれも仕事に含まれるから。」


「そんな、ご飯まで奢って頂いたのに・・・。」


「誘ったのは私だ、払うのは当然だよ。」


琥珀は4000円を封筒から取り出し、返そうとする。


「でも・・・僕は食事をしたあの時間を仕事だなんて思ってません、カレー美味しかったし楽しかったですし。だから、頂けません。」


「分かった、それならこれはチップ代ということにしよう。」


「チップ代・・・?」


「そう、私からの日頃のお礼ということで。」


こういう場合、あまり強引に突っぱねるのも違うよな。


「むぅ・・・分かりました。ありがたく頂きます。」


次にお昼を一緒に食べに行き、お給料を渡された時、封筒にはチップ代4000円と書かれていた。


そんなある日のこと。


「あの、明日カレー食べに行きませんか?」


「うん、いいよ。」


よし!今度は自分から言えたぞ!!


内心ガッツポーズをする。


そして、喫茶店でカレーを食べ終えた後。

当然のように猫月が支払おうとした。

しかし、琥珀がレジの間に入り込み先に支払いを済ませた。


「藤君、支払いなら私が。」


「ダメですよ・・・。」


そう言って琥珀が振り返る。


「誘った方が払うんですよね?」


「え?ああ・・・確かにそう言ったけど・・・。」


二人のやり取りを見てダンディーな店員が一瞬ニヤッとする。


「今日は甘えてもよろしいかと。」


店員がそう伝える。


「ああ・・・分かった。今日は甘えよう。藤君、

ごちそうさま。」


「いえ!」


琥珀は、両手を握り締めふんすふんすしている。


「ごちそうさまでした。」


「ごちそうさまでしたー!」


「ありがとうございました。」


店員が頭を上げるとパチっと琥珀と目が合う。

琥珀はどこか誇らしげな顔をしているように見えたと言う。


♦︎友達と会話

友人A「琥珀ー、最近小説家のおばさんのとこで働いてるんだって?変なことされてないか?」


「失礼だな。されてないよ。」


メイド服着てるなんて言えないな。


友人A「ほんとかー?だってわざわざ顔のいいお前選ぶなんてさー。」


「本当になんっにもされてない!」


友人B「何怒ってんだよ。」


「だって、僕は彼女のファンだぞ?悪く言われたら良い気はしないよ。」


友人A「悪かったよ。」


友人B「え、てゆーかまさか、お前の方が好きになったんか?」


「違う、僕は最初から好きだったんだよ。」


「うっそ、まじか。」


そうだ。

猫月さんが小説家としてデビューして最初に出した本から今までの本を全部読んだ。

中学の頃からずっとファンで写真しか見たことなかったけど。

雑誌に載ってることもあったから切り抜きして保管してある。


僕はずっと彼女と結婚したかった。

 




♦︎寝言

珍しく、執筆中に眠ってしまったらしい。

机に突っ伏したまま猫月さんが微動だにしない。


「猫月さん?ありゃ、寝ちゃってる。」


数秒、見つめた後、一歩近づき猫月の髪に琥珀の人差し指が触れた。

その瞬間。猫月が身じろぎ、寝言を呟いた。


「ん・・・ジャック・・・。」


え、ジャック?誰それ!?

まさか、公にはなっていない猫月さんの秘密の外国人の彼氏とか!?

やだやだ!!そんなのいないで!!


猫月さんが起きた後。

僕は居ても立っても居られなくて猫月さんに聞いた。


「悪い、眠ってしまっていたのか。」


「誰ですか。」


「?何がだ。」


「さっき、寝言で言ってました。ジャックって誰ですか。」


「何怒ってるんだ、ジャック・・・ああ、ちょっと待ってて。」


あれ、僕今怒ってる?

そんな自分に慌てた。


猫月は隣の部屋の本棚から絵本を一冊取り出し持ってきた。


「昨日、寝る前に読んでいたんだ。

それで、夢の中にも似たような絵が流れてそれで呟いたんだろう。」


「ジャックと豆の木・・・。絵本・・・。なんだ・・・。」


「なんだと思ったんだ?」


「猫月さんに秘密の外国人彼氏がいるのかと。」


「はは、なんだそれは。新たな小説になりそうな展開だなぁ。

まぁ、仕事に支障が出ないか心配したのだろうが誰もこんなおばさんは選ばんよ。

期待させて悪いが。」


「猫月さんはおばさんじゃありません、お姉さんです。少なくとも僕にとっては。」


「はは、ありがとう。」


「本当に本当ですよ?」


「ああ、ありがとう。さて、時間だ。

気をつけて帰るんだよ。」


「はい!じゃあ、お疲れ様でした。」


「ああ、お疲れ様。」


ガチャン。

扉が閉まった後、

猫月は自分の髪を人差し指で撫でるとポツリと呟いた。


「まじか。」








♦︎ずっと好きでした


一年が経った頃。

藤君から話があると言われ、喫茶店で話を聞くことになった。

季節は冬、12月。クリスマス間近だった。

カレーを食べ、互いに紅茶を飲みながら話をした。


「それで話とは?」


「僕、本当は猫月さんのこと中学の頃からずっと好きでした。」


「そんな長くファンでいてくれたのか、

ありがとう。」


「違います、本当に本当に好きなんです。」


琥珀の目から涙が溢れた。

今までの感情が爆発したらしい。


「なにも泣かなくても・・・。え、好きとはそういう?・・・。」


中学の頃からって・・・

7、8年も好きでいてくれたの?こんな私を?


「すみません、困らせるつもりなかったんです。」


「いや、これは困るというか戸惑ってるだけだ。」


「嫌では・・・。」


「嫌じゃない。

正直、君の顔がタイプだった。

だからこそそんな理由で雇ってはいけないと思ったんだ。君はまだ若いし。

アイドルになった方がいいんじゃないかとさえ思った。

それでメイド服と言えばすぐに断るだろうと。」


「まさか、断らせる為にわざと?」


「ああ。」


「ひどーい!!」


「まさか即答するとは思ってなかったんだよ。

そこまでの事情も知らなかったし。」


「だって、猫月さんと仕事できるんだって嬉しくて・・・。」


「キュン!!!・・・コホン。そ、そうか。それはどうもありがとう。」


「猫月さん、僕は仕事の邪魔はしたくないです。

でも、離れるのも嫌です。

だから、これからも仕事続けさせてもらえませんか?」


「藤君さえ良ければ。」


「はー、良かったぁ・・・すぐにクビにされるかと思ってハラハラしました。」


「藤君。」


「はい!」


「私は、小説の中ではあれこれ書いてるけど

実際のところ恋愛経験は乏しい。

たぶん、君よりずっとね。」


「そ、そうなんですか?てっきり経験豊富なのかと・・・。」


「実は言うとこんな風に真っ直ぐに好きだと異性に言われたのも初めてなんだ。」


「え!!」


「私が藤君を思う気持ちが恋愛かと問われたら分からない。でも、君と一緒にいる時間はとても心地良い。」


「充分ですよ。今はそれで。」


そんな二人を見守っていたキッチンの向こうにいるダンディーな店員からフフッと小さな笑みが漏れたのだった。






♦︎お化け屋敷


さっきから机に頬杖を突きながら猫月さんが唸っている。


「猫月さん、大丈夫ですか?」


「ああ・・・実はな、今度お化け屋敷が小説の中に登場するんだが、

実際に行ったのは子どもの頃だけで記憶もほとんどない。

やはり、使う以上直接見に行くしかないと思ってな。」


「え!お化け屋敷楽しそうじゃないですか!

僕行ったことないんですよ。

あれ、ひょっとして苦手なんですか?」


「暗い場所は苦手だ。」


「あ、じゃあ一緒に行きましょうよ。

そしたら少しは怖さ紛れるんじゃないですか?」


「いいのか?」


「もちろんですよ!あ、でも、ワンピース着て来て欲しいです。」


「なんでワンピースなんだ?」


「僕が好きだからです。」


「・・・分かった、ワンピース着よう。」


やった!!これなら合法的にデートできる。

し、ワンピースも見れる。

こんな弱みに漬け込むのあんまり良くないけど

これくらいは神様も許してくれるよね?



一週間後の昼。

遊園地。


「わー!猫月さんワンピース可愛いですね!」


「藤君の方が似合うと思うが。」


「えー?というか猫月さんテンション低くないですか?」


「人が沢山いる場所が苦手なだけだ。」


「僕も得意ではないですけどー・・・あ、ありましたよお化け屋敷!」


琥珀が手招きする。


バーン!!!

昔病院だったらしいお化け屋敷からはおどろおどろしい音楽が流れている。


猫月(はーやだなぁ・・・。

私、お化け屋敷苦手なのに来てしまった。

でも、藤君と一緒だし大丈夫だよね?)


琥珀(お化け屋敷なんてただの作り物だし、

学園祭と同じでしょ!

とりあえずお化け屋敷に入ってみよ!)


「うらやめしやあぁ!!!」


「うらやめし、やあああ!!!」


「ケケケケ!!!!」


ぎゅっーーっ!!!


「あの、藤君、抱き付かれてると歩きづらいんだけど・・・。」


「・・・。」


琥珀は猫月の左隣を歩いていたのだが、

入り口を入ってすぐに横から抱き付いていた。


「藤君、大丈夫だ。あれは作り物だから。あっちは人間だ。」


「・・・。」


結局、がっしりホールドされたままよたよたと歩き続けた。


私、お化け屋敷苦手だと思ってたけど意外と平気かも?


チラッと猫月が琥珀を見る。

と言っても頭部しか見えていない。


・・・そうか。自分より弱いものがあると人は守ろうって変わるものなのかも。

これは意外な発見だ。

メモに書いておかねば。サッとメモを取り出し、ペンで記入する。


そして、ようやく出口が見えた。


「あ、藤君出口。」


「本当ですか?・・・。」


琥珀が抱き付いたまま少し顔を上げる。


「ほら、太陽光見えるだろう?」


「はい・・・。」


外へ出ると琥珀が急に慌て出した。


「す、すみません!僕、猫月さんに抱き付いて・・・本当にすみません!!」


「気にしなくていい。」


「それにしても猫月さん、苦手だって言ってたのに全然動揺してなかったですよね。凄いですね。」


「あーうん、案外平気だったかな?」


「僕、カッコ悪かったですよね・・・。」


「そんなことないさ。苦手なものくらい誰だってある。」


「うう、ありがとうございます〜。

あ!!あっちにジェットコースターが!ああ、でもでも、観覧車も乗りたいです!」


お化け屋敷が終わったと分かった途端に琥珀のテンションが上がる。


「藤君、そんなに慌てなくても一つずつ乗れば良いよ。」


「一緒に乗ってくれるんですか?」


「ああ、乗るから。」


「でもあれ絶叫系ですよ、猫月さん大丈夫ですか?」


「ああ、私は絶叫系好きだから。」


「意外です!乗れないかと思ってました!」


「藤君は大丈夫か?」


「はい!お化け屋敷はダメでしたけど、絶叫系は好きですから。」


「そう、ならいいんだけど。」


それからジェットコースター、観覧車、レストランと周った。


レストランの窓際のテーブル席。

猫月はナポリタンとアイスティー、琥珀はピザとクリームソーダを注文した。

ご飯を食べ終え、飲み物を飲んでいると猫月の表情が最初と変わっていることに気付く。


「猫月さん、楽しそうですね。」


「ん?そう見えるか?」


「はい、最初はブスくれてましたけど今は楽しそうです。」


「悪かったな・・・藤君はどうだった?」


「はい!すっごく楽しかったです!」


「そうか。私も楽しかったよ。」


「本当ですか!?」


「ああ、最初は正直乗り気じゃなかったが、

藤君がいてくれたおかげだろうな。

楽しめたよ。今日はありがとう。」


「いえいえ!僕の方こそ今日一日楽しかったです。」


その時、終わりの音楽が流れた。


「なんだか物悲しいな。」


「猫月さん・・・。それって終わるの寂しいってことですか?」


「まぁ、うん、そうだな。」


「猫月さん可愛い。」


猫月が俯く。


夕陽に照らされ、頬が赤く燃えているように見えた。

窓の外の光が反射し、両腕から翼が生えているように見えた。


炎が天使になったらこんな感じなのかな。


「猫月さん、僕、絵を描きたくなりました。」


「絵を?」


「やっぱり無理ですかね?」


「無理かどうかじゃなく、やりたいかどうかだよ。藤君がやりたいと言うなら応援する。」


「ありがとうございます!!

僕、描きたいです!!」


それから半年後。

猫月桜の新作が出版された。

店頭で二人組の若い女性が小声で話をしている。


「なんか表紙の絵、いつもと違うね。」


「うんうん、でも味があって私は好き!」


「分かる、私も!!なんて名前のイラストレーターだろね。」


「んーと、あ、あった。藤琥珀だって。」


「へー、素敵な名前!どんな人だろうね。」


その後ろを通り過ぎた一人の女性が微笑んだ。

買った本が入った紙袋を持つ彼女の左手の薬指。指輪がきらりと光る。

と、そこへ男性がやって来た。


「本、ありましたか?」


「うん。」


彼の左手の薬指にも同じ指輪が嵌められている。


街へ出て歩き出す。

最初はバラバラだった二人の歩く速さ。

手を繋ぎ並んで歩く二人の影が一つに繋がった。


今日も明日もこれからも、

二人の日々は大切に紡がれていく。


 

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