プロローグ
────……雨の降る夜は、晴れた日よりもずっと、夜の色が濃い気がする。
漆黒を照らす赤いランプは、どこか不穏さを感じさせる。
横転した車と、骨組みが複雑に折れたどこにでもあるビニール傘。
片方だけの靴は裏返っていて────……鮮血は雨で流される。
一人の人間の時間が止まった。
(……ここか)
黒いコートを目深にかぶった男が、雨の中歩いてくる。
凄惨な事故現場に、男はわずかに眉根を寄せた。
男は倒れている人間を見下ろす。若い男性であることはわかるが、身体の損傷は激しく、顔は原型がわからないほどであった。
その体の横に、もう一人の男が立ちすくんでいる。
体は透けていて、雨は男を通り抜け地面を直接叩く。
「……時間だ、行くぞ」
立ちすくむ男にそう声をかけると、男はゆっくりと顔を上げる。
傷のない顔立ちは整っていて、優しそうな雰囲気を醸し出していた。
「そうか、俺……死んだのか……」
男は答えない。
変わりに首に下げていた鍵を右手に持ち、何もない空間に差し込むと、不思議なことに「カチリ」と何かがハマる音がし、何もなかったはずの空間に扉が現れた。
「行くぞ」
短く言う男の背に、透けた男が少し迷いながら声をかける。
「最後に一つ、良いだろうか」
「……三秒だ」
「短いな」
男の返答に困ったように笑う。
男は恥ずかしそうに後頭部を搔きながら、
「彼女に……」
と言いかけるも、言葉が見つからないらしい。
「……言葉を残すことはできない」
「そっか……」
男は残念のような、どこか安心したような、複雑な表情を見せる。
「行くぞ」
「……わかった」
男が扉を開くと、中から光が溢れ出す。
透けた男はためらうように、地面に横たわる自分を数秒見つめた後、光の中へと身を投じた。
扉が閉まり、漏れ出た光を閉じ込める。
辺りは再び漆黒に塗れ、赤灯だけが目に痛い。
男はポケットから手のひらより少し小さい円盤を取り出す。
何の変哲もない円盤だが、男がその表面に触れるとわずかに光り文字が表示される。
『循魂管理局
回収任務
対象:男性
時刻:23:41
未練:未確認
魂魄:未回収』
男がその文字に触れると、文字は揺らめいて次の文字を綴る。
『回収任務達成状況』
慣れた手つきで円盤を操作し、『任務完了』の選択肢に触れた。
『回収任務:完了
次の任務を表示しますか』
男は指先で円盤をなぞると、乱雑にポケットへとしまい込む。
「……次だ」
誰に言うでもなく、一人そう呟くと、男は暗闇に姿を溶かした。




